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文字数 7,198文字
目の前に、浮世離れしたような館が見える。これが――大宮家なのだろうか。僕は、門のチャイムを押した。そして、マイクに向かって話しかけた。
「――私は卯月絢奈という者です。ここが大宮家で間違いないでしょうか?」
チャイム越しに、声が聞こえた。――この屋敷の主だろうか。
「もしかして、君が例の探偵さんですか。私は大宮家当主の大宮神丞 です。小鳥遊君から話は聞いていますよ。どうぞ、中に入って下さい」
そう言われたら――中に入るしかないか。僕は、巨大な庭園を横目にしながら館の中へと入った。
玄関には、巨大な虎の剥製 が飾ってあった。それだけでも、大宮神丞が只者 じゃないことは分かっていた。
ステッキを持った老人が、こちらへと向かってくる。――老人と言うには、あまりにも若々しかったのだけれど。
「あなたが、神丞さんですか」
「そうです。私が大宮神丞です。――この屋敷へようこそ。しかし、こんな小娘に私の家が守れるのでしょうか?」
どうやら、大宮神丞は僕の事を小娘だと思っているらしい。一応、これでも31歳のババアなのだけれど。
「小娘って、私のことでしょうか? 私はそこまで若くないです。でも――神丞さんがそう言ってくれるとなんだか嬉しいですね。それはともかく、『死神』があなたの家を根絶やしにするということは本当でしょうか?」
「そうですね。――私の命を狙う輩は、この手で始末したいぐらいですけどね」
「結構、強気なんですね」
「私はこう見えて柔道の有段者です。死神なんか、一本背負いで倒してみせますよ」
若さの秘訣は――柔道だったのか。見た目は60歳ぐらいにしか見えないが、恐らく実年齢は75歳ぐらいだろう。
大宮神丞と会話をしているうちに、彼の夫人と思しき女性が僕に声をかけてきた。
「あら、可愛い子ねぇ。あなたが探偵さんかしら?」
「なんか、そういう風になっているみたいです。もっとも――私は探偵なんかじゃないんですけど」
「じゃあ、何をやっているの?」
「質問の答えに困りますね。――一応、これでもプログラマーとして働いています」
「ということは、パソコンが使えるのかしら?」
「まあ、それなりに……」
「私にも教えてほしいわねぇ」
「それよりも、まずは死神の魔の手からこの家を守らないと」
「そうですよねぇ。まあ、こんな所で立ち話をするのもなんですし、応接間へと入って」
「分かりました」
僕は、神丞さんの夫人の案内で応接間へと通された。
応接間の中で、改めて大宮夫妻と会話をすることにした。僕はコミュ障だからこういうモノが苦手だけど――仕方がない。
「それで、死神からの脅迫状が来たのはいつ頃でしょうか?」
「つい先週ですね。――最初は何かの冗談だと思ったんですけど、脅迫状を受け取ってすぐに愛犬のコロちゃんが変わり果てた姿になってしまって……」
「死因は分かるのか?」
「滅多刺しで殺されていました。多分、凶器はナイフでしょう」
愛犬を殺すなんて――赦されるはずがない。犬だって、家族の一員だろう。僕はそう思った。
それから、僕は大宮家の家系図を見せてもらった。もしかしたら、コロちゃんを殺害したのは部外者ではなく内部の人間なんじゃないかと思ったからだ。ちなみに、夫人の名前は「大宮アサ子」らしい。
・大宮家当主 大宮神丞(75)
・神丞の妻 大宮アサ子(73)
・神丞の息子大宮啓治 (52)
・啓治の妻大宮清恵 (49)
・啓治の長男大宮智晴 (21)
・啓治の長女大宮深雪 (19)
・啓治の次女大宮佳苗 (15)
・啓治の三女大宮春香 (13)
・神丞の愛犬 大宮コロ(死亡)
――こうやって見ると、子沢山だな。もちろん、死神の正体は大宮家の中にいるかもしれないし、部外者かもしれない。今の段階だと、どうとも言えないのが実情である。最悪の場合、高橋充が死神という可能性も考えられる。――あまり考えたくないけど。
それにしても、この館は大きい。ミステリ小説の格好の舞台なのではないか。僕は館の中を見渡しながらそう思った。
