第7話
文字数 2,610文字
「サンフー!」
背筋をつめたい汗が流れるのを感じた。
「お父ちゃん」
心臓がドキドキ高鳴った。
「こんな遅くまでなにしてたんだ」
ランタオが、険しい声で言った。
「ごめん、父ちゃん」
「なにをしていたんだ」
「えいが屋で『えいが』を見てたんだ。『ゴン、ウィザザ、ウィン』っていう」
「ゴン、ウィザザ、ウィン」
なぜか、保安官が繰り返した。
「そうか―――『えいが』か」
ランタオはそういうと、口をつぐんでしまった。
「ちょっと、ランタオさん」
保安官がランタオを呼んだ。
そのまま、辺境保安官の事務所の前で、ランタオが保安官になにか聞かれているようだ。
「帰るぞ、サンフー。バイクはどこだ」
「入り口に預けたよ」
「早く持ってこい」
サンフーは、ドキドキしながら、入り口に戻った。 『えいが』にタダで入ったことが、バレたらどうしようかと思った。
バイクを引きずって、戻ってきた。
ランタオは、ステップバギーのトランクをを開け、その中にサンフーのステップバイクを畳み、しまい込みながら言った。
「怒らないの?」
「場合によってはな」
「うん」
サンフーはちょっと安心して、助手席に乗り込んだ。
ランタオが、ステップバギーのイグニッションをまわすと、
ルルルルルルル
と、女の人が歌うような音がして、徐々にケイバー合金の車体が浮かびはじめる。
サンフーは、このバギーのモーター音が、バイクの音よりも高くて、いつも少女の歌声のような気がするのだったが、今日に限っては、それがあの「えいが」の少女、エルシネの声のようにも思えた。
扉をロックするのと同時に、ステップバギーは走り出す。
ゲートを抜けて、たちまち草原の中へ。
「ごめん。つい『えいが』に夢中になってしまって。本当の『えいが』があんなに長いとは知らなかったんだ」
サンフーは横目で遠くなる街の光を後ろに見ながら、言った。
「あの『えいが』は特別さ」
「見たことあるの?」
「ああ。昔だけどな。最後に子供が死ぬだろう。あれは可哀想だよな」
「そうだね。あれはひどいね」
「ちょっとやりすぎだ。なにも殺すことはない」
「殺したんじゃないよ。ウマから落ちたんだよ」
「ん? ああ。でも殺したようなもんだ」
闇の中に沈黙が流れる。
サンフーはその静けさに耐えきれなくなって、一番気になっていることをたずねた。
「どうして怒らないの?」
「ちゃんと、フラッターハンマーは買ったんだろうな」
「うん」
サンフーは抱えたリュックから折り畳み式のそれを見せた。
「ならいい。俺も一本、新しいの買っちゃったよ。おまえ、またどこかで無駄遣いしちまったんじゃないかと思ってな」
「『えいが』……タダだったんだ」
サンフーはウソをついた。
「……だろうな」
サンフーはウソをついたことを見透かされたのかと思って、ドキッとした。
「昔から、あそこの親父は、子どもからは金を取らないのさ」
「え!? どういうこと?」
「子どもや若い奴が来たら、狸寝入りして通してくれる。俺も昔はよくあすこで映画をタダで見させてもらったもんさ」
「え?」
目を白黒させるサンフーをよそに、ランタオは笑った。
「サンフー、そんなに『えいが』が見たかったのか」
「うん」
サンフーは素直にうなづく。
「そんなにみたいのなら、いくらだって見せてやるのに」
「え?」
また笑うランタオ。
「知らなかったのか? 俺たちが何を掘り出しているのか」
「なにをって、『うたの鏡』でしょ。あとは昔のカンに入った食べ物とか」
「まあ、そうだが―――あの『鏡』のなかに入ってるのは歌ばかりじゃない」
「え?」
「鏡の中には、『えいが』がつまったものも、たくさんまじっているんだぞ」
「どういうこと―――」
「おまえがいつも仕分けしている鏡、あの中には『えいが』の入った鏡もあるんだ」
「え!? 本当?」
「……知らなかったのか」
「全然」
「そうか。じゃあ、俺の作業部屋にある機械が、何の機械かも知らないのか?」
「……うん」
