第3話 杉浦くんと面接

文字数 2,234文字

 杉浦が、両手に籠イッパイの『廃棄弁当』を持って事務所に入って来る。

 「失礼します」
 「おお、ご苦労さま」

静子は杉浦の持って来た弁当を見て、

 「何それ?」
 「これですか? 三便の廃棄(売れ残り)です」
 「そんなに有るの!」
 「今日は、少ないほうです」
 「え~え? 食べられないで困ってる人達が沢山居るのに」
 「杉浦クン。それ、持って帰れば」
 「いや、遠慮します。これを持って帰ると僕は犯罪者に成ってしまうんです」
 「ハンザイシャ? 何で」
 「分かりません。そう云う決まりになってるみたいです。伊藤サンが言ってましたから」
 「伊藤サン? ・・・それを決めたヤツは天罰が下るぞ。いいから、ストコン(ストアーコンピューター)で廃棄処理したら持って帰りなさい。もったいない」
 「いいです。ボクの朝食は寿町(浅草)の立ち食い蕎麦やで熱々の天玉蕎麦と、鮭オムスビと決めているんです」
 「へえ。そんなコダワリが有るんだ」

杉浦はストコンキーを叩きながら、

 「はい」
 「じゃ、その処理が終わったら面接しよう」
 「はい」

龍太郎はアルバイト達の『履歴書ファイル』を机の引き出しから取り出す。

 「終わりました」
 「うん? 速いねえ」
 「慣れてますから」
 「ナレねえ〜」

龍太郎はファイルに眼を移し、杉浦の履歴書を探す。

 「え~と杉浦、スギウラ・・・。お、有った。杉浦克也、良い名前だねえ。三二歳。・・・やっぱりリーダーだけあって素晴らしい経歴だ。川口で鋳物工をやってたんだね」
 「はい。僕は鐘を作ってました」
 「え〜ッ! おカネを作ってたの」
 「おカネ? いえ、寺の鐘です」
 「寺の鐘? なんだ、おカネかと思った」
 「お金だったら、ボクは辞めていません」
 「ハハハ。そうだろうな。僕も辞めないよ」
 「・・・それにしてもこの写真、随分若いねえ」

杉浦は自分の履歴書の証明写真を覗き込む。

 「そうですか。その写真気に入ってるんです。今も時々面接で使ってます」

龍太郎は杉浦を見て、

 「面接って、この仕事辞めたいの?」
 「あ、いや、そんな事はないですけど」

静子も写真を覗く。
髭剃り跡が青く残り、どことなく間の抜けた顔写真である。

 「この写真、いつ撮ったの?」
 「それはたしか、五年前の免許証き換えの時です。その時に、この店に入ったんです」
 「あら、そう。五年前の」

龍太郎はまた履歴書に目を移し、

 「で、出身は・・・青森県の五所川原か・・・」
 「はい。吉幾三と同じ高校です」
 「ヨシイクゾウ? 太宰治の方が有名じゃないの?」
 「まあ、両方有名です」
 「太宰治のグットバイか・・・」
 「ダザイが好きなんですか?」
 「え? あッ、まあね。で、この仕事は長く続けられるの?」
 「はい。オーナーさんが辞めろって言われるまで」

龍太郎は鼻くそをホジりながら杉浦の履歴書を見てボソっと一言。

 「僕は、そんな事は言わないよ。そこまで居た事ないしね」

静子は思わず噴出す。

 「プッ、そう言えばそうよね」

龍太郎は履歴書から目を離し静子を見る。

 「え? 何か言った?」
 「いえ、別に」
 「分かった。で、何か質問ある?」
 「いえ、今の所は」
 「そりゃそうだよね。まだ会って一時間も経っていないし、それに僕達よりこの仕事じゃ先輩だ。質問は僕達がする方だ。じゃ、もう上がって良いよ。頑張ろう」

龍太郎は右手を差し出し、『小指』を立てる。
杉浦は差し出された小指に戸惑い、

 「何ですか? それ」
 「指切りだ」
 「ユビキリ? ・・・あ、はい」

杉浦は得も言われぬ顔で小指を絡ませる。
龍太郎は杉浦の眼を見て、

 「頼りにしてるからね」
 「え? あ、はい。頑張ります」

杉浦は椅子を立ち、急いで自分のロッカーに行く。
私服に着替えながら、

 「面接でユビキリしたのは初めてです」

龍太郎はストコンのキーボードを叩きながら、

 「そう」

杉浦は真新しい『ナイキのシューズ』に履き替え、龍太郎の傍に来る。

 「良いクツ履いてるじゃない」
 「ああ、これですか? 浅草に安い靴屋があるんです」
 「へえ」

杉浦は鼻を擦コスりながら、

 「じゃ、オーナー、店長、お疲れ様です」
 「おう、気を付けて帰れよ」

静子が、

 「杉浦クン。このオニギリ、持って帰りなさいよ」
 「いえ、今日は遠慮します。じゃ、失礼します」
 「お疲れさま」

静子は杉浦を売り場まで見送る。
静子の声が。

 「お疲れさまー」

暫くして事務所に戻って来る静子。
静子は視線を廃棄物の弁当に移して、

 「これって毎日捨てちゃうのかしら」
 「店のロスだ。みんな俺たちが背負(ショ)う事になるんだ」

龍太郎は廃棄の弁当を見て、

 「・・・食べちゃおうか」

静子は驚いて、

 「冗談でしょ、こんなに」
 「さすがの俺もここまでは考えて無かったなあ」
 「サスガ?」

静子は龍太郎を睨む。

 「あ、いや、まあ」

カゴの中から弁当を一つ選ぶ静子。

 「このお弁当、お昼に頂こうっと」
 「まだ新鮮なのが来るよ」
 「ええ! そんなあ~」

納得が行かない表情の静子。
静子は壁の時計を見て、

 「あ、もうこんな時間。さ〜てと、アタシは売り場に出るか」
 「出る?じゃ、林クン呼んでくれる?」
 「分かりました。オーナー」
 「オーナー? オーナーか・・・格好良いな。俺もとうとう経営者か。ヨシ、店長! よろしくお願いしますよ」
 「私がテンチョウ? 店長なんて久しぶりに呼ばれたわ。ヨシッ! 任しておいて」
 「シーさん、頼りにしてまっせ」
                    つづく
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