第20話 サンダルの人

文字数 2,316文字

 いろんなお客サンが来るものである。

ある日の午後の事。
いつものようにレジカウンターで具流氏と静子さんが、まばらなに成ったお客を捌(サバ)いている。
そこに、ドアーチャイムが鳴り派手なサンダル履きの三十歳前後の『女性客』が店に入って来る。
静子さんが、

 「いらっしゃいませ~」

女性は周囲の商品には目もくれず、一気にカウンター前の陳列棚の電池を掴む。
そして客を捌(サバ)いている『具流氏のレジ』にその電池を持って来る。
具流氏は、

 「あ、すいませんお客さん。順番があるので」

と、突然、具流氏に向けて「電池」を投げつける。
具流氏はとっさに、その投げられた電池をかわす。
女性は逃げるように店を出て行く。
『が』、振り向きざま入り口のガラスドアーを、派手なサンダルで力強く蹴り飛ばす。
鈍(ニブ)い音と共にガラスドアーに大きなヒビが。
一瞬、店内の時間が止まる。
具流氏も静子さんも、周囲のお客さん達も、ガラスドアーに目が点。
具流氏は我に返って、

 「あッ! おい、コラ! こらッ、待てえ~〜」

急いで女の後を追う具流氏。

 ダストボックスの上であの『雉トラ(招き猫)』が具流氏を見ている。

女は異常に逃げ足が早い。

 「コラ~、まてー。誰か、その女を捕まえてくれ!」

その声を聞いて通行人が振り向く。
そこに三十代の「大工(ダイク)姿の男性」が路地から飛び出して来る。
男性は女性を執拗(シツヨウ)追いかけて行く。
具流氏が公園の所まで来ると大工の男性が女性を捕まえている。
女性は観念したかのように路上に座り込んでいる。
具流氏はようやく追い着き、息を荒げて、

 「すいません。イヤ~、マイッタ」

大工の男性が、

 「どうしました?」
 「うちの店のガラスドアーを蹴り割ったんですよ」
 「蹴り割った? この女の方が? あのガラスドアーを?」
 「ハイ〜。ビックリしましたよ~」

具流氏は女を睨(ニラ)んで、

 「コラ、何で蹴った? ガラス代弁償しろ」

すると公園のブルーテントから見覚えのある男性が顔を出す。

 「オ~イ、どうしたー?」

具流氏が振り向くと吉松さん(ブルーテントの男)である。

 「おお、ヨシマツさん」
 「何だ、教授じゃない。久しぶりー。どうしたの?」
 「店のガラスドアーを壊(コワ)されちゃった。
 「え〜えッ!」

吉松さんはテントから出て来て、

 「・・・なーんだ、女性じゃないの」

大工の男性が、

 「今の女は怖いからねえ。平気で亭主や子供を殺ッしまう。ジャッ!」

男性はそう言い残し、サッサとどこかに消えてしまう。
具流氏が、

 「あれ? アッ、旦那! ダンナ、だめだよ。ちょっとー。チ、困ったなあ。せっかく捕まえてくれたのに」

吉松さんが、

 「その内、買いに来るよ」
 「そう言えばどこかで見た事のある方だなあ、あの人」

具流氏は女性を店に連れて行こうと肩に手を触れる。
途端、女性は具流氏の手に咬み付く。

 「痛て~、コラッ! やめろ」

すると、吉松さんが大声で一喝。

 「何やってンの奥さん! みんなが見てるじゃない」

女性は少し恥ずかしそうに周囲を見回し、足元を気にしながら立ち上がる。
具流氏は咬まれた手を擦(サス)りながら、指先で女性の着ているブラウスを摘まむ。
女性は摘まんだ具流氏の指を振り切り、自分で店に向かって歩いて行く。
具流氏と吉松さんは女性の後を追いながら、

 「何が遭ったの?」
 「僕に電池をぶつけたンだ」
 「デンチ!?」
 「客の間に割り込んで来てねえ。ちょっと注意したらポーンだよ。で、店を出た途端、ガチャーンだ」
 「怖いねえ。マスターも楽じゃないねえ」
 「最近のコンビには怖いよ。万引きや強盗だけじやないからねえ」
 「でも、教授ンとこは良いお客ばっかりじゃないの」
 「良い客?・・・う~ん。まあ、そうなのかなぁ。なんだったらヨシマツさんやってみる?」
 「いやー、ワシがやったら変な客ばっかり来ちゃって、店の品物を全部持って行かれちゃうよ」
 「良いんじゃない。廃棄物も沢山有るし。あ、ちょっと店に寄って行きなよ。忘れ物の携帯用ガスコンロが有るんだ。持って行く?」
 「おお、それは良い」

 石田さんが割れたガラスドアーにガムテープを貼っている。
女性と具流氏、吉松さんが戻って来る。
石田さんは三人を見て、呆れた顔でため息を吐く。

 「・・・お疲れっス」

女性は割れたガラスをチラッと見て店に入って行く。
数人の客達が遠目で女性を見ている。
女性はカウンターの前で髪を手で整えながら立ち止まる。
静子さんが売り場の奥から出て来る。
具流氏を見て、

 「大丈夫だった?」

具流氏は手を擦りながら、

 「咬まれた」
 「どこ?」
 「手。ッたく」

静子さんは平然と立っている女性を見て、呆れた顔でため息を吐く。
具流氏の手を見て、

 「事務所に救急箱が有るから消毒しておきなさい。一応、警察と伊藤サンには電話しといたけど」
 「あ、そう。しかし、商売って怖いねえ。何が起こるか分からない。よくシーさんは『ナナ』なんかで無事にやってこられたねえ」
 「こんな店と違うわよ」

すると、静子さんは具流氏の後ろに隠れている吉松さんを見て、

 「あら? 後ろの方は」
 「あ、手伝ってくれ方だ」
 「まあ、それはそれは。で、お怪我は有りませんでした?」
 「いや〜、ワシは別に」

具流氏は吉松さんを見て、

 「先輩なんだ」
 「センパイ!?」

静子さんが驚く。

 「前に言ったろう。公園で缶詰をご馳走してくれた」
 「ああ、あの方?」
 「そう。常連さんだ」
 「ジョウレン?」
 「いいから、ヨッさん! 事務所に行こう」

具流氏は蹴られないように女性の肩をそっと押す。
女性はそれを拒むように自分から事務所に入って行く。
                    つづく
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