サンフーは、窓に映る父の横顔を見つめた。
「あれは、『えいが』の機械だ。あそこは『えいが』の鏡のチェックをするための部屋だ」
「ほんと? でも、父ちゃん、いつも鏡の中には『うた』がつまっているっていってたじゃないか。『えいが』が入っているなんて一言も言わないでさ」
「……同じようなもんだ。『うた』も、『えいが』も、どちらも今の時代ではもう作れない、昔の人々の『夢』が詰まってる」
「昔の人の夢?」
「そうだ。もうなくなってしまった大都会の姿や、人の世のささいな日常の営みや、もうどこにも生きてはいない獣たちの姿やなんかが、遙か昔の奴らの『思い』や『ひらめき』やなんかといっしょに、鏡の中にはギッシリとひしめいているんだ」
「ふうん。でも、じゃあ、どうして僕には一度も見せてくれなかったの」
「それは……」
息子の問いに、すこし黙ったあと、ランタオは応えた。
「『えいが』の機械、あれはとても高価な機械だ。あのトレーラー1台よりも。そんなのをおまえに見せられるか。おまえにあんなの見せたら壊すまで、いじくりたいと思うだろ?」
反論の余地はなかった。サンフーは自分でもそう思った。
彼は機械と見ると、すぐにいじくり倒して、壊してしまうのだ。
「まあ、たまになら見せてやる。壊さないって約束してくれるのならな。ただ、絶対に一人であの部屋に入るんじゃない」
「どうして? なんで一人じゃ入っちゃいけないの」
ランタオはあごひげをさすっていた左手を変速ギアへ乗せた。
「そりゃあ、まあ……」
ステップバギーがうなりを上げ、真っ暗な草原をすべってゆく。
ランタオは沈黙し、横目でサンフーを見た。
さっきまで天窓を見上げながら、うるさいほどの数の星を眺めていたサンフーは、静かな寝息をたて始めていた。
「『えいが』の中には、子供が見ちゃいけない『えいが』もたくさんあるからな」
ランタオはひとりごちると、再び口を閉じた。
るるるるるる……。
少女の歌声を思わせるモーター音だけが、闇の中に響き続いていた。
(おわり)
背筋をつめたい汗が流れるのを感じた。
「お父ちゃん」
心臓がドキドキ高鳴った。
「こんな遅くまでなにしてたんだ」
ランタオが、険しい声で言った。
「ごめん、父ちゃん」
「なにをしていたんだ」
「えいが屋で『えいが』を見てたんだ。『ゴン、ウィザザ、ウィン』っていう」
「ゴン、ウィザザ、ウィン」
なぜか、保安官が繰り返した。
「そうか―――『えいが』か」
ランタオはそういうと、口をつぐんでしまった。
「ちょっと、ランタオさん」
保安官がランタオを呼んだ。
そのまま、辺境保安官の事務所の前で、ランタオが保安官になにか聞かれているようだ。
「帰るぞ、サンフー。バイクはどこだ」
「入り口に預けたよ」
「早く持ってこい」
サンフーは、ドキドキしながら、入り口に戻った。 『えいが』にタダで入ったことが、バレたらどうしようかと思った。
バイクを引きずって、戻ってきた。
ランタオは、ステップバギーのトランクをを開け、その中にサンフーのステップバイクを畳み、しまい込みながら言った。
「怒らないの?」
「場合によってはな」
「うん」
サンフーはちょっと安心して、助手席に乗り込んだ。
ランタオが、ステップバギーのイグニッションをまわすと、
ルルルルルルル
と、女の人が歌うような音がして、徐々にケイバー合金の車体が浮かびはじめる。
サンフーは、このバギーのモーター音が、バイクの音よりも高くて、いつも少女の歌声のような気がするのだったが、今日に限っては、それがあの「えいが」の少女、エルシネの声のようにも思えた。
扉をロックするのと同時に、ステップバギーは走り出す。
ゲートを抜けて、たちまち草原の中へ。
「ごめん。つい『えいが』に夢中になってしまって。本当の『えいが』があんなに長いとは知らなかったんだ」
サンフーは横目で遠くなる街の光を後ろに見ながら、言った。
「あの『えいが』は特別さ」
「見たことあるの?」
「ああ。昔だけどな。最後に子供が死ぬだろう。あれは可哀想だよな」
