第27話 Mixture

文字数 1,597文字

沙織(さおり)、マザーが僕たちを呼んでる』

 アウルの声が震えている。

『僕があっちの世界に行ったら、沙織は僕を使って、マザーに入ってよ』

 ……使うって、アウルは何かするつもり?

『マザーは僕を壊すために、僕の中に入ってくるはず。その時に、沙織がマザーを捕まえて』
「アウルを踏み台にしてマザーに入れってこと? アウルはどうなるの?!」

 私はつい、声を荒げてしまった。明日人(あすと)が驚いたような顔を見せる。

「アウルは最初から、そのつもりでついて来たんだろう。沙織とマザーの交信のために、自分を破壊させる気なんだ……」
「そんなことが分かってたら、違う計画してた。私はアウルに消えてほしくない!」

 私は急いでモニターを観る。アウルは、何も言わずに亀裂の中へ進んで行く。玄武(げんぶ)もその後ろについて行く。まさか、玄武もそのつもりで……。

 私はアウルに意識を飛ばそうとするが、拒否された。

「アウル! やだよ、こんなやり方!」
『……沙織に会えて良かった。嫌な世界で生まれて、この亀裂から逃げ出して、沙織の大切なものをたくさん奪ってしまったのに、沙織は僕を好きになってくれた。僕も沙織が好きだ。だから、沙織のために出来ること、したいんだ』

 ……これしかないの? アウルが犠牲にならなきゃいけないの?

『これは僕と沙織だから出来ることなんだ。沙織ならマザーに伝えられるはず。沙織の世界の美しさを、優しさを、沙織がマザーに教えてあげて。きっと、分かってくれる』

 私は頬を伝う涙を拭く。
 もう止められないなら、やるしかない。
 チャンスは一度きりらしい。

 ……アウル、分かった。もう止めないよ。マザーに入るにはどうやればいいの?

『沙織は僕の見ているものが見えるよね。僕がマザーにぶつかりにいく。マザーから嫌な奴らが出てくるだろうけど、きっとこの子は僕を守ってくれる。マザーが直接、僕を消そうとするだろうから、僕の中に侵入してきたマザーを捕まえるだけだよ』

 ついさっき覚悟を決めたところだけど、無茶な作戦だなぁ。試合当日に突然、練習もしたことないキャッチャーのポジションやれって言われてるようなもんじゃないか。
 
 戸惑っていると、明日人が私の手を握った。

「沙織なら出来る。きっとアウルもそう思ってるはず。君はベヒモスを、ぶっつけ本番で倒したじゃないか」

 私は逃げ出すように、ついつい視線を楠木(くすのき)さんに送ってしまう。彼は、何も言わずに微笑んで(うなず)いた。……どうやらこれは、完全に追い込まれたみたいだ。

 私は大声で叫ぶ。

「分かったよ、やる! マザーを捕まえてやる!!」

 そして自分の両頬を思い切り叩く。一発勝負だ!

「明日人、今からアウルに入る。しっかり支えてて!」
「うん。沙織、絶対に戻って来てくれ」
「当たり前。デートの時は明日人のおごりだからね!」

 私は目を閉じ、意識をアウルに飛ばす。

 アウルは既にマザーへ向かって海の中を突進していた。おいおい。
 マザーから()がれた小さな機体(マキナ)たちが進路を(はば)もうとする。
 玄武(げんぶ)の甲羅から飛び出した幾つもの(へび)が、邪魔な機体(マキナ)たちに噛みつき、砕いていく。

 それでも、漏れ出すようにたくさんの機体(マキナ)がこちらへ向かって来る。アウルは体を回転させて()けながら、玄武(げんぶ)と一緒にマザーに近付いて行く。

『来た! 沙織、マザーを捕まえる準備をして!』

 準備? どんな?

 隣を泳ぐ玄武(げんぶ)の体が崩壊を始める。これがマザーの攻撃か。
 崩れながらも、玄武(げんぶ)は進み続ける。
 だが、遂に分裂し、散り散りになって消えていった。

 アウルの腕が千切(ちぎ)れて海の闇の中へ吸い込まれていく。
 そして、体が徐々に崩壊していく。
 私は集中して、その時を待つ。

 視界が揺らぐ。

『沙織、今だ!』

 アウルと私の共有する意識に、何かが侵入してきた。
 私は「それ」を包み込む。

 その瞬間、物凄い(ちから)で引っ張られる。

 消えかかる視界に映ったのは、アウルの体が闇の中へ霧散していく光景だった。
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