第18話 vs.Dinosaurs

文字数 2,533文字

 ぽつり、ぽつりと雨が降り出した。空は急に現れた灰色の雲に覆われ、朝陽の光がぼんやりと薄らいでいく。同時に、強い風が吹き始めた。
 クーパーが物凄い速度で走って行った(あと)を、わたしたちも辿(たど)って走る。
 木々は左右に折れ、土は(えぐ)られ、四肢の爪の跡がはっきりと地面に刻まれている。

「ベロニカ、相手はどこにいるの?!」

 100フィートもあるなら、そろそろ見えても良さそうだが、深い森の巨木が邪魔だし、雨で遠景が(かす)んでいるせいか、クーパーすら視界に入ってこない。

「もう少し……見えた!」

 木々の葉の(あいだ)に、ちらちら、クーパーと()み合う相手の姿が見えてきた。あれも図鑑で知っている。Tレックスの形だ。
 ようやく森の木が低くなった場所に着き、全貌がはっきりした。大きな頭に太い胴体、短い両腕に、体を支える太い両脚。長い尾を振りながら、クーパーとぶつかり合っている。

「アイツらは何をしているんだ。(じゃ)れ合いにも見えるな」
()いてみようか。……クーパーが冷静なら」

 ……ねぇ、キミはその子と戦ってるの?

 問い掛けると、クーパーは一旦、身を引いて相手との距離を空ける。

『話が出来ないんだ。だから止めるしかない。何か()い方法はあるかな』
「ベロニカ、止める方法、あるかなって」

 彼女はTレックスを眺めながら、(あご)に指を当てて考える。
 一方のTレックスは鼻から蒸気のようなものを噴き出して、クーパーを(にら)んでいる。

「恐竜を捕えるか。いや、頭を冷やせばいいのでは? だったら……」

 わたしはベロニカの言葉をクーパーに伝える。

『やってみるよ。上手く出来るかな』
「クーパーなら大丈夫。レディ、ゴー!」

 クーパーが姿勢を低くして、Tレックスへ向かって駆け出す。
 Tレックスは、尾を激しく振ってクーパーを(はじ)こうとする。その攻撃を(かわ)して、そのままの勢いで横を通り過ぎ、逃げるようにクーパーが、森に自分で作った獣道を戻って行く。Tレックスは混乱したように、クーパーを追いかけ始めた。

「よし、このまま(みずうみ)まで誘導できれば、Tレックスを落ち着かせることが……」

 ベロニカの言葉は、ヘリのプロペラが空気を切り裂く音で(さえぎ)られた。彼女は舌打ちして、雨降る空を見上げる。

「軍のヘリか。Tレックスを追いかけてきたんだ。クーパーにも気付いただろう、まずいな」
「サムがなんとかしてくれるんじゃないの?」
協力者(サポーター)が権力者でもない限り、もう止められないと思う。あとは軍の判断だろうが、またこの辺りが火の海になるかも知れないな」
「そんな……」

 その時、またベロニカのスマートフォンから通知音が再生された。彼女は画面を観て、すぐにわたしにも見せる。
 カメラで撮ったものだ。荒い画像だが、たくさんの恐竜の形状が映っている。海岸のようだから、この辺りじゃない。テレビかウェブ、もしくはSNSの映像だろう。その(あと)に続くメッセージを読む。

『軍が怪獣たちと戦闘中だ。他の国には一切、知らせていないらしい。知られたら、その隙を突いてくる国があるだろうからね。強い情報規制が(おこな)われている』

 ベロニカがスマートフォンをポケットに入れながら、クーパーたちが進んで行った(ほう)(にら)む。

「あのTレックスだけじゃない。次々と海から怪獣が現れるんだ」

 わたしは(みずうみ)に向かって駆け出した。すでに地面はぬかるんでいて、さらにクーパーたちの脚跡(あしあと)のでこぼこに足をとられ、上手く走れない。ベロニカがわたしの(あと)を追いながら()く。

「何をする気だ。クーパーたちの戦いに巻き込まれるぞ!」
「もう一度クーパーと、あと、あのTレックスとも、話をしたい。彼らが何のために海から来てるのか教えてもらうの!」

 もと来た大きな獣道を走って戻ると、小さな(みずうみ)の中でクーパーたちが対峙していた。
 わたしは、Tレックスに向かって叫ぶ。

「ねぇ! わたしの声、聴こえる? 言葉、分かる?!」

 Tレックスが声に反応して、目を(あか)く光らせた。

『この子からさっき、聞いたよ。本当にボクらと話ができるんだね』
「キミたちは、どうしてここに来たの? 海には居られないの?」

 鼻から蒸気を噴き出して、Tレックスは答える。

『ボクらの世界は、もう限界だ。数が増えすぎて、ケンカばかりなんだ。だから(みんな)、外の世界に出てきてるんだよ』

 わたしはベロニカに、Tレックスの言葉を伝える。

「まるで私たちの世界と同じような状況じゃないか。もしかしたら地球自体が、限界なのかも知れない」
「どうする? この子も仲間になってくれるかな」

 ベロニカはまた(あご)に指を当てて考える。しばらく考えて、何か思いついたようにクーパーとTレックスを眺める。

「Tレックスにひとつ演技をしてもらって、その(あと)、海に(かえ)ってもらおう。彼は目立ちすぎるし、この場所は(かくま)うには狭すぎる」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 軍のヘリが戻ってきた。プロペラの音は、森の木々に反響して(みずうみ)の空気を震わせる。

「クーパー、始めて!」

 クーパーがTレックスに突撃する。それを短い両腕でがっちりと受け止めて、Tレックスはクーパーを投げ飛ばす。
 横倒しになったクーパーに、Tレックスは尾を振り回して強く当てる。

 咆哮(ほうこう)を上げて、クーパーは(みずうみ)の中に落ちていく。
 Tレックスが大仰(おおぎょう)な声を上げて、ヘリを(にら)むと、(みずうみ)から出て西へと走り出す。
 ヘリはその姿を追いかけるように、強い雨の降る中、西の空へと飛んで行った。

 わたしとベロニカは、茂みから飛び出して、ハイタッチする。

「すごい、すごい! あの子たちの演技、最高!」
「あのヘリは偵察機だな。ミサイルを搭載していなかった。よほど注意深くない限りは、ここへは戻ってこないだろう」

 わたしは何度も(うなず)いて、クーパーに言葉を伝える。

 ……ありがとう。上手くいったよ。

 クーパーが、湖面に少しだけ顔を出す。

『あいつ、本気で叩いてきたな。次に会ったらボクも……』
「そういうこと言わないの。演技って、あれくらい大袈裟(おおげさ)にするものよ」
『ボクも早く、大きな所で泳ぎたいよ。クロエ』

 わたしは驚く。今、クーパーがわたしの名前を呼んだ。

「名前、覚えてくれたの?」
『だって、キミはボクの大事な友達なんだ。名前くらい覚えるさ』

 友達……。

 わたしは嬉しくて、満面の笑顔で叫ぶ。

「そうだね! わたしたち、友達だ!」
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