Epilogue
文字数 2,040文字
あの胸糞悪い連続殺人事件から1週間経った。僕は芦屋へと戻り、今回の事件を小説としてまとめ上げていた。若干不謹慎だと思いつつも、僕はダイナブックで原稿を書いていた。まあ――講談社へ送ったところで西本沙織からダメ出しを食らうのは分かっていたのだけれど。
それにしても、筆というか――キーボードが進まない。矢っ張り、最悪のカタチで護るべき人間を喪ってしまったから当然だろうか。
あまりにも原稿が捗 らないので、僕は近くの書店へと向かった。――冷やかしがてら、店長の顔を見ようと思っただけだ。
店長は、にこやかな顔で僕を見つけたようだ。相変わらず、緑色のエプロンを身に着けている。
「絢奈ちゃん、久しぶり! 最近見なかったけど、どこ行ってたんすか?」
「ああ、少し東京の方に行っていた」
「東京っすか!? ディズニーランドっすか!?」
「残念だが、ディズニーランドは東京じゃなくて千葉だ。千葉で育った僕をナメないでほしい」
「さーせん。それはともかく、何のために東京へ行ってたんすか?」
「ああ、僕の友人である小鳥遊美鶴からの依頼で、ある事件を解決してほしいと頼まれたんだ」
「小鳥遊美鶴って、あの小鳥遊美鶴っすよね? 『別班物語』の公安の兄ちゃん」
「そうだ。本名は高橋充と言って、僕の同級生というか――悪友だったんだ」
「へぇ。そんなこともあるんすね」
「それで、彼から『世田谷で起ころうとしている死神の殺人を止めてほしい』と依頼されたんだ。――結局、止めることは出来なかったんだけど」
「出来なかったってことは――犯人捕まえられなかったんすか?」
「犯人は捕まえた。ただ――その事件の犯人は、正直言って極悪人だった。事件の犯人は医師だったんだけど、本来の目的とは逸脱した人体実験を行っていたんだ。――要は、『人殺しのための実験』だ」
「なるほど。それは捕まえないといけないっすね」
「結局、あの事件は子供が全員犠牲になってしまった。2人はタリウムを含んだ劇薬で殺されて、1人はギターの弦で首を絞められた挙げ句斬首。そして――残りの1人は自死だった。結局、僕は探偵失格なんだ」
「そんなことないっすよ? 絢奈ちゃんは、日々探偵として活躍してると思うっす」
「そう思うのは――一部の人間だけだ。僕が来たから、事件は最悪の幕切れとなってしまった。これに関しては、完全に僕の責任だ」
僕は――俯 きながら泣いていた。
俯く僕を励ましてくれるのは、店長しかいない。
「絢奈ちゃん、そんなに落ち込まなくてもいいっすよ? 今回の事件を糧 として、次に向かって走っていけば良いんじゃないんすか?」
「そうは言うけど――しばらく立ち直れないかもしれない。とりあえず、このブルーバックスを買わせてくれ」
「良いっすよ。毎度あり!」
こうして、僕は――『元素118の新知識 第2版』を購入した。なんとなく、今回の事件で元素について知りたくなったからかもしれない。そして――「タリウム」の紹介に付箋を貼った。ついでに「ポロニウム」にも貼るべきだろうかと思ったけど、今はその必要はないと思ったので貼らなかった。でも、ロシアのスパイが殺害された事件で飲まされたのはポロニウムだったな。――近い将来、そういう毒殺事件は増えるのだろうか? できれば増えてほしくないと、僕は思う。
どういう訳か、あの事件の後――僕は竹野内刑事や水川監察医と連絡を取り合うようになった。「東京でどんな事件が起きているか」ということを知っておく上で、彼らの情報は有益なモノとなり得ると思ったからだ。
ある時、小説の原稿を書いていると――スマホが鳴った。メッセージの主は、水川監察医だった。
――卯月さん、あれから元気かしら?
――なんだかんだで大宮春香の四十九日 が終わったところよ。
――彼女、矢っ張り自死で間違いなかったみたいね。索条痕 を調べたけど、犯罪性のないただの首吊り死体だったわよ。
――もしかして、春香さんを死なせてしまったことを後悔してる?
