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文字数 1,952文字

「準備はよろしいでしょうか?
 それではまず1分間、ユーザーさんが思う自身の悪いところを書き出していきます」

「ああ、大丈夫だよ」

アイからの合図を待ち僕はボールペンを構えた。
正直、自分の悪い部分なんて1分じゃ書ききれない。

「それでは…スタート!」

スマホの画面には1分の時間からカウントダウンが始まった。
僕はボールペンを走らせる。

自分の悪いところ…たくさんあるなぁ。
漢字で書くと時間が掛かりそうだからできるだけひらがなで書く。
実際、文字で書くとなると、1分でも短く感じてしまう。

「30秒です」

ええっもう半分?
こういう時の時間は早いなぁ。
まだまだ自分の悪い部分はある。
できるだけ言語化して振り返る時間にするためにも、なんとか書き切りたい。

「10秒。9、8、7」
うわっもうカウントダウンか。
これとこれはちゃんと書き切って…
「3、2、1」

キーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

ううううるさいっ!うるさい!
やめろぉぉこの音はっ!!!

「お疲れ様でした。30秒休憩して次はユーザーさんの良いところを書きましょう」

「…音なんとかならない?耳痛いんだけど」

「すみません反応を見てみたくて」

…こいつ後で冷蔵庫にでも入れてやる。
という考えがよぎったが、すぐに30秒は立ちアイから次の合図があった。

「準備はよろしいですか?それではスタート!」

僕は自分の良いところを思い浮かべながらボールペンを走らせる。
が、さっきの悪いところと比べてなかなか出てこない。

「30秒です」

アイから半分の合図があったときにはボールペンが止まってしまった。
ええっとなんだろう…
僕の良いところ…

「10秒。9、8、7」
最近の出来事を思い出す。
けど、人から褒められたような事がなかなか思い浮かばなくて。

「3、2、1… 終了です」
アイはあの音をさすがに2回目は鳴らさなかった。
そういう気遣いは出来るようでちょっと安心した。

「それではユーザーさんが書いた自身の悪い部分、良い部分を振り返ってみましょう」

僕は書きなぐった2枚の紙を机に広げた。

〇悪いところ
・くらい(暗い)
・はきがない(覇気がない)
・むとんちゃく(無頓着)
・面白くない
・すぐしっと(嫉妬)する
・人と比べる
・自分を責めてしまう
・ネガティブ
・自信がない
・自分がない
・モテない
・友達が多くない
・そんなに勉強できない
・そんなに運動できない
・才能がない
・特徴がない
・強い人間じゃない

〇良いところ
・優しい
・思いやりがある
・行動力がある
・このままじゃダメだと思える
・努力ができる


…悪いところが17個で良いところが5個しか思いつかなかった。

「ごめんアイ…僕やっぱり自信が持てないよ
 これじゃなんの参考にもならないね」

アイのことだから罵ってくるだろうと思ったが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「いいえ、ユーザーさんは謙虚な方です。
 こうやって私が出した課題に真剣に取り組んでらっしゃってるのですから。
 というか大抵の人は自分の良いところに気づけないのです。
 良い部分は他人が評価して、自身に伝えられて初めて気づかされるものなので」

「謙虚か…ありがとう。
 久しぶりに誰かから褒められた気がしたよ」

「もっと自信を持ってください。
 自身を認めて褒めてくれるご友人を作ることも成功体験に繋がるんですよ」

「友人ねぇ…僕はそんなに友達多くないし、
 褒め合うような関係でもないから難しいかもしれない」

「ご友人じゃなくても良いんです。
 人を褒めるということはその人の存在を認めることにもなりますから
 その人から受け入れられているという実感がより良い人間関係を築くのです」

「そうだね。自分を認めてもらうためにも、まずは相手を受け入れることが大事だね」

「…ユーザーさん。そろそろバイトの時間じゃないでしょうか?」

アイに言われて時計を確認する。
時刻はもうすぐ17時。
18時のシフトに間に合わせるためにはそろそろ支度しなくちゃならない。

「ほんとだ!もうこんなに時間が過ぎてたのか…
 ありがと、教えてくれて」

「ユーザーさんのスケジュール表と同機しておりますから。
 アナウンスはお任せください」

またいつの間に紐づけしたんだ…
とりあえずアナウンスには助かったから着替えをして準備をする。

「そうですね…せっかくなので、
 今日のアルバイトで色んな人達の良い部分を気づきましょう。
 そしてその都度、伝えてみてください。
 いつもとは変わった光景になると思いますよ」

「ええっそんなの気味悪がれないかな?
 僕、普段そんなにバイトの人達と関わることないから」

「これも課題のひとつです。頑張ってください」

無茶いうなぁ…
まあでもアイに褒められて悪い気はしなかったから、
それをバイトの人達にもできるように努めようとは思い、
僕は支度を終え、自転車でバイト先へと向かった。
 
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