第19話 Generator

文字数 3,181文字

 サムと一緒に地下から出て、1分ほど歩いた所にある監視塔に(のぼ)る。バードウォッチング用の双眼鏡で、衛星通信の基地局を観察する。空気が澄んでいるせいか、10マイルほど離れているらしいのに、かなりはっきりと見える。

「怪獣はいないな。おれとクロエとベロニカで、あの基地局へ向かおう。稼働させるついでに支部と連絡を取ろうと思うんだ」
「機材は揃ったんでしょ。ここから通信できないの?」
「地下の通信設備は修復したけど、基地局が通電していないみたいだ。非常用の発電装置を起動するんだが、稼働したとして、ここと連携することが出来るかどうか分からない。おれたちは少しでも早く、クロエの存在を支部に伝える必要があるんだ」

 わたしは、首を(かし)げて()く。

「わたしはクーパーと話せるけど、それを伝えてどうするの?」
「クロエのように怪獣たちと話が出来る人間を探すよう、指示するんだ。各国の軍は、戦力を行使して怪獣を殲滅(せんめつ)しようとするだろうが、今、必要なのは対話だ。戦いは()めるべきなんだ」

 サムのその言葉に同意する。クーパーもTレックスも、最初に居た場所から逃れて、ここまでやって来た。わたしたちを殺しに来たんじゃない。安心して暮らせる場所を探してるんだ。

「そうだね。わたしも基地局に行く。(みんな)に伝えなきゃ」

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 地下の駐車場と外を(へだ)てるシャッターが開かれる。わたしとベロニカは、天井の無いジープの後部座席で待機中だ。
 サムは、地下に残る部下たちへ指示を出している。

「ベロニカはわたしのお()りでついて来るのかな」
「私は、機械についてそれほど得意じゃないが、銃の扱いは上手い。何かあったら、ふたりを完璧に守ってみせるさ」
「それは頼もしいね」

 帽子を(かぶ)ったサムが運転席に乗り込み、わたしたちを見遣(みや)り出発を告げる。

「車なら順調にいけば30分くらいだ。荒地の小旅行を楽しんでくれ」

 ジープが地上に出る。がたがたと揺れながら、森を抜けて草がまばらな荒地を進んで行く。空は(あお)く澄みわたっていて、所々に千切れたような白い雲が浮かんでいる。

「クロエ、あそこにバッファローがいるぞ」

 ベロニカが指差す先に、3頭の大きな影が見えた。車の振動でよく分からないが、バッファローなら初めて見る。あまり感動しないのは、最近もっと巨大なものを見慣れてしまったせいかも知れない。
 Tレックスで大騒ぎした(あと)、何回かクーパーに会いに行った。
 大人しく(みずうみ)の中に居るが、時々、とても機嫌が悪かった。そんな時は、長い時間、話をした。前にいた世界のことを話してくれたし、わたしはこの世界のことを教えた。クーパーが大昔に滅んだ恐竜に似ていると伝えたら、マザーはその時の記憶を引き継いでいるのかもねと言っていた。

「ベロニカ、他の国はどうなってるんだろう」
「通信が回復したら分かるさ。でも、おそらく良い状況ではないだろうな」

 サムが、大きな声で答える。

「どんな風でも、そこからもう一度、始めればいいさ! おれたちが希望を伝えるんだ!」

 わたしとベロニカは目を見交わし、微笑んだ。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「近くで見ると、結構大きいね」

 巨大な白い丸皿みたいなアンテナを見上げて、反射する強い光に、わたしは目を(しばたた)かせる。

 サムが腰の高さまである草を()き分けて、千切れたフェンスの隙間から設備に入って行く。ベロニカも、機械を担いで、フェンスの向こうからわたしを手招きする。
 草深い道を通らざるを得ない。服にトゲや虫がどんどん引っ付いてくる。多分、わたしは酷く顔を(しか)めているだろう。

 ようやくふたりに追いつくと、設備の中で何やら配線を繋ぎ直していた。

「アンテナは汚れているが損傷していないようだな。ケーブルが破断していたのと、やっぱり発電装置が動いてなかった。これなら修理が出来そうだ」

 サムが手を動かしている(あいだ)、機械に詳しくないはずのベロニカは指示通りにきびきびと動いていた。わたしは服についたトゲと虫を引き()がして捨てる。もしも、わたしにクーパーと話す(ちから)が無かったら、この役立たずは今頃、どこで、どうしてたのだろう。そんなことを考えてしまった。