そして、どうしてこんな館を建てたのかを大宮神丞に聞いた。
「どうしてここまで巨大な館を建てたのでしょうか?」
彼は、僕の質問に答えた。
「まあ、大体の予想はついていると思いますけど――私は慈善家 なんですよ。ほら、ご存知ないですか? 大宮財団」
大宮財団。――僕はその言葉に対して聞き覚えがあった。確か、難病の研究をしている財団だったか。特に研究に力を入れているのはパーキンソン病の研究だった。――彼の研究施設は、神戸にもあったはずだ。
「大宮財団って、パーキンソン病の研究に力を入れている財団ですよね?」
「その通りです。私の友人で、パーキンソン病を患ってしまった人物がいましてね。それで、私は私財を投じてパーキンソン病の研究をするようになったのです。最初は失敗続きでしたが――気付けば私の活動に対して賛同する人が全国各地に増えたんです。――この館は、とある資産家から譲り受けたものなんです。その資産家は、私の活動に対して支援してくれましたからね」
「資産家? 一体誰なんでしょうか?」
「是枝佐清 です。彼は大学での同期ですからね」
是枝佐清って、戦前に存在した幻の財閥である「是枝財閥 」の末裔 なのだろうか。佐清という名前が――僕の心臓の鼓動をなんとなく高鳴らせる。多分、関係ないと思うけど。
そもそもの話、是枝財閥は――大正時代から明治時代にかけて隆起した財閥である。第二次世界大戦中に他の財閥が戦闘機や戦車で儲けていたのに対して、是枝財閥は――ある兵器で儲けようとしていた。
しかし、戦後の財閥解体に伴って是枝財閥も解体を余儀なくされ、その兵器の行方は闇に消えてしまった。それでも、是枝財閥が遺したモノは少なくない。確か――「是枝電機」が開発しているロボットは、パーキンソン病患者の介護を支援するモノだったような気がする。僕はそのニュースを見てなんとなくアメコミの『アイアンマン』を思い出していた。
是枝電機は、介護事業で圧倒的なシェアを誇る精密機器メーカーである。もちろん、僕もそこのシステムのプログラミングを請け負っていたことがある。本社があるのは――川崎か。東京ではなかったと思う。派遣の割に報酬が良かった覚えがあるが、矢張り財閥系だからだったのか。
もちろん、是枝財閥がそのまま是枝グループになったのなら――医療事業や化学事業もあるはずだ。もしかしたら、そこで是枝佐清は大宮神丞に対して支援していたのだろうか? もっとも、是枝佐清がどんな研究をしていたのかは謎なのだけれど。
僕は、大宮神丞に対して単刀直入に是枝佐清の「研究」を聞くことにした。しかし――当然だけど、どういう研究かは教えてくれなかった。多分、大宮神丞にも守秘義務があるのだろう。
色々と話をしているうちに、若い男性の声が聞こえた。――誰だろうか?
「――神丞様、只今戻りました」
灰色のスーツを着た男性が、僕の方へと向かってくる。そして、僕の顔を見て言葉を発した。
「君は、探偵さん?」
男性の問いに、僕は答えた。
「多分、あなたが言うのなら――私は探偵だと思います」
「そうですか。私は大宮啓治と言います。まあ、見ての通り大宮神丞の息子ですよ。もっとも、私たちは――神丞様とお呼びしていますが」
「神丞様――ですか」
「そうです。この家の当主ですからね」
それにしても、大宮啓治は大宮神丞を若返らせたような顔をしている。実の親子だから当然だろうか。多分、「きょうだい」と言っても通じると思う。
大宮啓治は話を続けた。
「それで――死神は、この家に来るのでしょうか?」
彼の問いに関する僕の答えは分かっていた。
「この家に、死神を入らせる訳にはいきません。私が来たからには――大丈夫でしょう」
「そうか。――よろしく頼んだぞ」
「分かっています。――私だって、好きでこんなことをやっている訳じゃないんですけど」
それから、大宮啓治は踵を返して去っていった。多分、自分の部屋に行きたかったのだろう。
今のところ、家系図の中で接触したのが大宮神丞と大宮アサ子、そして大宮啓治の3人である。残りの4人はどこにいるのだろうか? なんとなく部屋を見て回っているうちに――ある部屋の扉が少し開いている事に気付いた。――まさか、殺人?
