第10話 vs.SeaSerpent
文字数 4,308文字
海洋調査船からはみ出したクレーンで吊り下げられて、海の上を水平に移動させられていくアウルを見ながら、甲板でアイラの指導を受けている。彼女は、私の眉間 とへその少し下に手の平を当てて言う。
「こことな、ここにな、コントロールのために大事なチャクラがあるんよ。だから、力 をそこに注ぐカンジ」
私が眉間に力を入れようとして皺 を寄せると、アイラが笑う。
「そうじゃねぇ。ホントに、なんて言うんだっけ、力 むんじゃなくて、そこを……」
「意識する、って言いたいのかな」
海洋研究所の楠木 さんが、微笑みながらアイラに伝えた。
「そう、それだ。イシキ。イシキするんだよ。サオリ」
「分かった。後 で試してみるよ。もうすぐアウルが海に入るから」
クレーンのワイヤーが伸びて、アウルが脚から海に入れられていく。アウルの体にベルトと共に取り付けられた大きな装置を見て、私は楠木さんに問う。
「アレはカメラなんですよね。水中の様子が分かるんですか?」
「そう、カメラ。長らく、深い海の底との交信には音響通信が使われてきた。水中では電波はあっという間に減衰するからね。でも、長距離の音響通信では大量の情報を送れず、リアルタイムで高精細なカメラの映像を取得することは難しい。光伝送用のケーブルをアウルに引っ張らすわけにもいかない。そこでさらに、あの多段無線伝送装置も使うんだ」
楠木さんが指差す先には、もう一つの大きなクレーンのワイヤーに吊り下げられた、幾つもの筒状の装置があった。
「少しずつ距離を空けて、リレーするかたちで、アウルの周りの景色の映像情報を取得する。下世話な話だが、全部合わせると、この間 ベヒモスに一瞬でやられた無人探査機よりも高価だ。これが壊れたら、間違いなく私の首は飛ぶ」
そう言って、楠木さんは微笑む。
「おっちゃん、わらってるけど目がこわいぞ」
「こら、アイラ」
頭を抑えてアイラを制した私と、舌を出していたずらな笑みを浮かべる彼女を見て、楠木さんが大きな声で笑った。
「この大きな仕事の前で緊張してるかと思ったが、杞憂 だったようだな。君たちなら、成し遂げてくれそうな気がしてきたよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
船のコントロールルームに集まる。私とアイラ、コウさん、明日人 、甲斐 さんに、楠木さん。海洋研究所のスタッフたちが、既に作業を始めている。ルーム内のたくさんのモニタには、船の周りの風景や、アウルが装備した幾つかのカメラの映像が表示されている。他の小さなモニタでは、細かなデータや波形、ソナーの映像を確認できる。
楠木さんがコウさんと甲斐さんに説明している。
「今のところ、カメラは順調に映像を送っています。おそらく1万1千メートルの水圧にも耐えられると思います。しかし、アウルの潜航速度によっては、耐え切れなくなって壊れる可能性があります」
一方の私は、船が出発した一昨日 からずっとアイラの指導を受けていたものの、未 だにアウルとの連携ができるか、やってみないと分からないという情けない状態だった。
「サオリ。アウルとつながってるか?」
海中におろされたアウルと意識を共有しようと、私は目を瞑 り、闇の向こうの白いフクロウに話しかける。
……アウル。お願い。私に気持ちを教えて。海の中はどんな感じなのかな。
しばらく待つが、何の反応も無い。ここにきて、アウルとの繋がりがなくなったら、計画は失敗に終わるかも知れない。私は重圧からか、背中に変な汗をかいていた。
「サオリ、力をぬきな。ワタシの力をおくるよ」
アイラが私の額 とへその下に手を当てる。不思議な温もりが、そのふたつから入ってきて、身体の奥が熱くなる。
そして、闇の中から白いフクロウが飛んできて、私の肩にとまった。
『僕は何をすればいいのかな。教えてくれる?』
私はフクロウに答える。
「あなたが元いた場所、そこを目指して。私たちに、あなたの故郷 を教えて欲しい」
『……分かった。行ってみよう』
明日人が、私の隣で声を上げる。
「動いた!潜 ってく!」
目を開けて、モニタを観る。カメラの映像が徐々に暗くなっていく。光の届かない場所へと向かっているようだ。
コウさんが小さなモニタの位置情報を読み上げる。
「300メートル。速いわ。よく水圧の変化に耐えられるわね」
「あとは、この速度にカメラが耐えられるか、だな」
