第12話 恍惚の人
文字数 1,919文字
きょうび「コンビニ」は、あらゆる人間が利用する。
その意味では『人間観察用金魚鉢』のようなモノである。
午後の一番暇な時間。
ダストボックスの上にはあの『雉トラ』が寝ている。
静子は「おでん」を作り替えている。
と、一人の『老婆』が店に入って来る。
「いらっしゃいませ~」
老婆は店の顔ぶれが少し変ったせいか、入口に立ちつくし、目を丸くしてレジカウンターの静子を見ている。
静子は優しく、
「おばあさん、どうしました?」
老婆は我に返って、
「あ! あの~・・・、財布の忘れ物ありませんでしたか?」
「ええ! サイフ? ちょっと見てみますね」
静子はカウンターの下の「忘れ物箱」の中を覗く。
「財布は・・・、ありませんねえ」
「そうですか。じゃ、いいです」
「すいませんねえ。後でほかの従業員にも聞いてみますから」
老婆は肩を落として帰って行く。
が、暫くしてまたあの老婆が戻って来る。
静子の顔をジーと見て、
「ここはローソンですよね」
「はい、そうですよ」
「どこかでお会いしましたよね」
「は? あ、さっきココで」
「そうですか」
と、言い残し店を出て行く。
するとまた、直ぐに引返して来て、
「あの~、洗濯物置いて有りませんでしたか?」
「センタクモノ? おばあさん、洗濯物は前のお風呂屋さんのコインランドリーだと思いますよ?」
「そうでしたか。・・・あの~、アタシ洗濯物はいつもこちらのお店に置いてもらってるんですけれど」
「ええ! うちの店に?」
静子はカウンターの下をもう一度覗く。
「あ! コレかな?」
老婆は洗濯物も見ず、
「ああ、そうかもしれません」
静子は洗濯物を預かるコンビニなんて今まで聞いた事がない。
「あ! サイフもありますよ」
「そうでしたか。じゃ、違いますね」
「ええ!」
そこに休憩を終えた、石田が売り場に出て来る。
「あ、サッ子さん! ゆうべまた洗濯物置いて帰ったでしょう」
「いいえ」
「夜勤の連絡帳に書いてあるから。店長! それ、サッ子さんのです」
「やっぱり。おばあさん、良かったですね」
「いくらですか?」
「ええ! こんなの売り物じゃありませんよ。おばあさんの物です」
「そうでしたか。ありがとう御座います。じゃ、また来ます」
と老婆は逃げるように店を出て行く。
「あ! チョット、おばあさん。サッ子さん、これ、持って行ってください」
静子は洗濯物の入った袋を持って老婆を追いかけて行く。
ダストボックスの上で『雉トラ』が静子を見ている。
暫くして、呆れた顔で店に戻る静子。
「困ったわねえ〜」
石田は静子の持つ洗濯物の袋を見て
「サッ子もそうとう来てますねえ」
「あのおばあさんサッ子さんて云うの」
「そうです。伊東咲子(イトウサッコ)。どこかで聞いた事があるでしょう」
「え? そ、そうねえ」
「同姓同名っス。七八だけど、若いショ」
「若い?」
「・・・深夜の三時頃に、サッ子がまた洗濯物の袋を手にぶら提げ、コインランドリーの前に立ってたんですって。夜勤が気持ちワリーから店の中に入れてやったら、また洗濯物を置きっパにして、ドッカに消えちゃったらしいっス」
「深夜の三時って、そこのランドリーは何時まで開いてるの?」
「朝の八時半から夜十一時半」
「深夜の三時に洗濯物を持って立っていたら徘徊でしょう。でも、自分の行動は理解出来ているようね。軽い認知症かな? でも困ったわねえ、この洗濯物。こう云う事、よく有るの?」
「サッ子っスか? 有りますよ。そのカウンターの隅に置いてある物は全部、サッ子が置いて行った物っス」
静子はカウンターの隅を覗く。
「ええ! 何これ。これ全部? 銭湯の道具まで置いてあるじゃない」
「そおっスか? でも大丈夫っス。あんまり溜まると、妹が店に来た時、持ってってもらいますから」
さすがの静子も返答に困り、サッ子の置いていった洗濯物を床に置き、レジカウンターの裏でしゃがみ込む。
「へえ。あのおばあさん、妹さんが居るんだ」
「ええ。サッ子とはぜんぜん違います」
「それはそうでしょう。二人で同じ症状だったらうちの店は物置に成っちゃうわよ。あ、そうだ。イッちゃん、オーナーにダンボール箱持って来るように言ってくれる」
「オーナー?・・・バックルームでダンボール敷いて寝てますよ」
「寝てる!」
静子は昼にあれだけ「シメ」あげたのに「寝てる」と云う龍太郎に愛想を尽かして、
「ダッメだ、あの経営者は。あれじゃ店が潰れちゃう」
すると石田が思わず、
「店長。さっきの弁当のマンビキの・・・」
静子は怒った顔で石田を見て、