僕はその扉を思いっ切り開けた。中には、性格の悪そうな女性が化粧をしていた。
「ちょっと、突然入ってくるってどういう神経してんのよ? ――あっ、ゴメン。アンタが噂の探偵さん? アタシの名前は大宮深雪。『深い雪』と書いて『ミユキ』。東京大学医学部の1年生よ」
「東京大学医学部ってことは――頭が良いのか」
「そんなに良くないわよ。アタシ、こう見えて好きで東大に行ってる訳じゃないから」
「好きで東大に行っていない? どういうことだ?」
「東大は親の圧力で行かされたようなもんよ。――ほら、アタシの両親は『大宮財団記念病院』の看護師と医師だからさ」
「なるほど。――親が偉大だと、色々背負わされるんだな」
「そうね。アンタ、名前は何て言うのよ?」
「ああ、僕は卯月絢奈だ。よろしく」
「アハハ、女なのに『僕』? 面白いじゃん」
「まあ――人様と喋る時はなるべく『私』を使うようにしているけど、なんだか『僕』の方が落ち着くんだ」
「なるほどねぇ。――もしかして、アンタって色々と悩んでるんでしょ? 仕事のこととか、恋愛のこととか」
「恋愛はともかく――正直言って、仕事のことは悩んでいる。僕は探偵じゃなくて小説家が本業だけど、最近ネタが浮かばないんだ。そこで――筋金入りのZ世代である深雪さんの力を借りたいなって思って」
「失礼ね、アタシはZ世代なんかじゃないわよ、この世間知らず」
「――そうか。僕は世間知らずか」
後で分かった話だが、Z世代はむしろ佳苗さんとか春香さんとかの世代だったようだ。僕が想定している世代よりも――随分と若い計算になる。でも、なんだか深雪さんとは気が合いそうだと思った。今度、歌舞伎町でも案内してもらおうか。
それから、僕は深雪さんとしばらく話をしていた。歳は離れていても、気の強さが――西本沙織と似ていたのだ。僕は気が弱いから、こういう気の強い女性に憧れを抱くのだろう。
「――へぇ、講談社で小説出してんだ」
「そうだ。まだ1冊しか出していないけど。タイトルは『(不)連続殺人事件』だ」
「あーっ! それ、この間ユースタグラムで紹介されてた! それもインフルエンサーが紹介してたから、思わずゾンアマで買ったわよ」
「インフルエンサー? 誰だ?」
「知らないの? 書評系インフルエンサーの京極ナオキ」
京極ナオキって――あの京極ナオキか。少し前に西本沙織から「超辛口の書評系インフルエンサーがいる」という話を聞いたが、彼だったのか。特にメフィスト賞に対しては滅法厳しいらしく、文芸第三出版部の間では「鬼のナオキ」と恐れられている。
そんな京極ナオキが、僕の小説を評価していた? 僕はスマホで彼のユースタグラムを見ることにした。
確かに、韓流アイドルのようなイケメンが――僕の小説のレビューをしている。
「さて、今日紹介するのは卯月絢奈さんの『(不)連続殺人事件』! メフィスト賞受賞作ではないけど、発売の経緯から考えて実質メフィスト賞受賞作と見ていいでしょう。5つの殺人事件から成り立っている連絡短編集だけど、どの作品も妙に現実味がある。しかし、殺害方法があまりにも不可思議。そんな不可思議を卯月絢奈という売れない小説家が解き明かすというのが――本作のテンプレートだ。まあ、面白い! 近年『才能が枯渇している』と言われる事が多い文芸界に、まだこんな才能が眠っていたとは! これは京極夏彦以来の衝撃っす!」
最近、近所の書店の店長から「卯月先生の小説に関する問い合わせがジワジワ増えている」と言われていたが、こういうことだったのか。
「そういう訳で、アンタは京極ナオキに評価されたことになってる。――どう? ビックリしたでしょ?」
「――まあ、ビックリしたな。でも、こうやってインフルエンサーに僕の小説が読まれるのは光栄だ」
「という訳で、サインよろしく」
そういえば――僕はそういうモノを拵えたことがない。というか、まだ拵えていない。プロデビュー自体が急だったから当然だろうか。
仕方がないので、僕は適当なサインを深雪さんへとプレゼントした。もちろん、書くべき場所は『(不)連続殺人事件』の中表紙である。
「――これでいいのか」
「いいじゃん。明日ゼミで自慢しよ」
「深雪さんが喜んでくれたんだったら――僕も嬉しい。そうだ、連絡先を交換しようか?」
「マジで?」
「マジ」
こうやって、僕はスマホで深雪さんの連絡先を受け取った。――地道にファンを増やしていくことも、小説家の活動なのかもしれない。
