第6話

文字数 1,423文字

 少年とともに「えいが」屋のテントを出たときには、もう暗くなっていた。
 「おもしろかっただろ」
 「うん。おとなの《えいが》が、これほど面白いとは思わなかった。でも……こんな長いとも思わなかった」
 「この映画は長いほうさ」
 「うん。あの……子供が馬から落ちて死ぬのがかわいそうだった」
 「まあ、そうだな」
 サンフーは真っ暗になった空を見上げる。
 星だ。
 「やばい。父ちゃんに怒られる!」
 サンフーは、おそるおそる、回りをみまわす。
 入り口の脇に老人が座っていたイスがあったが、今は誰も座っていない。
 どうやら、タダ見はバレずにすんだようだ。
 「また映画を観たくなったら、ジジイが店番の時に来なよ。映画が始まればたいてい寝てるから、そのまま次の回に残れば最後まで見られるんだ……じゃあな」
 「うん、さようなら」
 少年たちの去っていくのをサンフーがぽつんと立って見送る。
 その先に少し人だかりがある。
 「あ……」
 あの少女だった。
 来客一人ひとりに挨拶をしているようだ。
 サンフーは、少女に駆け寄っていく。
 「ありがとうございました」
 少女と目が合う、サンフー。
 頭一つ半くらい、少女の方が背が高い。
 「あっ……えいが、とっても面白かったよ」
 「ありがとう。また来てね」
 「き、君は……」
 (君は、人間じゃなくて、からだもえいがで出来た、《えいが人間》なの?)
 サンフーは、そう聞こうと、口を開いたが、急にそれを聞くのは、あまりよくない気がして、くちごもった。
 「君は、《えいが》……を、たくさん知ってるの?」
 「ええ。たくさん持ってるわ。仕事だもの」
 「たくさん!? どれくらい?」
 「とっても、たくさん。いろんな国の、いろんな時代の映画が、ここに入ってる」
 そう言って、少女は自分の胸を指差した。
 胸には、アクセサリーのようなものがついている。
 「すごいなあ、いいなあ」
 サンフーの言葉に、笑う少女。
 「僕、サンフー。君のなまえは!?」
 「私は……エルシネ。遠い国の言葉で《映画館》って意味なの」
 「エイガ、カン? カンって……そうか。あのカンだね」
 「え?」
 少し驚く少女・エルシネ。 
 「知らないの? カンは、昔の時代の食べ物や飲み物を、保存するための入れ物なんだよ。僕の父ちゃんは、地面の下から、そういう昔の物を掘ってるんだよ。……あと、歌の鏡とかも掘ってるんだ」
 「そう。素敵ね、サンフー」
 「ありがとう、エルシネ。こんどは、ちゃんとお金を払ってみにくるよ……」
 言ってしまってから、
 「あっ」
 と、自分でも驚く。
 一瞬、少し驚いた顔をして、再び笑顔になるエルシネ。
 「ええ。また待ってるわ、サンフー」
 「さようなら、エルシネ」
 「さようなら、サンフー」
 手を振り、走り出すサンフー。
 「さようなら、エルシネ」
 もう一度、同じことを言ったのは、それを言うことが、彼女によって許された気がしたからだった。

 もう、夜だった。
 こんな夜道にひとりで帰るのははじめてだった。
 サンフーは、ステップバイクを預けた町の出口にむかって走っていく。
 「あ」
 大通り沿いの、辺境保安官事務所の前に、見慣れた人影があった。
 そこには、父ランタオの姿があった。
 「父ちゃん」
 険しい顔をした父は、サーベルを下げた辺境保安官と一緒だった。
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