第２２話 ジェンダーの人
文字数 2,490文字
ある日、突然あのリーダーの杉浦くんが「蒸発」した。
連絡も無く店に出勤して来ないのである。
夜・・・。
夜勤の林くんが出勤して来る。
「ウイ～ス」
具流氏が、
「お、ご苦労さん」
林くんがストコンをタッチして出勤入力をする。
「・・・今夜も一人だなあ」
「ですね」
「林クンさあ、杉浦だけど、君、何か知らいか」
林くんは素っ気なく、
「知らないっス」
「困ったもんだなあ」
「ああ、そう言えば、おとつい寿（寿町）のパチンコ屋の前に杉浦サンのチャリが置いてありました」
具流氏が驚き、
「パチンコ屋？ 彼はパチンコやるのか」
「スロットッすよ。スロットのプロ！ ここのバイトの二、三倍は稼ぐんじゃないっスか」
「ええ～ッ！ スロットのプロ？」
具流氏は急遽、夜勤を募集する。
しかし当店の要望に合う人材は中々来ない。
仕方がなく、以前働いていた『金子くん』と云う男性を新人が決まる迄と云う条件で、数日間働いてもらう事にした。
金子くんは真面目で責任感が有り、『夜の雰囲気』にピッタリな男性である。
夜の雰囲気とは、要するにブルーボーイ（ジェンダー）なのである。
朝、金子くんが久しぶりの夜勤仕事を終えて退勤のため事務所に入って来る。
静子さんが、
「お疲れさま！ 久々の夜勤じゃ眠いでしょう」
「ゼンゼン！ カマクラでバイトやってますから」
「鎌倉？」
金子くんはストコンに退勤入力しながら、
「店長～、もうやだ～。まだあのナスビこの店に来てるの。チョーキモー。アタシがお釣り渡す時、顔を見ながら手を握るのよ～。こんな感じー」
静子さんの手を握る金子くん。
静子さんは驚いて、
「あ！」
「ね。キモイでしょう」
「でも、アタシはよく握られるわよ」
「そりゃあ、店長はオンナですもの」
具流氏が事務所に入って来る。
静子さんの手の上に載せた金子くんの手を見て、
「何している」
「何を？ あっ、妬いている？」
「バカ言ってるんじゃない」
「オーナーが店長を愛してる証拠よ」
静子さんは具流氏を見て、
「本当に愛してるの？」
「いや、まあ。バカ！ 何を言ってるんだ、ここは職場だぞ」
「オーナー、早く入れてよ。じゃないとアタシ気が狂いそう」
「イレテ？」
「夜勤よ。ヤ・キ・ン」
「ああ、夜勤ね。分かった。一週間以内に何とかする。だからくれぐれも、気だけは狂わないでくれ」
静子さんが席を立ち、
「オーナー、金子クン、新小岩から鎌倉までバイトしに通ってるんですって」
「ええ！ カマクラまで？ それは大変だ。でも、横須賀線で一本か・・・」
「？」
静子さんは売り場に出て行く。
入れ替わりに林くんが退勤のため、事務所に入って来る。
具流氏が、
「ご苦労さま」
「ウイっス」
林くんは退勤入力をしながら、
「金子サン、良いパンツ穿いてますね」
「ああ、これ？ 安物よ。今、このブランドに凝っているの」
「いくらしたんスか？」
「六万位かな？」
具流氏は驚いて、
「パンツ一枚六万？！ キミは六万もするパンツを穿いているか？」
「ええ、変？」
「ヘンて、僕なんて二枚で五百円だぜ。なあ、林クン」
林くんは具流氏を一瞥して
「？」
具流氏、
「昨夜（ユウベ）、品出しやってた時、腰からパンツがはみ出ていたぞ。あのパンツは金子クンには合わないな。やっぱりキミの雰囲気だとブリーフかティーバック・・・」
「オーナーってイヤらしい！ そんな所しか見ていないの？」
「いや、見えちゃったんだよ」
林くんが、
「オーナー、話しない方がいいっスよ」
「そ～よ。パンツって『ズボン』の事よ。オーナーってやっぱオジンね」
具流氏は何にも言えない。
林くんは金子くんを見て、
「金子サン、今朝（ケサ）、キンカンが来てたでしょう」
「ああ、パンスト買って行ったわよ。あの男すっかりハゲちゃったじゃない」
「前からツル頭（ガシラ）ですよ。時々、カツラ被って来ますけどね」
「ええ？ 前、アタシが居た頃、髪の毛が肩まであったわよ」