せっかくなので、僕は深雪さんに対して小鳥遊美鶴のことも聞いた。
「ところで、小鳥遊美鶴のことは知っているか?」
「もちろん、知ってるわよ! 彼の家、何度か遊びに行ったことがあるのよ」
「近所だからな。それで、少し言いづらいんだけど、今回の依頼人は――小鳥遊美鶴なんだ」
「マジで!? アンタ、どんだけモテんのよ」
「いや、モテるもなにも――彼は僕の同級生だ」
「同級生なの!? いいなぁ」
小鳥遊美鶴のことを話している時の深雪さんの顔は――少女漫画のような顔をしていた。名家といえども、矢張り乙女は乙女なのだろう。
結局、夕飯の用意ができるまで――僕は深雪さんと話をしていたような気がする。
夕飯の席には――大宮家の面々が並んでいた。神丞、アサ子、啓治、清恵、智晴、深雪、佳苗、そして――春香。この中に、死神がいるのか。それとも、部外者が死神なのか。
大宮神丞が、話をする。
「皆さん、この大宮家を狙った殺人事件を起こそうとしている輩がいるのはご存知ですよね?」
大宮家の面々は、口を揃えて「知っている」と話した。矢張り、この脅迫状は本物のようだ。
テーブルにはカレーライスが並んでいる。カレーライスを作ったのは――啓治の妻である清恵だろうか。僕はそう思いながら、神丞の話を聞いていた。
「それで、私は近所に住んでいる小鳥遊美鶴――もとい、高橋充という人物に頼んである女性を招聘 した。神戸で発生した『幸福研究会信者連続殺人事件』を解決に導いた小説家の卯月絢奈先生だ」
智晴が、僕を見つめながら目を見開いた。
「君が卯月先生か。――美人じゃないか」
「そこまで煽 てなくてもいいです。私は――よく男性と間違えられることが多いんですけど、私の事を女性だと認知している人間は『美人』だと言ってくれます。まあ、私はそこまで美人じゃないんですけど」
「謙遜 しなくてもいいじゃないか。卯月先生が美人ということは紛れもない事実だし」
「智晴、卯月先生は部外者です。――閨 に連れ込むようなことはしないでください」
「――すみませんでした」
大宮智晴を叱っていたのが、母親である大宮清恵か。なんとなく気難しそうな女性だと感じた。
僕は、大宮清恵と会話をする。
「智晴さんって、こんな感じなんですか?」
「そうよ。神丞様から『大宮家の恥』というレッテルを貼られているぐらいですからね。本当に遊び人で、大学も東大ではなく三流大学に行かざるを得なくなった。今後が心配です」
「そうですか。――もしかして、気負いすぎてタガが外れたんじゃないんでしょうか?」
「それは――考えたことがありませんでした。でも、そんなことを言われても智晴が『大宮家の恥』であることに変わりはありません」
清恵さんは、厳しい口調でそう言った。――多分、長男だからこそ、敢えて厳しい口調で叱っているのかもしれない。
それから、部外者である僕の来訪もあって――夕食の席は少しだけ賑やかだった。カレーも美味しい。一体、どんな隠し味が入っているのだろうか? そう思っていた時だった。
「――うぐっ!」
誰かが、藻掻 き苦しんでいる。僕は、テーブルから目線を上げた。目線を上げた先には――大宮智晴だったモノが白目を剥いて涎 を垂らしていた。
「と、智晴さん!?」
「お兄ちゃん! 本当にお兄ちゃんなの!?」
騒ぎが起こる中で、僕は大宮智晴だったモノを目の当たりにしながら事実を述べた。
「残念だけど――これは毒殺だ。誰かが智晴さんのカレーに毒を入れたのだろう」
啓治さんが、口を挟む。
「しかし、そんなことが出来るのは、カレーを調理した私の妻だけだ」
当然だけど、清恵さんは反論する。
「いくら智晴の事を厳しく見ていても、私はそんな事をしていません! 信じて下さい!」
「まあ――そうだよな」
その時、大宮智晴の隣に座っていた深雪さんが――あるモノに気付いた。
「これ、一体何よ?」
皿の下にあるのは――カードか。
――まずは智晴に対して刑を執行した。次は大宮深雪、お前の番だ。
「えっ、次はアタシが殺されるの?」
「脅迫状通りなら、次は深雪さんだろうな。――大丈夫、深雪さんは僕が守る」
「本当に守ってくれるわね?」
「当然だ。深雪さんは――貴重な友達だからな」
騒ぎの中で、窓の外に人影が見えた。――一体、誰なのか。
僕は窓の方に近づいた。――そこに見えたのは、フードを被った髑髏 仮面の男だった。流石に鎌は持っていなかったが、その形相 はまるで死神だった。矢張り、この事件は――死神の仕業なのだろうか?
