第10話

文字数 1,427文字




 家の自分の部屋で、パソコンのインターネットで牙野原が創作に使っているアカウントを見つける。名前がそのまま牙野原だったので見つけやすかった。SNSに〈詩〉というタグを付けて投稿してもいるが、一番使っている小説投稿サイトを見つけて、そこにアクセスする。詩の専門の投稿サイトに投稿しているのかと思いきや、小説のサイトだった。

 牙野原の最新の「活動報告」には、以下のような文章が綴られていた。

「文字書きはどうしてもほかのジャンルのクリエイターより下に見られる。幼稚園児でも文章なんて書ける、とほとんどのひとが思っているからだ。そんななか、どう自分のちからをアピールするか。結構難しい。少なくともあたしは特殊技能はまるで持っていない。あたしの居場所なんてどこにもないのではないか、と思ってしまう。どうすればいいか考えながら、自分の作品を書いていく。あたしはタイプとしてはどちらかというと散文のひとで、でも、人前で一席打つおしゃべりな人間てわけでもない。〈よくしゃべる豚ども〉は、猿知恵働く鼻垂れ小僧どもが権力持った成れの果てで、あたしはそれを観ているだけだ、と思って侮蔑の目で見るしかないね。引っ越す前も、引っ越した後も豚の集まりで、その豚どもは頭が硬直してんだよ、要介護ののーみそで、さ。そいつらは若い頃よっぽど美味しい人生を味わってきたんだろうなぁ。やれやれ。あたしは権力から逃れるように詩や小説の世界に飛び込んだけど、多くは権威主義になるか、金や人気や数字が全てになるかの二択しか、偉いひとになる人間にはこの業界にはいないっぽい。どこの業界も同じ、かなぁ。と、誰も読んでないここで吠えてるのはクソダサい。ダメだね、悪口を書いてばかりになってしまう。世の中差別だらけだし、変えていかなきゃならないと思う。なのに、自由なはずの文筆で、あたしが自棄を起こして筆を鈍らせていたら本末転倒だ。あたしはクズな豚どもを叩き斬るために筆を持ったのに。権威主義や金や数字の人間に負けてはならないでしょ。エーリッヒ・フロムでも読もうか。『自由からの逃走』ってな」

 ふむ、とおれはうなずいて、カップラーメンを食べて仮眠を取った。両親は弟を連れて旅行に行っている。一週間は帰ってこない。帰ってこない間は、自分のサイクルで生活しようじゃないか。
 そして、夜中目が覚め、サイトを覗いてみると、「活動報告」が更新されていた。


「久しぶりに早起きをして文机に正座してこの文章を書いている。ここのところ物凄く精神力を削られて大変だったのだが、頑張るぜ。ネガティヴなこと、いろんなところにずいぶん書いたけど気分を害したらごめんな。あたしももみんなと同じく、戦いながら生きている。悩みながら、傷つきながら。結構ヘヴィーだけど、それでも頑張ってる。ペンと紙、もしくはエディタがあれば、人生それなりに楽しめる。君はどうだい? 楽しめるなにかがあるなら、それを抱きしめて、さ。あたしと一緒に、生きていくことを頑張ろうぜ? そう、思うんだよな」

 おれから観るといつも不敵に笑っていそうな牙野原なのだが、これが闘っている、ということなのだろう。おれはさっそく牙野原の詩集を一作、開いてみる。詩集ひと作品がひとつのテーマで貫かれていて、その詩のテンポは快く、ひょうひょうとしていた。重みがある一撃もあれば、蜂のように刺すこともある。
「これが詩人・牙野原か」
 おれはページをスクロールする手が止まらなかった。


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