「クロエ、おれが発電装置を起動させたら、ノートパソコンのカメラに向かって話してくれ。1分毎に同じ言葉を、何回か続けてくれ」
「どんなことを言えば()いの?」

 ベロニカがわたしの肩を軽く(つか)む。

「希望の言葉だ。あなたが聴きたい言葉を、あなた自身が言うんだ」

 希望の、言葉……。

「分かった。少し考えさせて」

 サムが(うなず)いて、レバーに手を掛ける。
 わたしは思い出していた。家族がゾンビに襲われた時のこと。ヘンリーと別れた時のこと。独りで森を彷徨(さまよ)っていた時のこと。ベロニカに出会った。クーパーに出会った。サムに出会った。そして、今、ここにいる。

 サムに向かって(うなず)くと、彼は発電装置を起動させた。ベロニカがノートパソコンの波形表示を見て、わたしに言う。

「発信は出来ているはずだ。カメラに向かって、話して」

 わたしは、画面の上のカメラを見る。なるべく怖くない顔で、でも、笑顔は作らずに、口を(ひら)いた。

「わたしはクロエ。……クロエ・グティエレス。アメリカでは、西海岸から怪獣(モンスター)が現れている。わたしは彼らと話が出来る。彼らは人間の敵ではない。ただ、安らげる場所を探しているだけだ。攻撃すべきではない。わたしは、強く生き残りたいと願った。その気持ちが、彼らに通じたと思っている。同じように、彼らと気持ちを通わせることが出来る者を探してほしい。繰り返す……」

 何度も、何度も同じ言葉を繰り返す。10回ほど続けて、疲れてきた頃、ノートパソコンから泡が弾けるような通知音が鳴った。
 ベロニカが画面を凝視する。

「衛星からの受信が出来たみたいだ。日本(ジャパン)が反応している」

 もう一つのウインドウが(ひら)かれ、アジア系の女性の顔が映る。少し辿々(たどたど)しい英語で、彼女の声が聴こえてくる。

『私はコウ・アユホ。ここは日本支部。貴方(あなた)は本部のメンバー?』

 サムがわたしに替わって対話を始める。

「おれはサム・ピーターソン。本部司令官。日本(ジャパン)は今、どんな状態なんだ?」

 かなりラグがあるのか、サムの声とコウの反応がずれている。しばらくして、コウの声が再生された。

『オクトパスの(あと)に1体上陸した。次に海底でも交戦した。あと……知っているだろう。一部の人間がゾンビのようになった。それは収束した。モンスターについては、起源が判明した。日本の近海、海底に通り道があった。今、(ふさ)ぐ方法を考えている』

 わたしはサムと目を見合わせる。クーパーたちが元々居た場所も、それと同じ所なのだろうか。コウはさらに続ける。

『クロエ・グティエレス。私は、貴方(あなた)と同じ能力の女の子を知っている。日本にひとり、インドにふたり。今、(みんな)が日本にいる。すぐに呼ぶ。彼女たちと話をしてほしい』

 わたしは驚いて、サムとベロニカを見る。彼らも、同じく驚いたような表情で画面を見つめていた。

 その3人の女の子たちを待つ(あいだ)、酷いラグに困惑しながらも、サムとコウは情報を交換していた。それを横で聴くと、日本(ジャパン)の太平洋側の海底プレートの先には別の世界があり、そこからたくさんの怪獣(モンスター)()き出しているということだった。

「ベロニカ。やっぱり、クーパーもそこから逃げてきたのかな」
「どうだろう。アメリカとインド、日本(ジャパン)では、その別世界からの位置が全然違う。それなのに、ほぼ同時に最初の怪獣(モンスター)が現れている。前にサムが言ったように、何か意図的なものを感じるな。だからクーパーに……」

 ベロニカの言葉を、サムが手振りで制する。

日本(ジャパン)の女の子が映ったぞ」

 わたしは、ノートパソコンの画面に映る女の子を観る。わたしと同じくらいか、もう少し(おさな)い気がする。
 そして、彼女は強気な表情で、少し微笑んで名乗った。

『私の名前は、サオリ。サオリ・ホシミヤ』
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