甲斐さんが楠木さんを見ながら言う。楠木さんは、軽く頷 いてカメラの映像に目を移す。
小さな蛇のようなものが映る。アウルはおそらく鯨 よりも大きいので、それよりも小さなサメや深海魚の攻撃を受けることはないだろう。機体 に出くわさなければ、このまま私たちに海底の故郷 を見せてくれるはず。
「700メートル。ここまでは順調ね。問題はこの先に、本当に何かがあるのかっていうことだけれど」
コウさんの言葉の後 、カメラは真っ暗になった。楠木さんが首を傾 げて言う。
「もう、光が届かない場所に到達したんじゃないかな。1000メートルを超えていると思いますよ」
「数値にラグがあるっていうこと? それでもいいけど、明かりがないと何も分からないわね」
楠木さんが私の方を向いて、自身の左肩の下あたりを手で指し示す。
「星宮 さん。アウルの手でこの部分のスイッチを押すことはできるかな。できなければ、こちらから通信でライトのスイッチを入れる試みをするよ」
「はい。アウルにお願いしてみます」
私はアイラに手を当てられたまま、もう一度目を瞑 り、肩のフクロウに左肩の少し下を押さえるように伝える。
明日人が私の肩に軽く手を置いた。目を開くと、どうやらアウルがライトのスイッチを押すことに成功したようで、映像が少し明るくなっていた。
だが、その瞬間、モニタに大きな影が映る。
甲斐さんが大きな声を上げる。
「デカいぞ!突進 してくる!」
モニタに映る海中の景色がくるりと回る。アウルは何か大きなものの突進を躱 したみたいだ。
「アイラ、どうしよう。敵だったら、どうやって倒せばいいの」
「ワタシも分からんなぁ。敵がどういうのか、分かるか?」
映像では、黒い影が動いているようにしか見えない。あれは一体なんだろう。全体を観られれば……。
……お願い、アウル。その「何か」の正面で止まって。少しでいいから。
アウルのカメラ映像が少し後退 る。ライトに照らされたものは巨大な蛇 だった。蛇の形だが、背びれと尾びれがある。楠木さんが声を出す。
「あんな海蛇は知らないな。それに大き過ぎる。機体 かも」
くねくねと泳ぎ回りながら、体勢を立て直し、またアウルに向かってくる。何か攻撃の手段はないか。
「おい、アスト。なんでアウルは、まるごしなんだ」
アイラが明日人に聞く。彼は申し訳なさそうに頭を掻 いて、言い訳する。
「槍とか銛 とかなら考えたけど、ちゃんと手で掴 めなさそうだったし、どのくらいの重さのものを持てるのかとかも分からなかったからね。なにせ、ベヒモスに勝てたのは奇跡みたいなもんだから」
私はアウルの姿を考える。腕から生えた手は、人間を握りつぶすくらいの力はあったけど、巨大な魚とか機体 を捕まえてどうにかできるとは思えない。なら、脚……あし?
「そうか、アレは脚じゃない。しっぽなんだ!」
アウルは元々、海の中にいた。だから地上では上手く動けなかったし、自立できなかった。最初に半魚人だって思ったのに、すっかり忘れてた。
甲斐さんがまた大きな声を出す。
「相手は1体じゃない。おそらく3体だ。囲まれてるぞ!」
しっぽが自由に動かせるなら、攻撃にも使えるかも知れない。倒せなくても、怯 ませて逃げてもらえれば十分 だ。
モニタの映像がリアルタイムであることを祈りながら、タイミングを図る。相手が体をくねらせながら、ライトに照らされたまま近付いて来る。
私はイメージする。
ソフトボールの試合で、相手のピッチャーが振りかぶって、ボールを投げてくる。それをバットで打ち返す。
映像の中に、アウルのしっぽの先端が勢い良く入ってくる。それが大きな蛇の頭と思われる部分に当たって、相手は動きを止める。
コウさんが私に指示をする。
「ライトを切って、先に進みましょう。位置情報はちゃんと取得できてるみたいだから、アウルの生まれた場所がどこなのかを知ることを最優先にしましょう。途中の映像は要らないわ」
私は頭の中のフクロウに、ライトのスイッチを切るよう頼む。
……アウル。戦わなくていいから、進んで。あなたがどこから来たのか、私たちに教えて。
アウルからの声は聞こえないけど、スイッチは切ってくれたみたいだ。
楠木さんが小さいモニタの方の情報を確認する。
「この辺りの海底は2000メートルくらいだが、プレートが沈み込んでいる方に向かえば、どんどん深い場所に入り込むことになります。カメラの映像のための多段伝送装置はそこまで伸ばせないので、アウルが戻ってきてから、メモリに記録された映像を観ることになるでしょう」
