桐ノ匣

作者 桐乃桐子

[その他]

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22件のファンレター

1話、1ページ完結の、短いお話を書いていく予定です。
ジャンルはたぶん無節操になるかと思います。

ファンレター

傑作は静かにくる

『桐ノ匣』第7話「これは呪いか祝福か」。
公開とほぼ同時に読ませていただいていたのですが、改めて再読し、頭に浮かんだ言葉が「傑作は静かにくる」…でした。
この作品を読んで、なぜ文章のむだを削ぎ落さなければいけないのかがよくわかりました。「物語」の世界と読者の間に隙間がなくなるんですね…超高性能のイヤホンで音楽を聴くと、「耳で聴く」という感覚がなくなって、「音に身体を包まれるようになる」感覚に似ている気がします。

七塚拓也君との四ツ谷まつり先輩の間には、表面的には何も起こらない。擦れ違いざまに、制服の袖がかすかに触れた程度の…四ツ谷先輩の「腰まで届く、まっすぐな黒髪」の匂いがかすかに鼻をくすぐった程度の…そんなささやかな関わりに過ぎない。でも、拓也君の中の「何か」を、決定的に変えてしまったんですよね……。
もし四ツ谷先輩に会わなければ、拓也君はお見合いの女性と結婚して「幸せな」人生を送ったのかもしれません。(同じような長い髪だった、というのが絶妙なアイロニーになっていると感じました)

でも、拓也君は果たして「不幸」なのかというと、それに明確な答えを与えられる人はどこにもいないと思います。タイトル通り、正に「これは呪いか祝福か」という出口のない問いが頭をかけめぐります。

北杜夫の『どくとるマンボウ青春記』の中に、旧制高校生が好んだ言葉として「憧れを知る者のみ、わが悩みを知らめ」というゲーテの詩句が出てくるのですが、憧れを持つからこそ、人は永遠に悩み続けることになるわけですね…。

拓也君の中で、四ツ谷先輩は「永遠の憧れ」といった存在のメタファーになっているのだと思います。『トニオ・クレーゲル』の中の、トニオにとってのインゲにあたるのが、拓也君の四ツ谷先輩なのだと感じました。美しいメタファーは同時に、強烈な毒も含んでいる……作品には書かれていないのですが、拓也君は最終的に会社を辞めてしまうのではないかと想像しました。いわゆる順風満帆な人生からおりた代わりに、彼はきっと何かを書き始める……そういう未来を作品末尾の余白に感じました。

返信(1)

南ノさん、あらためまして、とても丁寧なご感想をいただきありがとうございます!
お返事が大変遅くなって申し訳ありません。すっかり年も変わってしまいました(>_<")
南ノさんが書いてくださった「トニオにとってのインゲ」というのがどんなお話なのか知りたくて、先に『トニオ・クレーゲル』を読んでからお返事を書こうと思っておりました。
先ほど読み終えましたので、今さらですがのこのこと参りました次第です。

トニオの孤独と苦悩。自分とは真逆の性質を持つ、明るくうつくしく陽気なハンスとインゲへの焦がれるような憧憬が、読んでいるこちらにもひしひしと伝わってきて胸が詰まるような思いでした。
「永遠の憧れ」……自分には手の届かない遠い存在。「(用いる)言葉が違う」というのは住む世界が違うということで、ほとんど絶望的ですらありますよね。
こんな名作になぞらえていただいて大変恐縮ですが、おっしゃる通り、七塚にとっての四ツ谷まつりは「永遠の憧れ」として心に刻み込まれてしまったのだと思います。
彼の行く末にも言及してくださって感激です!
あれほど家族や周囲の人間たちを冷ややかに観察しておきながら、なぜ七塚はいまだに唯々諾々と母親のいいなりになっているのだろうと、書いていてわたしも不思議でしたが、彼はおそらく自分の人生にもはや期待などしていないのだという結論にたどり着きました。
それでも、生きている限り、ひとはなにかから影響を受けたり与えたりすることは避けられませんし、トニオがあの友人の言葉で旅に出ることを決めたように、七塚もまた、この先なんらかのきっかけで予定調和に反旗を翻すかもしれません。

「傑作は静かにくる」とのお言葉、とても恐れ多いですが(滝汗)、『眼中のひと』のあたりから極力説明文を省いてスリム化していくことをひそかに目指していたので、「『物語』の世界と読者の間に隙間がなくなる」といっていただけて、すごくうれしいです(〃ω〃)

たくさんのうれしい、そして示唆に富んだお言葉の数々、本当にありがとうございます!
恥ずかしながら、わたし読書傾向が本当に狭くて名作などはほとんど読んだことがないので、今回、南ノさんに『トニオ・クレーゲル』を教えていただいて心から感謝しております。
いつもありがとうございます(*´ω`*)