第13話

文字数 1,021文字





 朝だった。晴れた日で、空には雲が散り散りになって流れていた。おれは高校の校門から校舎に入ると、走って保健室まで行く。靴箱近くの壁の掲示板には「廊下は走らないこと」だってさ。
 横開きの扉を開けると、そこには抱き合いながらくちづけを交わしている保険医の緋縅先生と、おれの同級生である牙野原がいた。
「あー、なんだ、その、あれだ、わりぃ、牙野原。百合のティーンズラブ的な意味の〈あたしのねーちゃん〉だったのか」
 おれは開けた扉を閉めた。
 くるっと回って観たものを忘れて教室に向かおうとしたら、肩をつかまれた。もちろん牙野原だった。
「姉妹だよ、正真正銘の」
「なにかの誤解……だったのか」
「誤解……ではないんだけどよ」
「どういう意味なんだ」
「姉妹で、付き合っていた、……んだよな」
 複雑そうな事情だった。牙野原を無視することにして教室に向かおうと歩くと、つかんだ肩を強力な握力で握るから、歩けない。痛みに耐えかね、渋々おれは保健室に入ることになった。

 気まずい。

 とても気まずい雰囲気になった。そもそも教師と生徒ってのもある。いろいろヤバそうだ。だが、保健室のソファに牙野原と並んで座らされ、対面に緋縅先生が座って湯飲みで茶を飲んでいる。
 湯飲みから口を離すと、緋縅先生は、
「鯨瀬くん」
 と、おれを呼ぶ。おれが先生の顔を見る。先生はさらりと、
「死んでください」
 と、おれに言った。


 気まずいなー、とおれは目をそらす。それに、この場で「死んでください」は、さらりと言ったとしても、その圧力が違う。言葉の圧を感じる。しばらく悩んだが、悩んでいても好転はしないと踏んだ。
 だから、おれは当初の目的を口にすることにした。
「緋縅先生。おれ、部活で楽曲つくらなくちゃならないんですよ。歌詞も。歌詞はどう書くのがいいんだかわからないんですよ」
 おれが言い終えると、また茶を啜る緋縅先生。目をつむり、それからまた目を開く。
「わたしも、頼まれて歌詞を書いたことが何度もあります」
 普通に話が始まりそうだった。危うかった。どうにか胸をなで下ろして、ふぅ、と息を大きく吐いた。その大きく息を吐くモーションを観てから先生は、
「やはり死んでください、鯨瀬くん?」
 と、尻上がりの口調で、おれにそう言った。
 もう、なんなんだ、この状況。横を見たら、牙野原は笑いをかみ殺している。ああ、もう。笑い出したいのはこっちだぜ。どういう拷問だ、これ。ひでぇぞ。酷いにも程があるぜ、ったく。


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