「万引き!」
「あッ、いや、何でもないっス」
つづく
その意味では『人間観察用金魚鉢』のようなモノである。
午後の一番暇な時間。
ダストボックスの上にはあの『雉トラ』が寝ている。
静子は「おでん」を作り替えている。
と、一人の『老婆』が店に入って来る。
「いらっしゃいませ~」
老婆は店の顔ぶれが少し変ったせいか、入口に立ちつくし、目を丸くしてレジカウンターの静子を見ている。
静子は優しく、
「おばあさん、どうしました?」
老婆は我に返って、
「あ! あの~・・・、財布の忘れ物ありませんでしたか?」
「ええ! サイフ? ちょっと見てみますね」
静子はカウンターの下の「忘れ物箱」の中を覗く。
「財布は・・・、ありませんねえ」
「そうですか。じゃ、いいです」
「すいませんねえ。後でほかの従業員にも聞いてみますから」
老婆は肩を落として帰って行く。
が、暫くしてまたあの老婆が戻って来る。
静子の顔をジーと見て、
「ここはローソンですよね」
「はい、そうですよ」
「どこかでお会いしましたよね」
「は? あ、さっきココで」
「そうですか」
と、言い残し店を出て行く。
するとまた、直ぐに引返して来て、
「あの~、洗濯物置いて有りませんでしたか?」
「センタクモノ? おばあさん、洗濯物は前のお風呂屋さんのコインランドリーだと思いますよ?」
「そうでしたか。・・・あの~、アタシ洗濯物はいつもこちらのお店に置いてもらってるんですけれど」
「ええ! うちの店に?」
静子はカウンターの下をもう一度覗く。
「あ! コレかな?」
老婆は洗濯物も見ず、
「ああ、そうかもしれません」
静子は洗濯物を預かるコンビニなんて今まで聞いた事がない。
「あ! サイフもありますよ」
「そうでしたか。じゃ、違いますね」
「ええ!」
そこに休憩を終えた、石田が売り場に出て来る。
「あ、サッ子さん! ゆうべまた洗濯物置いて帰ったでしょう」
「いいえ」
「夜勤の連絡帳に書いてあるから。店長! それ、サッ子さんのです」
「やっぱり。おばあさん、良かったですね」
「いくらですか?」
「ええ! こんなの売り物じゃありませんよ。おばあさんの物です」
「そうでしたか。ありがとう御座います。じゃ、また来ます」
と老婆は逃げるように店を出て行く。
「あ! チョット、おばあさん。サッ子さん、これ、持って行ってください」
静子は洗濯物の入った袋を持って老婆を追いかけて行く。
ダストボックスの上で『雉トラ』が静子を見ている。
暫くして、呆れた顔で店に戻る静子。
「困ったわねえ〜」
石田は静子の持つ洗濯物の袋を見て
「サッ子もそうとう来てますねえ」
「あのおばあさんサッ子さんて云うの」
「そうです。伊東咲子(イトウサッコ)。どこかで聞いた事があるでしょう」
「え? そ、そうねえ」
「同姓同名っス。七八だけど、若いショ」
「若い?」
「・・・深夜の三時頃に、サッ子がまた洗濯物の袋を手にぶら提げ、コインランドリーの前に立ってたんですって。夜勤が気持ちワリーから店の中に入れてやったら、また洗濯物を置きっパにして、ドッカに消えちゃったらしいっス」
「深夜の三時って、そこのランドリーは何時まで開いてるの?」
「朝の八時半から夜十一時半」
「深夜の三時に洗濯物を持って立っていたら徘徊でしょう。でも、自分の行動は理解出来ているようね。軽い認知症かな? でも困ったわねえ、この洗濯物。こう云う事、よく有るの?」
「サッ子っスか? 有りますよ。そのカウンターの隅に置いてある物は全部、サッ子が置いて行った物っス」
静子はカウンターの隅を覗く。
「ええ! 何これ。これ全部? 銭湯の道具まで置いてあるじゃない」
「そおっスか? でも大丈夫っス。あんまり溜まると、妹が店に来た時、持ってってもらいますから」
さすがの静子も返答に困り、サッ子の置いていった洗濯物を床に置き、レジカウンターの裏でしゃがみ込む。
「へえ。あのおばあさん、妹さんが居るんだ」
「ええ。サッ子とはぜんぜん違います」
「それはそうでしょう。二人で同じ症状だったらうちの店は物置に成っちゃうわよ。あ、そうだ。イッちゃん、オーナーにダンボール箱持って来るように言ってくれる」
「オーナー?・・・バックルームでダンボール敷いて寝てますよ」
「寝てる!」
静子は昼にあれだけ「シメ」あげたのに「寝てる」と云う龍太郎に愛想を尽かして、
「ダッメだ、あの経営者は。あれじゃ店が潰れちゃう」
すると石田が思わず、
「店長。さっきの弁当のマンビキの・・・」
静子は怒った顔で石田を見て、
「万引き!」
「あッ、いや、何でもないっス」
つづく