「2500メートルを超えたわ。海溝に入ったみたいね」
その時、アイラが私の身体から手を離した。
「アイラ、どうしたの?」
「ダーシャと、アナンタがここに来る……なんで?」
彼女が呟 いた瞬間、船外用のモニタに、ふたつの機体 が重なり合い、錐揉 み状態で海に堕ちていく姿が映った。
「アナンタと、たぶん、敵だ! たたかいながらここまでとんで来たんだ!」
アイラが心配そうな表情で大きな声を出した。
私はもう一度集中して、アウルに伝える。
……そっちに他の子たちが向かってるかも。気を付けて。
『沙織。僕はどうすればいい? 君が決めて。君に従うよ』
アウルの声が聴こえた。戸惑 ってるのか。なら、ちゃんと教えてあげないと。
「アイラ、アナンタは強いの?」
「分からない。はじめて大きなスネークとたたかったときは、けっこう大変だったみたいだけど」
……アウル、近付く一体は私たちの仲間。もう一体はおそらく敵。さっきみたいに、しっぽで倒せるなら、敵を倒して欲しい。
『分かった。戦うよ』
「サオリ、ライトを点 けさせて。アナンタといっしょにダーシャがいるようなカンジなんだ」
私はまたライトのスイッチを押すように、頭の中のフクロウに伝える。何回もごめんね、アウル。
モニタの映像が明るくなる。すると、大きな影が現れた。
巨大な翼を持つ蛇のようなシルエットだ。これが敵の機体 か。
「やっぱり、ダーシャがあそこにいる」
アイラの視線の先のモニタを観ると、アナンタがライトに照らされて映っていた。その体には半透明の膜があり、その中にアイラによく似た少女が入っていた。彼女はアウルを見つめると、笑みを浮かべた。
「こことな、ここにな、コントロールのために大事なチャクラがあるんよ。だから、
私が眉間に力を入れようとして
「そうじゃねぇ。ホントに、なんて言うんだっけ、
「意識する、って言いたいのかな」
海洋研究所の
「そう、それだ。イシキ。イシキするんだよ。サオリ」
「分かった。
クレーンのワイヤーが伸びて、アウルが脚から海に入れられていく。アウルの体にベルトと共に取り付けられた大きな装置を見て、私は楠木さんに問う。
「アレはカメラなんですよね。水中の様子が分かるんですか?」
「そう、カメラ。長らく、深い海の底との交信には音響通信が使われてきた。水中では電波はあっという間に減衰するからね。でも、長距離の音響通信では大量の情報を送れず、リアルタイムで高精細なカメラの映像を取得することは難しい。光伝送用のケーブルをアウルに引っ張らすわけにもいかない。そこでさらに、あの多段無線伝送装置も使うんだ」
楠木さんが指差す先には、もう一つの大きなクレーンのワイヤーに吊り下げられた、幾つもの筒状の装置があった。
「少しずつ距離を空けて、リレーするかたちで、アウルの周りの景色の映像情報を取得する。下世話な話だが、全部合わせると、この
そう言って、楠木さんは微笑む。
「おっちゃん、わらってるけど目がこわいぞ」
「こら、アイラ」
頭を抑えてアイラを制した私と、舌を出していたずらな笑みを浮かべる彼女を見て、楠木さんが大きな声で笑った。
「この大きな仕事の前で緊張してるかと思ったが、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
船のコントロールルームに集まる。私とアイラ、コウさん、
楠木さんがコウさんと甲斐さんに説明している。
「今のところ、カメラは順調に映像を送っています。おそらく1万1千メートルの水圧にも耐えられると思います。しかし、アウルの潜航速度によっては、耐え切れなくなって壊れる可能性があります」
一方の私は、船が出発した
「サオリ。アウルとつながってるか?」
海中におろされたアウルと意識を共有しようと、私は目を
……アウル。お願い。私に気持ちを教えて。海の中はどんな感じなのかな。
しばらく待つが、何の反応も無い。ここにきて、アウルとの繋がりがなくなったら、計画は失敗に終わるかも知れない。私は重圧からか、背中に変な汗をかいていた。
「サオリ、力をぬきな。ワタシの力をおくるよ」
アイラが私の
そして、闇の中から白いフクロウが飛んできて、私の肩にとまった。
『僕は何をすればいいのかな。教えてくれる?』
私はフクロウに答える。
「あなたが元いた場所、そこを目指して。私たちに、あなたの
『……分かった。行ってみよう』
明日人が、私の隣で声を上げる。
「動いた!