「そうだね。あれはひどいね」
「ちょっとやりすぎだ。なにも殺すことはない」
「殺したんじゃないよ。ウマから落ちたんだよ」
「ん? ああ。でも殺したようなもんだ」
闇の中に沈黙が流れる。
サンフーはその静けさに耐えきれなくなって、一番気になっていることをたずねた。
「どうして怒らないの?」
「ちゃんと、フラッターハンマーは買ったんだろうな」
「うん」
サンフーは抱えたリュックから折り畳み式のそれを見せた。
「ならいい。俺も一本、新しいの買っちゃったよ。おまえ、またどこかで無駄遣いしちまったんじゃないかと思ってな」
「『えいが』……タダだったんだ」
サンフーはウソをついた。
「……だろうな」
サンフーはウソをついたことを見透かされたのかと思って、ドキッとした。
「昔から、あそこの親父は、子どもからは金を取らないのさ」
「え!? どういうこと?」
「子どもや若い奴が来たら、狸寝入りして通してくれる。俺も昔はよくあすこで映画をタダで見させてもらったもんさ」
「え?」
目を白黒させるサンフーをよそに、ランタオは笑った。
「サンフー、そんなに『えいが』が見たかったのか」
「うん」
サンフーは素直にうなづく。
「そんなにみたいのなら、いくらだって見せてやるのに」
「え?」
また笑うランタオ。
「知らなかったのか? 俺たちが何を掘り出しているのか」
「なにをって、『うたの鏡』でしょ。あとは昔のカンに入った食べ物とか」
「まあ、そうだが―――あの『鏡』のなかに入ってるのは歌ばかりじゃない」
「え?」
「鏡の中には、『えいが』がつまったものも、たくさんまじっているんだぞ」
「どういうこと―――」
「おまえがいつも仕分けしている鏡、あの中には『えいが』の入った鏡もあるんだ」
「え!? 本当?」
「……知らなかったのか」
「全然」
「そうか。じゃあ、俺の作業部屋にある機械が、何の機械かも知らないのか?」
「……うん」
サンフーは、窓に映る父の横顔を見つめた。
「あれは、『えいが』の機械だ。あそこは『えいが』の鏡のチェックをするための部屋だ」
「ほんと? でも、父ちゃん、いつも鏡の中には『うた』がつまっているっていってたじゃないか。『えいが』が入っているなんて一言も言わないでさ」
「……同じようなもんだ。『うた』も、『えいが』も、どちらも今の時代ではもう作れない、昔の人々の『夢』が詰まってる」
「昔の人の夢?」
「そうだ。もうなくなってしまった大都会の姿や、人の世のささいな日常の営みや、もうどこにも生きてはいない獣たちの姿やなんかが、遙か昔の奴らの『思い』や『ひらめき』やなんかといっしょに、鏡の中にはギッシリとひしめいているんだ」
「ふうん。でも、じゃあ、どうして僕には一度も見せてくれなかったの」
「それは……」
息子の問いに、すこし黙ったあと、ランタオは応えた。
「『えいが』の機械、あれはとても高価な機械だ。あのトレーラー1台よりも。そんなのをおまえに見せられるか。おまえにあんなの見せたら壊すまで、いじくりたいと思うだろ?」
反論の余地はなかった。サンフーは自分でもそう思った。
彼は機械と見ると、すぐにいじくり倒して、壊してしまうのだ。
「まあ、たまになら見せてやる。壊さないって約束してくれるのならな。ただ、絶対に一人であの部屋に入るんじゃない」
「どうして? なんで一人じゃ入っちゃいけないの」
ランタオはあごひげをさすっていた左手を変速ギアへ乗せた。
「そりゃあ、まあ……」
ステップバギーがうなりを上げ、真っ暗な草原をすべってゆく。
ランタオは沈黙し、横目でサンフーを見た。
さっきまで天窓を見上げながら、うるさいほどの数の星を眺めていたサンフーは、静かな寝息をたて始めていた。
「『えいが』の中には、子供が見ちゃいけない『えいが』もたくさんあるからな」
ランタオはひとりごちると、再び口を閉じた。
るるるるるる……。
少女の歌声を思わせるモーター音だけが、闇の中に響き続いていた。
(おわり)