第4話

文字数 1,981文字

 サンフーはステップバイクにまたがって、イグニッションを回した。

 るるるるるるるるる

 と少女が歌うような声がモーターから響き、サンフーを乗せた車体がじょじょに浮かび上がる。
 サンフーは、このステップバイクの「歌声」が好きだった。
 浮上式ステップバイクは、昔のケイバ―反重力パーツを使用した、シンプルなパイプ型フレームで構成された、車輪のないバイクだ。
 ジョイントで連結されたパイプをバラバラにすることで、折りたたむことができ、大人なら持ち運ぶこともできるが、子どものサンフーには大きすぎた。

 サンフーがハンドルを握り、アクセルを踏み込むと、ゆっくりとステップバイクが滑り出した。
 まばらに灌木があるぐらいの、見渡す限りの荒野。
 風を受けてサンフーのバイクが駆け抜けていく。
 動物のような形をした大きな岩。
 前世界の遺物らしき廃墟。
 草原オオカミや、鹿のような動物の姿も見える。
 サンフーのステップバイクは飛び出た岩塊を避けたり、ジャンプしたり、宙返りしたり。
 バイクを運転すること自体も楽しんでいるような感じで、その顔は本当に楽しそうだ。
 やがて、砂原の向こうにドーム都市が見えてくる。
 サンフーはドームの入り口ゲートでバイクを預け、町の入り口ゲートに入る。
 溶解雨(ヨウカイ)が降ると、ドームの屋根は閉じられるのだが、からっと晴れた今日は、ドームの屋根は開け放たれていて、町の中は明るい日差しがふりそそいでいた。
 入り口から、たくさんの人の姿が見える。
 「うわっ! 人がいっぱいだ!」
 一ヶ月以上、荒野に親子二人で住んでいるサンフーは、それだけでうれしくなる。
 もともと、なにかの競技場だった円形ドームの中に開かれた草原のバザールは、サンフーが母や兄弟と住んでいる「町」と比べたら、比較にならないほど小さく、建物も人も少ない。
 メインストリートが真ん中にあり、バラックの町が広がっている。
 テントのような店もあれば、地面に商品を並べただけのような店もある。
 サンフーは、メインストリートにある工具店に向かう。
「フラッターハンマー、ありますか」
「あるよ」
 店主が、奥から包みに入ったものを持ってくる。
「ありがとう」 
「ありがとね。ランタオさんによろしく」
 お金を払って、フラッターハンマーをリュックにつめて、店を飛び出す。
 もう、用事は済ませたので、あとは帰るだけだから、サンフーは、いろいろな店を見て回る。

 変な動物がいっぱいいるペット屋で、変な鳥に手をかまれたり。
 おもちゃ屋で変なロボットのおもちゃを見るたり。
 本屋で、古いマンガを見たり。
 大道芸人が火を噴くのを見て腰をぬかしたり。
 アイスキャンデーを買って歩き食いしたり。

 ふと、サンフーは一つのテントの前に立ち止まった。
 昔のむずかしい文字らしきものがたくさん描いてあって、いくつかの文字は読むことができた。
 

屋だった。
 この中で

をやっているのだ。
 「わっ! えいが屋だ!」
 看板に走り寄るサンフー。
 大きな絵の描いてある看板を食い入るように見た。
 燃え立つ炎のようなオレンジ色の看板。
 ひげを生やした男と、目をとじた女の人を抱いている絵が書いてある。
 「顔も家もぜんぜんちがう国の話だ……」
 呆けたように看板に見とれるサンフー。
 下の方には馬と、白いお屋敷が描いていてある。
「馬だ。本物の馬が出てくる映画なんだ。馬なんか見たことないや」
 読める字を読もうとしている。
「え、と、題名はこれかな。ゼツサン、ジョエイ、チュウ。どういう意味かな」
 テントの入り口に、老人が椅子にすわって、居眠りしている。
 この人にお金を払うのだろうか。
 テントの中から、男と女の声が聞こえてくる。
 笑い声。
 大きな音で

が聞こえてきた。
 見てみたい。本物の「えいが」だ。
 「おじいさん」
 サンフーは老人に話しかけた。
 「おじいさん、いくらですか」
 取り出し、老人に話しかける。
 しかし動かない。
 顔をのぞき込む。
 「寝てる」
 お爺さんは起きない。
 つついても起きそうもない。
 そのとき、サンフーの頭の中に、ある考えが浮かんだ。
 (おじいさんの寝ているすきに、入ってしまえば、「えいが」がタダで見られる)。
 それが悪いということはわかっている。
 だが、こんなチャンスなんかもうないかもしれない。
 サンフーは、老人の横をすりぬけて、テントの入り口に首だけをつっこんだ。
 中は真っ暗で、人でいっぱいだった。
 サンフーは

が写っている画面をみた。
 画面の中で、見たこともない大きな大きな夕日が、真っ赤に真っ赤に燃えていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み