文字数 2,506文字

 某テレビ局の前に一台のリムジンが停まった。プロデューサーと思しき男が出迎える。車のドアが開き、数人の若い女が出てきた。裸同然の衣装を着て、周囲に笑顔を振りまいている。そして最後に一人、白と金の絵柄をあしらった着物を身につけて女が現れた。歳は五十歳くらいだろうか。凛として若い女たちを従えている。
 ちょうどその頃、ユキナが料理番組の収録でスタジオに訪れていた。一年前は料理学校の講師のアシスタントを務めていたに過ぎなかったが、徐々に視聴者から人気が出始め、また料理の知識、腕前共に優れていたこともあり、今では『美人過ぎる料理研究家』としてタレント活動をするようになっていた。この日もバラエティー番組で、若手俳優の作った料理へのコメンテーターとしてスタジオに呼ばれていた。見た目が美人なのにコメントが辛口で、しかも時に天然ボケをするのがウケていた。収録後、六本木でショウと待ち合わせていた。
「何だ、その美人過ぎる料理研究家って?」
 茶化されるが、その度にユキナは口を尖らせる。
「知らねぇけど、視聴者が勝手にそう言って盛り上がってんだよ」
 満更でもないようである。ショウがそれを見てニヤリとする。
「何だよ、ショウ」
「何でもない。お前、最近楽しそうだな」
「まあな、テレビ局行くと色んな奴がいて飽きねえな。この前なんか若い女の子はべらせてっから誰だろう? って思ったら、シンドウマリコとか言う、AV業界の女社長だった。今流行ってんだろ、AV女優の番組。裏で仕切ってんの男だと思ってたら、女なのな」
「そうなのか? 俺はあんまり詳しくないが、トオルはよくDVD買って観てるって言ってたがな」
 ユキナが舌を出した。
「何だ、そうなのかよ。最低だなアイツ。でもまぁ、男の子だったらそれくらいで普通か。逆に今時の若い男の子って草食男子とか言われてんだろ? それもどうかと思うけど」
 ショウが苦笑する。
「まぁな、お前の弟のヒデユキなんてまさにそうじゃないのか?」
「当たり。アイツはアホだから仕方ないけど」
 ユキナの脳裏に、ふと秋葉原でユキナのファンだった、トミタアキラの顔が思い出された。
「どうかしたのか?」
「ん? いや、何でもねぇ。それよりこの前、そのシンドウマリコっていう女社長にさ、声かけられたんだ、アタシ」
 ショウが再び苦笑した。
「お前がAVにスカウトされたのか?」
 ユキナが慌てて首を横に振った。
「違ぇよ。アホかお前。何だかさ、あなたとっても可愛いから頑張りなさいよとか言って、ホホホッとか笑いながらどっか行っちまったけどさ」
「お前をスカウトしたかったんじゃないのか?」
「だから違うって。馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。なんでアタシがAVメーカーの社長にスカウトされなきゃなんねぇんだよ」
「冗談だ、怒るなよ。でもなユキナ、芸能界なんてそういう世界と紙一重なんだろ?いつ誰がお前のことを見ているかわからない」
「ショウ、お前がアタシのこと心配してくれるとはな」
 ユキナが白い歯を覗かせる。ショウが鼻を鳴らした。
「いや、心配してない」
「何だよそれ。しかしよ、あの女社長、何か凄いオーラ出してたな。ショウは『GOD』ってAVメーカー知ってんの?」
 ショウが頷いた。
「ああ、俺のいる万世橋署の管内に秋葉原があるだろ、GODがどうかしたってわけじゃないが、最近はAV出演がらみのトラブルが多発してる。それに暴力団が絡んでいることが多いから、俺たちもよく耳にするメーカーだ。業界では単独のメーカーとしては最大だと思うが」
 するとバーのカウンター席にいた男二人組みが、ユキナに気付いたようだった。何度か視線を投げかけては、ひそひそと話している。やがてそのうちの一人が席を立ち、ショウとユキナのテーブルに近づいてきた。
「ミウラユキナさんですよね? 美人過ぎる料理研究家の」
 男はショウをチラとだけ見て、またユキナに笑顔を向けた。歳は同じくらいだろうか。背が高く髪は茶色で肩まで伸ばしている。慣れた手つきでスーツの上着のポケットから名刺入れを取り出すと、ユキナに手渡した。
『芸能プロダクション 代表 エビサワユウジ』とある。
「テレビ観てますよ、綺麗な方ですね。実物はもっと素敵だ」
 ユキナが顔を紅くして、ペコリと頭を下げた。
「ど、どうも」
「ユキナさんって、時折コメントする時の言葉遣いとか、天然なところとかがギャップがあって可愛いって評判ですよ。ウチならもっと売り出してみせますよ。よかったら連絡下さい」
 エビサワは再びユキナに向かって微笑し、そしてまたチラとショウを見た。
「そちらの方は?」
 ユキナが慌てて目を泳がせ、ショウを見た。
「ミウラユキナのマネージャーだが、何か?」
 エビサワの目を見つめる。エビサワがハッとして思わず目を逸らした。
「そうでしたか、それは失礼しました。ではユキナさん、また」
 カウンター席に戻って行った。ユキナが名刺を半分に折り曲げる。
「何なんだアイツ、最もアタシが嫌いなタイプだし。何、あのピアス、あれで格好つけたつもりかね」
 ショウが苦笑した。

 エビサワガがカウンター席に戻る。
「おいおい、やけにあっさり引き下がるじゃねえか。さっきまであんなに今夜のお供とか言ってたくせして」
 エビサワが苦笑した。
「まぁ、そう言うなよ。俺だって百発百中じゃねえよ。それに、あのマネージャーだとかいう男、堅気じゃねえな」
「あの隣に座っている男か?」
「ああ、あれは間違いなく、こちらサイドの人間だ。どこかの組がすでに目を付けて、マネージャーとして付けているのかもしれない。迂闊に手出しできねぇな」
 男が手を振った。
「ひゃあ、そうなのかよ。俺にはただの男にしか見えねぇけど」
 エビサワが鼻を鳴らした。
「疑うんなら、お前、行って、あの男に喧嘩でもふっかけてみろよ。きっと痛い目に遭うのはお前の方だ」
「いいよ、いいよ、お前がそう言うんなら、きっとそうだろうよ」
「俺はこの目で何千人という女と、裏の男たちを見てきてる。あのミウラユキナという女は惜しいが諦める他ないな」
「お前でも諦める女がいるんだ」
 エビサワが苦笑して、もう一度、ショウを見た。
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