第12話 Wisteria
文字数 1,763文字
「お父さん、いつもうるさいでしょ。ゴメンね星宮 さん」
病院の中庭にある藤棚 の下で、車椅子に乗った香織 さんが困ったような笑顔を見せる。
香織さんは、発見時にかなり衰弱していて、もう少し救出が遅かったら手遅れになっていたらしい。まだ歩くことはできないけれど、あの2週間前と比べれば随分と元気になって、こうして中庭にも出られるようになった。五十嵐さんが見舞いに行くと言うので、私とアイラとダーシャはついて来たのだ。
「五十嵐さん、口は悪いけど、私には優しい……かな。多分」
昨日から天気がよろしくない。さっきまでの雨は上がったけれど、空は相変わらず分厚い雲に覆われている。
藤の花を珍しそうに見つめるアイラとダーシャを眺めながら、そういえば今朝も、SOFで五十嵐 さんが明日人 に怒鳴ってたな、と思い出していた。
本来、アメリカ本部の指揮下に置かれるべき特殊行動部隊(SOF)だが、今はそのアメリカ本部と連絡が取れないまま、海洋研究所と自衛隊の協力のもとで、この緊急事態の解決を目指している。
アウルが装着したカメラで撮影しメモリに収められた海底の、さらにその先の世界の映像は、世界に向けて発信された。コウさんはさらに、知り得たほとんど全ての情報を公開したが、私たちとアウルやアナンタの関係は内緒にしているようだ。
海底の亀裂については、海底で発見した海洋観測艦をずらして塞ぐという案が出ているらしい。あとは、大きな爆弾を使って、わざとプレートを動かすのも考えられていると聞いたけれど、それって地震が起きるんじゃないかと素人ながらに心配していたりする。
そして世界中から、被害の報告が届いている。バヌアツやチリ、南アフリカでも、機体 が確認された。それぞれの国の軍や、近くの国の軍が協力してなんとか退 けているらしい。
屍人の粉の被害は、日本とインド、アメリカ以外から公式には報告されていないものの、各国のSNSや動画サイトでは、奇病にかかったり、徘徊し続ける人たちの映像が出回り始めている。
ダーシャがアナンタに乗って、ヴリトラと共に空中を物凄い速さで移動するところも何人かの個人に撮影されていたようで、瞬く間に世界中へ動画が拡散された。
未 だに甲斐 さんは、アウルのことを「開発中のロボット」と言い張っているが、おそらく早々に嘘がバレるだろう。アウルは今、海岸に突貫工事で作られた超特大プールの中でアナンタと一緒にのんびり過ごしている。
今も世界中の海底で、あの亀裂から飛び出した機体 たちが移動し続けている。今日だって、どこかの海岸に奴らが現れるかも知れないのだ。
そんなことを考えながら呆 けていると、皆 のジュースを買いに行ってた五十嵐さんが、可愛 いひざ掛けを持って戻って来た。
「香織、足が冷えるだろうから、これを掛けておけ」
「あら、こんなの持ってたかしら」
「売店にあったんだ。……似合うかなと思って」
香織さんがくすくす笑う。
「なんだよ、可笑 しいか」
「ううん。ありがとう、お父さん」
私はふたりのやり取りを楽しく眺める。アイラはダーシャを肩車して、藤の花を見せている。こんな穏やかな日は久しぶりな気がする。
ふと、今日もアウルに会いに行こうかなと思っていると、スマホから着信音が再生された。明日人 からの電話だ。
「はい、もしもし」
『沙織 、アメリカ本部の通信が回復した。ずっと地下に潜ってたらしい。それで、君たちにも朗報がある』
私はスマホの通話をスピーカーにして、アイラたちを手招きする。
『味方の機体 が現れたんだ。アメリカにも君たちのような、機体 と心を通わせられる子がいたんだよ!』
アイラとダーシャと目を合わせる。ふたりは安心したように微笑んだ。
