1.アンチ・クリストス

文字数 1,242文字

『ヨハネの第一の手紙』は「手紙」と言いつつ、差出人も受取人も明記されていない。

神学的見地とその語法から、ヨハネが書いたものだと伝統的に言われて来た。

現在、その真正性について議論はあるけれど、決定的に否定しきるものはない。

ここで注目したいのはアンチ・クリストス、つまり反キリストの存在だ。

『ヨハネの第一の手紙』および『ヨハネの第二の手紙』で言及されている。
『ヨハネの第一の手紙』第2章18節

子供たちよ、終わりの時が来ました。

あなた方がかねて、反キリストが来ると聞いていたように、今や、大勢の反キリストが現れました。

『ヨハネの第二の手紙』第1章7節

惑わす者が大勢世に出てきて、イエス・キリストが肉のうちに来られたことを告白しません。

こういう者は惑わす者であり、反キリストです。

アンチ・クリストスはそのままギリシア語ですわね。

クリストスは「注がれし者」の意ですから、メサイアと同じでしてよ。

そしてアンチ(anti)には「反対する」だけでなく、「代用」の意味もございます。

したがって、アンチ・クリストスは単にイエスに反対する者ではありません。

自分自身をイエス・キリストに置き換え、かつイエスに背く者を言うのです。

実際のところ、反キリストの人らは何を語ってたんや?

てきとうなこと言うて、それで周囲から信頼されたりするんやろか。

手紙では反キリストは「わたしたちから出て」行ったと書いている。

おそらく、元々教会の関係者、それもリーダー格の人物だったのだろう。

信仰の深まりか、もしくは迷いゆえか。

彼らなりの考えが醸成され、いわゆる「仮現説」へとたどり着いた。

仮現説って前に聞いた気ぃするな。

どんな話やったっけ。

端的に言えばイエスの実在を疑うものさ。

人が目にしたイエスは幻のようなもので、霊的な存在だった。

仮現説はギリシア語で、ドケイン(dokein)「~であるように見える」の意味。

もしくはドケシス(dokesis)で「幻影」とか「霊」という意味になる。

実はイエス様はおらんかったってか。

聖徳太子はおらんかったとか、卑弥呼はおらんかったとか……。

色々出てくるけど、今も昔も変わらんのやな。

証言の少なさや偏りはその者の存在をあやふやにいたします。

日本で徳川家康の実在を疑う者などおりませんでしょう?

それは比較可能な資料が大量に残されているから。

歴史上の人物など誰一人として「確かに存在していた」とは言えぬものですわ。

イエス・キリストが実在していなかった……。

今の時代であれば学術的な意見として尊重もされるだろう。

しかし生まれたての教会にとっては根幹を揺るがしかねない問題だった。

『ヨハネの第一の手紙』第2章23節

御子を否定する人はみな、御父をも有しておらず、

御子を公に宣言する人は、御父を有しています。

そしてイエス・キリストを否定することは神を否定することだと主張する。

そして「御子を有する」ことで永遠の命を有することになる。

信仰を強く持ち、偶像、つまり異端を警戒するように手紙では求められているのさ。

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登場人物紹介

【ミカ】(性別:無性 時々 男性)

神様の命令で人々を見守ることになった大天使ミカエル。サタニャエルくんに色々教えてもらう生徒役。ただ何も知らないお馬鹿ではなく、それなりに常識人。特に戦争に関することはなかなか詳しい。無意味な殺戮は嫌うが、戦争そのものは悪と見做さない。ビヨンデッタの作った「ケーキ」にトラウマがある。


(うんちく)

その名は「神に似たるものは誰か」という意味を持つ。ミカエルはMa-Ha-Elと分解され、「偉大なる神」の意味ともされる。天軍の総帥であり、右手に剣を持った姿で描かれる。


聖書において天使の翼に関する記述は無い。その造形はギリシア神話における勝利の女神ニケ(Nike)が由来であると考えられている。


ミカエル、最大の見せ場は新約聖書『ヨハネの黙示録』12である。そこには以下のような記載がある。

「かくて天に戰爭おこれり、ミカエル及びその使たち龍とたたかふ。龍もその使たちも之と戰ひしが、勝つこと能はず、天には、はや其の居る所なかりき。かの大なる龍、すなわち惡魔と呼ばれ、サタンと呼ばれたる全世界をまどはす古き蛇は落され、地に落され、その使たちも共に落されたり。」

おそらくは翼の生えた勝利の女神と、戦争における戦士の姿とが融合され、現代におけるミカエルのイメージを形作ったのであろう。

【サタニャエル】(性別:???)

ミカちゃん一人だと心配なので付いて来た。色んなことに詳しい黒猫。「サタニャエル」を名乗っているが、悪魔サタナエルと同一視されるかは謎。ビヨンデッタから「サマエル」と呼ばれてもおり、そうであれば楽園でイヴを誘惑した蛇であるとも言える。非常に好奇心旺盛で勉強熱心。たまに悪魔っぽいが、基本的には常識的。


(うんちく)

「猫に九生有り」のことわざは、高いところから落ちてもうまく着地してしぶとく生き残る、タフさから来ていると考えられる。何故「九生」なのかは定説は無いが、エジプト神話の猫頭の女神バステトが九つの魂を持っていたことに由来するのではないか、と言われる。そのようにしぶとい猫を殺すには「好奇心」が効果的であるとことわざは言う(「好奇心は猫を殺す」)。つまり人に知恵を与えたサマエルが、その罪によって神の罰を受けることの暗示として、サタニャエルというキャラクタは造られている。


サマエルは「神の悪意」という意味を持つ。12枚の翼を持つことから、堕天使ルシファーとも同一視される。

【ビヨンデッタ】(性別:男性 or 女性)

ミカを「お姉さま」と慕う悪魔の少女。その正体はソロモン72柱序列第1位ともされる魔王ベルゼブブ。ニーチェを好み、強き者が強くある世界こそが最も美しいと考えている。人間を「草」と呼び、その愚鈍さを嘲笑する。


(うんちく)

作中にあるように、ベルゼブブの由来はウガリット神話における豊穣の神バアル・ゼブル。バアルの信仰は旧約聖書において偶像崇拝として忌み嫌われ、度々敵対した。バアル・ゼブルをバアル・ゼブブと読み替えることで、その意味を「気高き主」から「蠅の王」へと貶めた。


「ビヨンデッタ」の名前は幻想小説の父J・カゾットの『悪魔の恋』に由来する。主人公のアルヴァーレは知的好奇心により悪魔ベルゼブブを呼び寄せ、そのベルゼブブは「ビヨンデット」という名の少年として彼に仕えた。やがて「ビヨンデット」は「ビヨンデッタ」という少女となり、アルヴァーレに強く愛を語る。そしてアルヴァーレは苦悩の末にビヨンデッタを愛してしまう。あまりにあっけない結末についてはここで語らない。


ウィリアム・ゴールディングの『蠅の王』は死の象徴として蠅が描かれる。また、理性を凌駕する闘争心は豚の首として表れた。作中でビヨンデッタが豚肉を好んでいるのも、そうした背景による。

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