目を開けて、モニタを観る。カメラの映像が徐々に暗くなっていく。光の届かない場所へと向かっているようだ。
コウさんが小さなモニタの位置情報を読み上げる。
「300メートル。速いわ。よく水圧の変化に耐えられるわね」
「あとは、この速度にカメラが耐えられるか、だな」
甲斐さんが楠木さんを見ながら言う。楠木さんは、軽く
小さな蛇のようなものが映る。アウルはおそらく
「700メートル。ここまでは順調ね。問題はこの先に、本当に何かがあるのかっていうことだけれど」
コウさんの言葉の
「もう、光が届かない場所に到達したんじゃないかな。1000メートルを超えていると思いますよ」
「数値にラグがあるっていうこと? それでもいいけど、明かりがないと何も分からないわね」
楠木さんが私の方を向いて、自身の左肩の下あたりを手で指し示す。
「
「はい。アウルにお願いしてみます」
私はアイラに手を当てられたまま、もう一度目を
明日人が私の肩に軽く手を置いた。目を開くと、どうやらアウルがライトのスイッチを押すことに成功したようで、映像が少し明るくなっていた。
だが、その瞬間、モニタに大きな影が映る。
甲斐さんが大きな声を上げる。
「デカいぞ!
モニタに映る海中の景色がくるりと回る。アウルは何か大きなものの突進を
「アイラ、どうしよう。敵だったら、どうやって倒せばいいの」
「ワタシも分からんなぁ。敵がどういうのか、分かるか?」
映像では、黒い影が動いているようにしか見えない。あれは一体なんだろう。全体を観られれば……。
……お願い、アウル。その「何か」の正面で止まって。少しでいいから。
アウルのカメラ映像が少し
「あんな海蛇は知らないな。それに大き過ぎる。
くねくねと泳ぎ回りながら、体勢を立て直し、またアウルに向かってくる。何か攻撃の手段はないか。
「おい、アスト。なんでアウルは、まるごしなんだ」
アイラが明日人に聞く。彼は申し訳なさそうに頭を
「槍とか
私はアウルの姿を考える。腕から生えた手は、人間を握りつぶすくらいの力はあったけど、巨大な魚とか
「そうか、アレは脚じゃない。しっぽなんだ!」
アウルは元々、海の中にいた。だから地上では上手く動けなかったし、自立できなかった。最初に半魚人だって思ったのに、すっかり忘れてた。
甲斐さんがまた大きな声を出す。
「相手は1体じゃない。おそらく3体だ。囲まれてるぞ!」
しっぽが自由に動かせるなら、攻撃にも使えるかも知れない。倒せなくても、
モニタの映像がリアルタイムであることを祈りながら、タイミングを図る。相手が体をくねらせながら、ライトに照らされたまま近付いて来る。
私はイメージする。
ソフトボールの試合で、相手のピッチャーが振りかぶって、ボールを投げてくる。それをバットで打ち返す。
映像の中に、アウルのしっぽの先端が勢い良く入ってくる。それが大きな蛇の頭と思われる部分に当たって、相手は動きを止める。
コウさんが私に指示をする。
「ライトを切って、先に進みましょう。位置情報はちゃんと取得できてるみたいだから、アウルの生まれた場所がどこなのかを知ることを最優先にしましょう。途中の映像は要らないわ」
私は頭の中のフクロウに、ライトのスイッチを切るよう頼む。
……アウル。戦わなくていいから、進んで。あなたがどこから来たのか、私たちに教えて。
アウルからの声は聞こえないけど、スイッチは切ってくれたみたいだ。
楠木さんが小さいモニタの方の情報を確認する。
「この辺りの海底は2000メートルくらいだが、プレートが沈み込んでいる方に向かえば、どんどん深い場所に入り込むことになります。カメラの映像のための多段伝送装置はそこまで伸ばせないので、アウルが戻ってきてから、メモリに記録された映像を観ることになるでしょう」
「2500メートルを超えたわ。海溝に入ったみたいね」
その時、アイラが私の身体から手を離した。
「アイラ、どうしたの?」
「ダーシャと、アナンタがここに来る……なんで?」
彼女が
「アナンタと、たぶん、敵だ! たたかいながらここまでとんで来たんだ!」
アイラが心配そうな表情で大きな声を出した。
私はもう一度集中して、アウルに伝える。
……そっちに他の子たちが向かってるかも。気を付けて。
『沙織。僕はどうすればいい? 君が決めて。君に従うよ』
アウルの声が聴こえた。
「アイラ、アナンタは強いの?」
「分からない。はじめて大きなスネークとたたかったときは、けっこう大変だったみたいだけど」
……アウル、近付く一体は私たちの仲間。もう一体はおそらく敵。さっきみたいに、しっぽで倒せるなら、敵を倒して欲しい。
『分かった。戦うよ』
「サオリ、ライトを
私はまたライトのスイッチを押すように、頭の中のフクロウに伝える。何回もごめんね、アウル。
モニタの映像が明るくなる。すると、大きな影が現れた。
巨大な翼を持つ蛇のようなシルエットだ。これが敵の
「やっぱり、ダーシャがあそこにいる」
アイラの視線の先のモニタを観ると、アナンタがライトに照らされて映っていた。その体には半透明の膜があり、その中にアイラによく似た少女が入っていた。彼女はアウルを見つめると、笑みを浮かべた。