文字数 1,738文字

 秋葉原のメイド耳かき『Cat Ear』のアカネから連絡があったのは、ショウが店に顔を出してから二週間後のことだった。あれから何度も携帯電話に連絡を入れてはいたが、ようやく連絡をつけることができた。アカネの話によれば、今日の夜七時過ぎにヨシカが出勤するとのことだった。その時間に行くと伝えた。
 店の一階の入り口付近で、メイド服を着た女にヨシカについて尋ねると、すでに五階の店に出ているという。ショウはヨシカを指名した。
「ヨシカさん、ご指名でぇーす。あの、御主人様ぁ、割り増し料金になりますけどいいですか?」
「ああ、構わない、案内してくれ」
「かしこまりました、御主人様ぁ」
 ショウが苦笑しながら待っていると、メイド服を着た小柄な女が姿を現した。女は個室に入るとベッドに座った。
「ご指名有難ウゴザイマス御主人様ァ、ヨシカデス宜シク」
 ショウを手招きした。
「君がヨシカさんか、サービスは受けなくていい、チョット話を聞きたい」
 ヨシカはきょとんとして、ベッドで両脚を崩した。ショウと目を合わせようとしなかった。少し不貞腐れたようにも見える。
「話ッテ何デスカ?」
「実は二年程前、ここにオカダジロウという二十代の若い男が客として来ていたのを覚えていないか?」
「オカダジロウ? オ客サンノ名前、イチイチ覚エテナイナァ」
 クスクス笑いだした。ショウは怒りを覚えた。
「背が低くて、純朴そうな感じの子だよ、随分通っていたんだが」
「何ヲサレテル方デスカ? 私、耳カキシナガラ必ズ聞ク」
 まさかジロウが警官と名乗ってサービスを受けていたとは考え難かったが、嘘の職業に思い当たる節もなかった。
「警察官だったんだが、本当のことを言っていたかどうかはわからない」
 するとヨシカがすぐに手を叩いた。
「思イ出シタ! イタイタ、ソウ言エバ、オマワリサンガイタ」
 ショウはヨシカの目を見た。本当に思い出したようでもあり、ただ単に口裏を合わせて演技しているようでもある。
「そうか、君が彼の相手をしてくれていたのか?」
 ヨシカが頷いた。
「週ニ、三回ハ来テタヨ、イツモタクサンオ金ヲ使ッテクレテイタカラ覚エテル」
 ヨシカはそう言いながらも、ショウの表情を見ていた。
「そうか、そんなに」
 唇を噛んだ。ジロウの心の寂しさが伝わってくるようだった。
「彼、君に何か言ってなかったかな? 例えば警察でイジメにあっているだとか」
 ヨシカが首を横に振った。
「オ客サンモ警察ノ人?」
 顔が強張っている。
「そうだよ、でも今日は彼の友達として来たんだ」
「友達? 本当ニ?」
 ショウが頷く。ヨシカは何か知っている。警察官だと聞いた後の反応は拒絶でもあるが、その一方で何かを知りた気でもある。
「オ客サンノ名前ッテ、モシカシテ、タザキサン?」
 ショウが大きく目を開いた。
「どうしてそれを?」
「ゴメンナサイ・・・・・・私」
 ヨシカが急に下を向いて謝り始めた。
「どうしたんだい? 君、やっぱり何か知ってるんだね?」
 ヨシカが顔を上げた。目が薄っすらと紅かった。
「ジロウクンノコト知ッテル。私ノ一番ノオ客サンダッタカラ」
「君に何て言ったんだい?」
「ジロウクン、イツモ警察ハ嫌イダ、辞メタイッテ言ッテタ。誰モ友達ガイナイシ、ヨシカダケダッテ言ッテタ」
「そうか、そんなことを君に」
「死ンジャッタノ、私、知ッテル、恐カッタ」
 瞳の奥を覗き込んだ。目が紅く充血している。
「ジロウは君に何か託さなかったか?」
「警察ノ人ガ探シニ来テモ、誰モ信用スルナッテ、絶対ニ警察ノ人ニ渡サナイデ欲シイッテ。ダケド、タザキショウトイウ人ガ来タラ渡シテ欲シイト言ワレタ」
「何を渡されたんだい?」
「SDカード」
「それは今、どこに?」
 ヨシカが下を向いた。
「ゴメンナサイ、私、アナタガモウ来ナイト思ッテ」
 ショウの体が前のめる。
「警察に渡してしまったのか?」
 するとヨシカが顔を上げ、首を横に振った。
「ウチノオ店ノ社長ニ渡シタノ。持ッテルノ恐カッタシ、ソノコトヲ社長ニ話シタラ、信ジラレナイホドノ値段デ売ッテ欲シイト言ワレテ」
 ショウが舌打ちした。
「君の店の社長の名前は?」
 ヨシカが小さな声で呟いた。
「張麗君トイウ人」
 頭の中が真っ白になった。
「張麗君」
 池袋北口『楓』の女だった。
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