「あれもカツラっスよ。あン頃、浅草のゲーバーに行ってたんで、いつもアレ被ってたんスよ」
「あ、そうだったの。そう言えば、ファンデーションの上からヒゲが伸びてて、なんてキモイ客だろうと思ってたけれど ゲーバーに行ってたんだ。まだ行ってるのかしら？」
「いまはアイツ、地下鉄工事に行ってるツウことです。俺のダチが同じ現場でバイトやってるんスよ。ソイツが言うには、なんか一ヶ月位前にゲーバーをクビに成ったツう、変なハゲ男が入って来たそうです。そしたらこの間、『間（ハザマ）のメット』を被ってアイツが店に来たんスよ。カツラからメットに変えたみてえ。ハハハハ」
金子くんが、
「でも、なんでパンストなんか買いに来たんだろう」
「変態っスよ、変態。けっこう夜は変なのが来ますよ。オンナのパンツ買って行ったり、口紅買って行ったり」
「変態？ 成るほどねえ。それじゃ客なんか付きっこないわよ。アタシなんて生まれてからず～と、コレよ」
具流氏は金子くんをシミジミと観て、
「そ～か、金子クンは生まれつきなのか」
「だから、六本木のカマクラでバイトしてるんじゃない」
「カマクラ？」
「オカマクラブよ。ヘルプだけど」
「ああ、それで、カマクラか。店長、鎌倉と間違えてるぞ」
林くんが金子くんをチラッと見て、
「金子サン、まだ前に言ってたあのオカマクラブで働いてるんスか？」
具流氏が、
「キミにピッタリじゃないか。僕はここのバイト辞めてどうしてるかなあと心配してたんだ。良かった良かった」
「金子サン、飲みに行ったら安くしてくれますか」
「いいわよ。金持ちの客、いっぱいくるから飲み残しのレミーをジャンジャン飲ませてあげるわ」
「林クン！ 君はダメだ。未成年じゃないか」
「ダメっスか？」
「オーナーと一緒に来てノンアル飲んでれば良いんジャン」
「だめだ！ 僕は、オカマは好かん。本腰を入れて付き合えないからね」
五日間で五人面接した。
やはり、ろくなヤツしか来なかった。
金子くんと約束した一週間の、『最後の日』が来た。
つづく
連絡も無く店に出勤して来ないのである。
夜・・・。
夜勤の林くんが出勤して来る。
「ウイ～ス」
具流氏が、
「お、ご苦労さん」
林くんがストコンをタッチして出勤入力をする。
「・・・今夜も一人だなあ」
「ですね」
「林クンさあ、杉浦だけど、君、何か知らいか」
林くんは素っ気なく、
「知らないっス」
「困ったもんだなあ」
「ああ、そう言えば、おとつい寿（寿町）のパチンコ屋の前に杉浦サンのチャリが置いてありました」
具流氏が驚き、
「パチンコ屋？ 彼はパチンコやるのか」
「スロットッすよ。スロットのプロ！ ここのバイトの二、三倍は稼ぐんじゃないっスか」
「ええ～ッ！ スロットのプロ？」
具流氏は急遽、夜勤を募集する。
しかし当店の要望に合う人材は中々来ない。
仕方がなく、以前働いていた『金子くん』と云う男性を新人が決まる迄と云う条件で、数日間働いてもらう事にした。
金子くんは真面目で責任感が有り、『夜の雰囲気』にピッタリな男性である。
夜の雰囲気とは、要するにブルーボーイ（ジェンダー）なのである。
朝、金子くんが久しぶりの夜勤仕事を終えて退勤のため事務所に入って来る。
静子さんが、
「お疲れさま！ 久々の夜勤じゃ眠いでしょう」
「ゼンゼン！ カマクラでバイトやってますから」
「鎌倉？」
金子くんはストコンに退勤入力しながら、
「店長～、もうやだ～。まだあのナスビこの店に来てるの。チョーキモー。アタシがお釣り渡す時、顔を見ながら手を握るのよ～。こんな感じー」
静子さんの手を握る金子くん。
静子さんは驚いて、
「あ！」
「ね。キモイでしょう」
「でも、アタシはよく握られるわよ」
「そりゃあ、店長はオンナですもの」
具流氏が事務所に入って来る。
静子さんの手の上に載せた金子くんの手を見て、
「何している」
「何を？ あっ、妬いている？」
「バカ言ってるんじゃない」
「オーナーが店長を愛してる証拠よ」