――まあ、私から言うのも野暮だけど、またいつでも連絡待ってるから。
――それじゃ。
僕は――大宮春香を殺してしまったようなモノだ。それは後悔している。でも、後悔したところで先には進まない。それは確かだ。
これから先、僕はどうすべきなのだろうか? そう思いながら、書いていた原稿に「了」の一文字を打った。――これ以上書いても、多分いい作品は仕上がらないだろう。そうやって考えると、僕は小説家失格なんだろうか。なんだか自信がなくなってきた。でも、死ぬにはまだ早い。僕は――僕のやるべきことをやらないと。
衝動的に、着ていたセーターを捲 くって――自分の腕に付いた傷痕を見た。そして、無意識のうちにカッターナイフを手に取った。しかし、リストカットをしようにも、あの首吊り死体を見た後だと――する気が失 せる。それだけ、あの事件が僕の心に深い傷を負わせてしまったのは確かなのだろう。
――鏡の前で、僕は泣きながら自分を嘲笑 った。(了)
それにしても、筆というか――キーボードが進まない。矢っ張り、最悪のカタチで護るべき人間を喪ってしまったから当然だろうか。
あまりにも原稿が
店長は、にこやかな顔で僕を見つけたようだ。相変わらず、緑色のエプロンを身に着けている。
「絢奈ちゃん、久しぶり! 最近見なかったけど、どこ行ってたんすか?」
「ああ、少し東京の方に行っていた」
「東京っすか!? ディズニーランドっすか!?」
「残念だが、ディズニーランドは東京じゃなくて千葉だ。千葉で育った僕をナメないでほしい」
「さーせん。それはともかく、何のために東京へ行ってたんすか?」
「ああ、僕の友人である小鳥遊美鶴からの依頼で、ある事件を解決してほしいと頼まれたんだ」
「小鳥遊美鶴って、あの小鳥遊美鶴っすよね? 『別班物語』の公安の兄ちゃん」
「そうだ。本名は高橋充と言って、僕の同級生というか――悪友だったんだ」
「へぇ。そんなこともあるんすね」
「それで、彼から『世田谷で起ころうとしている死神の殺人を止めてほしい』と依頼されたんだ。――結局、止めることは出来なかったんだけど」
「出来なかったってことは――犯人捕まえられなかったんすか?」
「犯人は捕まえた。ただ――その事件の犯人は、正直言って極悪人だった。事件の犯人は医師だったんだけど、本来の目的とは逸脱した人体実験を行っていたんだ。――要は、『人殺しのための実験』だ」
「なるほど。それは捕まえないといけないっすね」
「結局、あの事件は子供が全員犠牲になってしまった。2人はタリウムを含んだ劇薬で殺されて、1人はギターの弦で首を絞められた挙げ句斬首。そして――残りの1人は自死だった。結局、僕は探偵失格なんだ」
「そんなことないっすよ? 絢奈ちゃんは、日々探偵として活躍してると思うっす」
「そう思うのは――一部の人間だけだ。僕が来たから、事件は最悪の幕切れとなってしまった。これに関しては、完全に僕の責任だ」
僕は――
俯く僕を励ましてくれるのは、店長しかいない。
「絢奈ちゃん、そんなに落ち込まなくてもいいっすよ? 今回の事件を
「そうは言うけど――しばらく立ち直れないかもしれない。とりあえず、このブルーバックスを買わせてくれ」
「良いっすよ。毎度あり!」
こうして、僕は――『元素118の新知識 第2版』を購入した。なんとなく、今回の事件で元素について知りたくなったからかもしれない。そして――「タリウム」の紹介に付箋を貼った。ついでに「ポロニウム」にも貼るべきだろうかと思ったけど、今はその必要はないと思ったので貼らなかった。でも、ロシアのスパイが殺害された事件で飲まされたのはポロニウムだったな。――近い将来、そういう毒殺事件は増えるのだろうか? できれば増えてほしくないと、僕は思う。
どういう訳か、あの事件の後――僕は竹野内刑事や水川監察医と連絡を取り合うようになった。「東京でどんな事件が起きているか」ということを知っておく上で、彼らの情報は有益なモノとなり得ると思ったからだ。
ある時、小説の原稿を書いていると――スマホが鳴った。メッセージの主は、水川監察医だった。
――卯月さん、あれから元気かしら?
――なんだかんだで大宮春香の
――彼女、矢っ張り自死で間違いなかったみたいね。
――もしかして、春香さんを死なせてしまったことを後悔してる?
――まあ、私から言うのも野暮だけど、またいつでも連絡待ってるから。
――それじゃ。
僕は――大宮春香を殺してしまったようなモノだ。それは後悔している。でも、後悔したところで先には進まない。それは確かだ。
これから先、僕はどうすべきなのだろうか? そう思いながら、書いていた原稿に「了」の一文字を打った。――これ以上書いても、多分いい作品は仕上がらないだろう。そうやって考えると、僕は小説家失格なんだろうか。なんだか自信がなくなってきた。でも、死ぬにはまだ早い。僕は――僕のやるべきことをやらないと。
衝動的に、着ていたセーターを
――鏡の前で、僕は泣きながら自分を