ハッピーエンドのその先に

[日記・個人ブログ]

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63件のファンレター

ディズニー映画みたいに、魔法と王子様のキスですべてが解決したらいいのに……。
いいえ、そうはならないのが人生です! 他の方法で戦わなくちゃ。

私たちが「ハッピーエンド」を迎えて約20年。数々の現実に立ち向かい、今もどうにか「ハッピー」な結婚生活を続けています。
文中、身内の恥をさらすような箇所もありますが、ネットの匿名性があればこその記述です。
特定の価値観を押し付けるつもりはありません。ただ悪戦苦闘の日々をありのままにつづってみたら、何か見えてくるものがあるかも……?
というわけで、これは人生の一ケースです。楽しい話ばかりではありませんが、自分なりの精一杯の振り返り。お付き合い頂けると幸いです。

ファンレター

すばらしいお母さん!

つばめさんは本当にすばらしいお母さんです!
こうした状況では、たとえ専門家が指摘しても、ご両親が「否定してしまう」、また「うちの子にレッテルを貼るつもりですか!」と怒ってしまい、結果として症状が放置されてしまうことが多いんですよね。つばめさんの御主人だけでなく、一般にお母さんよりお父さんが「うちの子は絶対問題ない!」と強硬に言い張ってしまうケースが多いそうです。「普通ではない」が非常に忌み嫌われる日本社会では特に、「レッテルを貼られてしまう」ことに対する恐怖が強いし、それによっていじめの対象になったらどうしようとかいろいろ心配してしまうからでもありますよね。
ジゾウ君が抱かれるのを嫌がったのは「感覚過敏」だったのではないかと思いますが、そういう症状に気づいて、勇気をもって早期治療をしたつばめさんは本当にすばらしいです!涙が出るほどです。というのは――
私、この状況、痛いほどわかるんです。いや、わかってしまうと言うか…。
実は、ある必要があって少しこの方面について調べたことがあるんです。
その時の衝撃というのが、「え?これって、私のことじゃん……」。もう大人になってしまっているので今更どうしようもないのですが、自己診断では私はADDじゃないかと思うんです。ただ、私が子供の頃の日本ではそういう認識自体が少なかったし、ADHDほど過動がなかったので、誰も気づいてくれなかったんです。それでも、自分は他の人とどこか違うという違和感をずっと感じ続けていたわけですが、相談する人もいないので自力で解決方法を見つけるしかなかったんですね。例えば、私の場合、聴覚注意力が不足しているので、授業中の先生の話がよくわからなかったんです。唯一の救いは読書が趣味だったことで、家でひとり教科書や参考書を読む――つまり、読解力によって聴覚注意力の不足をカバーしていたんですね。結果、成績は悪くなかったので、ますます誰も気づいてくれませんでした。学校に通いながら、ずっと自習していたようなものです(笑)。
でも、たった一人で解決方法を見つけていくというのは正直大変で、もし小さい頃、親が気づいて早期治療をしてくれていたら、こんなに苦労しなくても済んだのに、というやりきれない気持ちはやはりあります。つばめさんみたいな人がお母さんだったらよかったのに…なんて^^;
あと、こういう症状は遺伝的な要素が強いそうなので、もしかしたら御主人の幼少時代に似たような症状はなかったのでしょうか。「うちの子供は絶対に問題ない!」というお父さんの話をよく聞いてみると、自分も周囲も気づいていなかっただけで、実はそっくりの症状があったという話はよく聞きます。

返信(2)

なんと! 三奈乃さんのような優秀な方にそんな過去があったとは!
「学校に通いながら、ずっと自習していたようなもの」に大きくうなずかされました。三奈乃さんこそ、苦しい中でよく頑張りましたね。
そう、遺伝的な要素の問題ですが、義母にはADHD、義きょうだいにはASDの傾向を感じます。K家は発達障害だらけ! 夫は彼らに比べるとはるかに柔軟ですが、何かはあったかもしれませんね。

早期治療については、この次に触れる予定ですが、実は希望しながらも専門家の療育を受けることはできなかったんです。ただジゾウが笑顔で過ごせるようにと、それだけをアンテナにするような幼少期でした。
ジゾウは小学校4年生でASDと言われました。ADDの言葉は、今はあまり使われなくなっているみたいですよ(ADHDの、多動性がないパターンに分類される)。専門家でさえ、説明があやふやだったり、診断が分かれたり。難しい世界ですね。でも少しずつ理解が広がって、社会の偏見が改善されていくといいなあと思います。
台北市の現市長の柯文哲という人は、元々台湾大学病院の心臓外科の世界的権威でめちゃくちゃ優秀な人なのですが、この方御自身にASDの傾向があると言われています。学生にも、そのタイプと思われる人がけっこういたりするのですが、ある方面ですごく優秀である一方、人間関係でのトラブルを起こしやすいという傾向があるんですよね。私の知り合いの台湾人の娘さんも、台湾の専門家にASDの傾向があると言われたのですが、お父さんが「問題ない!」と言い張ってしまって早期治療できなかったそうなのです。その一家は後にアメリカに移民したのですが、逆にアメリカでは自閉症ではないと言われたそうで、つばめさんの仰るように専門家でも判断が分かれて診断が難しいんですね><
それと、すみません。前の部分で用語を間違えて中国語で書いてしまいました。そう、「多」動ですよね。中国語では「過」動と書くので、つい…^^;
その知り合いの娘さんのようなASD疑い(台湾の専門家に拠れば)のお子さんや、またADHDと診断されたお子さん、こちらでも多いのですが、そういう人はある方面がすごく優秀で、またその言動が誤解を招き易いところはあっても、実は素直で嘘をつかない、純粋ないい子であることが多いんですよね。怖いのは症状ではなくて、そこにレッテルを貼ろうとする所謂「普通の人」(あるいは自分が「普通」だと思っている人)の偏見だというのは、日本も台湾も同じであるようです。
つばめさんのエッセイの内容がだんだん他人事とは思えなくなってきてしまい、また長々と書いてしまって申し訳ありません。ご返信は不要ですよ~