静子さんは具流氏を見て、
「本当に愛してるの？」
「いや、まあ。バカ！ 何を言ってるんだ、ここは職場だぞ」
「オーナー、早く入れてよ。じゃないとアタシ気が狂いそう」
「イレテ？」
「夜勤よ。ヤ・キ・ン」
「ああ、夜勤ね。分かった。一週間以内に何とかする。だからくれぐれも、気だけは狂わないでくれ」
静子さんが席を立ち、
「オーナー、金子クン、新小岩から鎌倉までバイトしに通ってるんですって」
「ええ！ カマクラまで？ それは大変だ。でも、横須賀線で一本か・・・」
「？」
静子さんは売り場に出て行く。
入れ替わりに林くんが退勤のため、事務所に入って来る。
具流氏が、
「ご苦労さま」
「ウイっス」
林くんは退勤入力をしながら、
「金子サン、良いパンツ穿いてますね」
「ああ、これ？ 安物よ。今、このブランドに凝っているの」
「いくらしたんスか？」
「六万位かな？」
具流氏は驚いて、
「パンツ一枚六万？！ キミは六万もするパンツを穿いているか？」
「ええ、変？」
「ヘンて、僕なんて二枚で五百円だぜ。なあ、林クン」
林くんは具流氏を一瞥して
「？」
具流氏、
「昨夜（ユウベ）、品出しやってた時、腰からパンツがはみ出ていたぞ。あのパンツは金子クンには合わないな。やっぱりキミの雰囲気だとブリーフかティーバック・・・」
「オーナーってイヤらしい！ そんな所しか見ていないの？」
「いや、見えちゃったんだよ」
林くんが、
「オーナー、話しない方がいいっスよ」
「そ～よ。パンツって『ズボン』の事よ。オーナーってやっぱオジンね」
具流氏は何にも言えない。
林くんは金子くんを見て、
「金子サン、今朝（ケサ）、キンカンが来てたでしょう」
「ああ、パンスト買って行ったわよ。あの男すっかりハゲちゃったじゃない」
「前からツル頭（ガシラ）ですよ。時々、カツラ被って来ますけどね」
「ええ？ 前、アタシが居た頃、髪の毛が肩まであったわよ」
「あれもカツラっスよ。あン頃、浅草のゲーバーに行ってたんで、いつもアレ被ってたんスよ」
「あ、そうだったの。そう言えば、ファンデーションの上からヒゲが伸びてて、なんてキモイ客だろうと思ってたけれど ゲーバーに行ってたんだ。まだ行ってるのかしら？」
「いまはアイツ、地下鉄工事に行ってるツウことです。俺のダチが同じ現場でバイトやってるんスよ。ソイツが言うには、なんか一ヶ月位前にゲーバーをクビに成ったツう、変なハゲ男が入って来たそうです。そしたらこの間、『間（ハザマ）のメット』を被ってアイツが店に来たんスよ。カツラからメットに変えたみてえ。ハハハハ」
金子くんが、
「でも、なんでパンストなんか買いに来たんだろう」
「変態っスよ、変態。けっこう夜は変なのが来ますよ。オンナのパンツ買って行ったり、口紅買って行ったり」
「変態？ 成るほどねえ。それじゃ客なんか付きっこないわよ。アタシなんて生まれてからず～と、コレよ」
具流氏は金子くんをシミジミと観て、
「そ～か、金子クンは生まれつきなのか」
「だから、六本木のカマクラでバイトしてるんじゃない」
「カマクラ？」
「オカマクラブよ。ヘルプだけど」
「ああ、それで、カマクラか。店長、鎌倉と間違えてるぞ」
林くんが金子くんをチラッと見て、
「金子サン、まだ前に言ってたあのオカマクラブで働いてるんスか？」
具流氏が、
「キミにピッタリじゃないか。僕はここのバイト辞めてどうしてるかなあと心配してたんだ。良かった良かった」
「金子サン、飲みに行ったら安くしてくれますか」
「いいわよ。金持ちの客、いっぱいくるから飲み残しのレミーをジャンジャン飲ませてあげるわ」
「林クン！ 君はダメだ。未成年じゃないか」
「ダメっスか？」
「オーナーと一緒に来てノンアル飲んでれば良いんジャン」
「だめだ！ 僕は、オカマは好かん。本腰を入れて付き合えないからね」
五日間で五人面接した。
やはり、ろくなヤツしか来なかった。
金子くんと約束した一週間の、『最後の日』が来た。
つづく
