第23話 vs.Leviathan

文字数 2,553文字

 景色が物凄い速さで後ろへ流れていく。小さな(しま)が見えたかと思えば、次の瞬間には視界から消えている。時々、鳥のような影が、一瞬映っては見えなくなる。低い位置にある雲を通り過ぎる度、氷のようなものがアウルの体に当たり弾ける。
 ジェット機に乗ったことはないけれど、こんな感じかな。何かが突然前に現れても、絶対避けられないだろう。

 アウルと視界を共有してから、体感で2時間くらい経っただろうか。甲斐さんに包まれていた感触は既に無くなっている。もう意識は、私の身体に戻れないのかも知れないし、このままアウルと同化して、私という存在は死んでしまうかも。それでもいい。私は、自分の役目を果たすんだ。

 大きな陸地が見えてきた。あれがアメリカか。

 アウルが徐々に速度を落とす。海岸線では、大きな(りゅう)の形をしたレヴィアタンが大暴れしている。喰らいつく機体(マキナ)たちを振り解き、陸地に上がろうとする(たび)、数の(ちから)で海へ押し返されている。
 恐竜のような形の機体(マキナ)が、ぞろぞろと20体ほど戦いに参加しているみたい。数体と聞いていたのに、この短期間でクロエは、仲間をたくさん増やしたんだ。

 アウルに先んじて、飛龍(ワイバーン)が血気盛んにレヴィアタンへ襲いかかった。薄い翼を(やいば)のようにして斬りかかる。敵の外皮が裂けるが、すぐに黒い泡が噴出して再生してしまう。
 やはりアウルたちよりも、ふた回りは大きい。再生能力を考えると、ちょっとずつ削っても無駄だろう。どうやって止めれば……。

沙織(さおり)。今、こいつには話が通じない。まるで、何かに支配されているみたいだ。止めるなら倒すしかない』

 ……アウル、弱点とか、分からないよね。

『どうだろう。中は柔らかいんだろうけど、簡単に外側を()がせるとは思えないな』

 相談していると、レヴィアタンの(あお)く光る目がこちらを向いた。奴の背の翼が、(やいば)のような形に変化する。飛龍(ワイバーン)真似(まね)たか?
 その(やいば)が回転しながら、アウルに迫ってくる。
 アウルは宙に浮いたまま体を()()らせて(かわ)す。

 巨大な(ちょう)が、羽から(あか)鱗粉(りんぷん)のような煙を出してレヴィアタンの視界を(さえぎ)る。
 この子は、話は出来ないけど味方のようだ。

 ……アウル、いったん離れよう!

 海岸に降り立ち、恐竜型の機体(マキナ)たちを見渡す。クロエの姿は見当たらないが、どこかから彼らを使役しているのだろう。

 (あか)い煙が風で流され、レヴィアタンの頭がもう一度、(あらわ)れる。奴は既に口を開いていて、光を放出しようとしていた。
 まずい、おそらく光線か何かが来る。
 アウルの腕を広げて、周りの機体(マキナ)たちに散開するよう(うなが)す。気付いた数体が、その場から急いで離れる。

 レヴィアタンの口からレーザーのような(あお)い光が放たれ、海岸をなぞる。地面が(えぐ)られ、光をまともに受けた数体の機体(マキナ)が、上下に引き裂かれていく。

 アウルは上昇して光から逃れようとする。レーザーが追いかけるように迫って来てアウルの尾を切断した。
 飛ぶ(ちから)を失い地面に堕ちながら、アウルは尾の再生をし始める。

 追撃を覚悟するが、レヴィアタンのレーザーは途切れた。どうやら、長い時間放ち続けることは出来ないようで、疲れたのか奴の動きが(にぶ)る。

『沙織。僕は君が考えた形になれる。あいつの動きを止めて、(みんな)でいっせいに攻撃したら壊せないかな』

 攻撃が出来るように、動きを止める形……。
 私の意識の中で、今までの生活や学校での出来事がぐるぐると駆け巡る。何かヒントにならないか、探す、探す、探す。

「先輩、型付けってどうやってるんですか?」
「こうやってボールを入れて、ゴムバンドで縛るといいよ。色んな方法があるけど、私はこれで十分(じゅうぶん)かなぁ」

 私は、ソフトボール部で守備の上手かった先輩との会話を思い出した。うまくグローブを閉じられなくて、ポロポロとボールがこぼれてしまっていた時に、相談したのだ。私は面倒くさがりで、いつもグローブをそのままバッグに入れていた。バッグの中で畳まれているからいいだろうと思ってたけど、それはダメだったらしい。

 ……アウルは紐になれる?

『ヒモって何? 沙織がイメージしてよ』

 私はアウルが伸びて太い紐になり、レヴィアタンに巻き付く想像をした。
 アウルはその姿を変え始め、奴に向かって伸びていく。

 気付いたレヴィアタンが尾を激しく振る。その動きも(とら)えて、アウルは奴の周りをぐるぐると回りながら体を伸ばしていく。
 レヴィアタンは、一直線になり動きが取れなくなったことで、バランスを崩して横倒しになる。海岸に頭を強く打ちつける。土煙が上がり、風で流されていく。

 見え始めた奴の頭へ向かって、クロエの使役している機体(マキナ)たちからの光弾が激しく飛び交う。さらに土煙が上がり、辺りを包んでいく。

 しばらくの攻撃が続いた(あと)、レヴィアタンは激しく体をくねらせ始める。その強い(ちから)に抵抗できず、アウルの紐状の体は徐々に引き()がされていく。
 そして、起き上がったレヴィアタンは、ボロボロになった頭から泡を噴き出しながら、もう一度口を開けて光を溜め始める。

 またレーザーを放つ気だ。クロエの使役する機体(マキナ)たちはかなり近くにいる。このまま放たれたら、ほとんどが射程圏内になる。

 私はもう一度、強くイメージする。今度は、紐じゃなくて、この形状のまま内側に向かって(やいば)になるよう想像する。そして、思い切り締めつける感覚をアウルに送る。

 アウルはバネのような形状のまま、内側を鋭く尖らせ締めつけて、レヴィアタンの体を切断していく。
 等間隔に切断された体は、それぞれが飛び散り離れていく。

 だが、それぞれから黒い泡が噴き出し、再び(りゅう)の姿を形成しようと繋がり始めた。やはり、頭を完全に破壊しないといけないのか。

 奴の開いた口の光が強く輝き出す。もう止められない。

 その瞬間、視界に飛び込んできた大きな影。
 レヴィアタンの開かれた口を切断し、上顎(うわあご)下顎(したあご)を切り離す。光が霧散していき、奴の頭の内部が露出する。

『今だクロエ! 皆の光の弾でアイツの頭を吹き飛ばせ!』

 意識の中に響いたのは、アイラの声だ。さっきの影はアナンタか。
 海岸の機体(マキナ)たちが光弾を放出する。レヴィアタンの頭の中の柔らかい、(むし)(うごめ)く部分に光がぶつかっていく。

 そして、レヴィアタンの体は泥に変わり、海へと崩れ落ちていった。

 同時に、私の意識は消失した。
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