『甲斐さんが病院の近くを通るから、君たちを迎えに行ってくれてるはず。その女の子と話してみて欲しいから、戻って来てくれ』
駐車場の方から、短いクラクションが響いてきた。甲斐さんが大きく手を振っている。
「甲斐さん、迎えに来てくれたよ。すぐに行くね」
『ああ、これからきっと忙しくなるよ、頑張ろう』
「うん。じゃあ」
通話を切り、スマホをポケットに入れる。顔を上げると、アイラとダーシャが私の手を取る。
雲の切れ間から陽の光が射す。
私たちは頷 き、未来に向かって走り出した。
〈第1部:星宮 沙織 編 終〉
病院の中庭にある
香織さんは、発見時にかなり衰弱していて、もう少し救出が遅かったら手遅れになっていたらしい。まだ歩くことはできないけれど、あの2週間前と比べれば随分と元気になって、こうして中庭にも出られるようになった。五十嵐さんが見舞いに行くと言うので、私とアイラとダーシャはついて来たのだ。
「五十嵐さん、口は悪いけど、私には優しい……かな。多分」
昨日から天気がよろしくない。さっきまでの雨は上がったけれど、空は相変わらず分厚い雲に覆われている。
藤の花を珍しそうに見つめるアイラとダーシャを眺めながら、そういえば今朝も、SOFで
本来、アメリカ本部の指揮下に置かれるべき特殊行動部隊(SOF)だが、今はそのアメリカ本部と連絡が取れないまま、海洋研究所と自衛隊の協力のもとで、この緊急事態の解決を目指している。
アウルが装着したカメラで撮影しメモリに収められた海底の、さらにその先の世界の映像は、世界に向けて発信された。コウさんはさらに、知り得たほとんど全ての情報を公開したが、私たちとアウルやアナンタの関係は内緒にしているようだ。
海底の亀裂については、海底で発見した海洋観測艦をずらして塞ぐという案が出ているらしい。あとは、大きな爆弾を使って、わざとプレートを動かすのも考えられていると聞いたけれど、それって地震が起きるんじゃないかと素人ながらに心配していたりする。
そして世界中から、被害の報告が届いている。バヌアツやチリ、南アフリカでも、
屍人の粉の被害は、日本とインド、アメリカ以外から公式には報告されていないものの、各国のSNSや動画サイトでは、奇病にかかったり、徘徊し続ける人たちの映像が出回り始めている。
ダーシャがアナンタに乗って、ヴリトラと共に空中を物凄い速さで移動するところも何人かの個人に撮影されていたようで、瞬く間に世界中へ動画が拡散された。
今も世界中の海底で、あの亀裂から飛び出した
そんなことを考えながら
「香織、足が冷えるだろうから、これを掛けておけ」
「あら、こんなの持ってたかしら」
「売店にあったんだ。……似合うかなと思って」
香織さんがくすくす笑う。
「なんだよ、
「ううん。ありがとう、お父さん」
私はふたりのやり取りを楽しく眺める。アイラはダーシャを肩車して、藤の花を見せている。こんな穏やかな日は久しぶりな気がする。
ふと、今日もアウルに会いに行こうかなと思っていると、スマホから着信音が再生された。
「はい、もしもし」
『
私はスマホの通話をスピーカーにして、アイラたちを手招きする。
『味方の
アイラとダーシャと目を合わせる。ふたりは安心したように微笑んだ。
『甲斐さんが病院の近くを通るから、君たちを迎えに行ってくれてるはず。その女の子と話してみて欲しいから、戻って来てくれ』
駐車場の方から、短いクラクションが響いてきた。甲斐さんが大きく手を振っている。
「甲斐さん、迎えに来てくれたよ。すぐに行くね」
『ああ、これからきっと忙しくなるよ、頑張ろう』
「うん。じゃあ」
通話を切り、スマホをポケットに入れる。顔を上げると、アイラとダーシャが私の手を取る。
雲の切れ間から陽の光が射す。
私たちは
〈第1部: