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文字数 1,528文字

「だ、誰?電話?」
あの不快音もあってガンガンする頭を抱えながら僕はスマホを手にとった。
「いいえ。これは生成AIによる自動音声によるものです。
 が、私の言語処理速度は現代でも最高レベルであり、
 ラグ1秒以内で言葉を読み取り、返答が可能です。
 つまりまるで人間同士が会話しているかのような状況を作り出せるのです」
何の話だ?
生成AI?自動音声?

「申し遅れました。私は恋愛成就アプリ”アイ”のあなたの専属パートナーです。
 ”アイ”とそのままお呼びください」
恋愛成就アプリ?
なんだっけ…昨日の夜の出来事を思い出す。
バイトでラストまで入って、疲れて家に帰ってきて、
何故か泣き喚いて…

「どうやらユーザーさんは自分にとって都合の悪い出来事は
 全部記憶から消そうとするようですね」
ギクッとした。
何なんだこの状況は?
僕のスマホが明らかに僕を認識して言葉を投げかけている。

「自分の記憶から消せたとしてもその事実は消え去ったわけではありません。
 目を逸らさずに向き合いましょう。あらゆる現実を」
朝から説教くさいことを言ってくるなぁ…
大体僕はアプリをインストールした覚えなんてないぞ。
僕は混乱しながらもスマホに向かって口を開いた。

「…インストールした覚えがないんだけど」
「何をおっしゃいますか。ユーザーさまは”夢と決別し現実と戦い本物を手に入れます”
 っと私にお伝えくださったではないですか。
 私もその要望に沿えるよう、精進しなければなりませんね」
…急に現れたポップアップウインドウのことを思い出した。
確かあのとき僕は確かに”すべての希望が叶う夢の世界”
をタップしようとしていたと思うんだけど。

「ですがユーザーさんの場合、基礎以前の問題をお抱えですね。
 どこから何をお伝えいたしましょうか…」
耳の痛み(おそらくこいつのせい)もなくなっていき、
”アイ”とか名乗るスマホの声が聞き取りやすくなってきた。
よくあるカタコトな音声じゃなくて、
国営放送の女性アナウンサーが原稿を読むときの様なあの聞き取りやすい声だった。
言葉のスピードが単調で若干機械的な感じはあるのだけれども。

朝耳鳴りアラームで目覚めさせられて流暢にしゃべる僕のスマホ。
こんな明らかに異質な状況なのに僕はさっきの
”すべての希望が叶う夢の世界”をタップしようとしてた自分を振り返った。

どんどん昨日の… 
いやこれまでの自分にとって都合の悪かった記憶が蘇ってくる。
そうだ僕は…
何をしてもあまりにもダサくなってしまう自分が嫌だった。
それと相対するように周りが輝いて見えて羨ましかった。
そんな彼らに少しでも近づきたくて色んな行動をしても結局痛いやつになって…
だから夢の中に閉じこもろうとした。
夢の中では僕は人気者だから。
夢の中では彼女が僕に向けて笑ってくれるから。
そんな僕だから無意識に夢の世界をタップしてしまおうとしたのだろう。
空想の中では彼女に触れることさえできないと分かっているのに。

そう思ったときもうこの目の前の異質な光景に違和感を感じることはなくなった。
もしかしたらこれは僕に与えられた最後の変われるチャンスかもしれない。
きっかけなんてなんでもいい。
夢の中で満足しちゃいけない。
今、この世界に彼女は生きているんだ。
彼女に触れたい。
彼女に笑ってほしい、いや笑わせてみせる。
あんなピアス野郎に彼女を心底から幸せにできるはずがない。
…根拠なんてないけど。

「僕は…」
そういって僕は重い腰を上げ
いつもバイトで夜帰りのためほとんど開閉してなかった窓のカーテンを
思いっきり引っ張った。
「変わりたい」

ザーーーー
…窓の外は土砂降りの大雨だった。

「…今週末はしばらく雨が降り続くため外出は控えましょう…」
アイが僕を励ますかのように語り掛けてきた…



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