僕は窓を開けて死神に対して話そうとしたが――死神はフードを残してそのままふわりと消えてしまった。
「――クソッ!」
僕は、怒りに満ちていた。こんな前世紀的な殺人事件、起こる方がおかしい。そう思っていた。
しかし、この後相次いで起こる死神による惨劇は――大宮家をドン底へと突き落とすことになる。
「――私は卯月絢奈という者です。ここが大宮家で間違いないでしょうか?」
チャイム越しに、声が聞こえた。――この屋敷の主だろうか。
「もしかして、君が例の探偵さんですか。私は大宮家当主の
そう言われたら――中に入るしかないか。僕は、巨大な庭園を横目にしながら館の中へと入った。
玄関には、巨大な虎の
ステッキを持った老人が、こちらへと向かってくる。――老人と言うには、あまりにも若々しかったのだけれど。
「あなたが、神丞さんですか」
「そうです。私が大宮神丞です。――この屋敷へようこそ。しかし、こんな小娘に私の家が守れるのでしょうか?」
どうやら、大宮神丞は僕の事を小娘だと思っているらしい。一応、これでも31歳のババアなのだけれど。
「小娘って、私のことでしょうか? 私はそこまで若くないです。でも――神丞さんがそう言ってくれるとなんだか嬉しいですね。それはともかく、『死神』があなたの家を根絶やしにするということは本当でしょうか?」
「そうですね。――私の命を狙う輩は、この手で始末したいぐらいですけどね」
「結構、強気なんですね」
「私はこう見えて柔道の有段者です。死神なんか、一本背負いで倒してみせますよ」
若さの秘訣は――柔道だったのか。見た目は60歳ぐらいにしか見えないが、恐らく実年齢は75歳ぐらいだろう。
大宮神丞と会話をしているうちに、彼の夫人と思しき女性が僕に声をかけてきた。
「あら、可愛い子ねぇ。あなたが探偵さんかしら?」
「なんか、そういう風になっているみたいです。もっとも――私は探偵なんかじゃないんですけど」
「じゃあ、何をやっているの?」
「質問の答えに困りますね。――一応、これでもプログラマーとして働いています」
「ということは、パソコンが使えるのかしら?」
「まあ、それなりに……」
「私にも教えてほしいわねぇ」
「それよりも、まずは死神の魔の手からこの家を守らないと」
「そうですよねぇ。まあ、こんな所で立ち話をするのもなんですし、応接間へと入って」
「分かりました」
僕は、神丞さんの夫人の案内で応接間へと通された。
応接間の中で、改めて大宮夫妻と会話をすることにした。僕はコミュ障だからこういうモノが苦手だけど――仕方がない。
「それで、死神からの脅迫状が来たのはいつ頃でしょうか?」
「つい先週ですね。――最初は何かの冗談だと思ったんですけど、脅迫状を受け取ってすぐに愛犬のコロちゃんが変わり果てた姿になってしまって……」
「死因は分かるのか?」
「滅多刺しで殺されていました。多分、凶器はナイフでしょう」
愛犬を殺すなんて――赦されるはずがない。犬だって、家族の一員だろう。僕はそう思った。
それから、僕は大宮家の家系図を見せてもらった。もしかしたら、コロちゃんを殺害したのは部外者ではなく内部の人間なんじゃないかと思ったからだ。ちなみに、夫人の名前は「大宮アサ子」らしい。
・大宮家当主 大宮神丞(75)
・神丞の妻 大宮アサ子(73)
・神丞の息子
・啓治の妻
・啓治の長男
・啓治の長女
・啓治の次女
・啓治の三女
・神丞の愛犬 大宮コロ(死亡)
――こうやって見ると、子沢山だな。もちろん、死神の正体は大宮家の中にいるかもしれないし、部外者かもしれない。今の段階だと、どうとも言えないのが実情である。最悪の場合、高橋充が死神という可能性も考えられる。――あまり考えたくないけど。
それにしても、この館は大きい。ミステリ小説の格好の舞台なのではないか。僕は館の中を見渡しながらそう思った。
そして、どうしてこんな館を建てたのかを大宮神丞に聞いた。
「どうしてここまで巨大な館を建てたのでしょうか?」
彼は、僕の質問に答えた。
「まあ、大体の予想はついていると思いますけど――私は
大宮財団。――僕はその言葉に対して聞き覚えがあった。確か、難病の研究をしている財団だったか。特に研究に力を入れているのはパーキンソン病の研究だった。――彼の研究施設は、神戸にもあったはずだ。
「大宮財団って、パーキンソン病の研究に力を入れている財団ですよね?」
「その通りです。私の友人で、パーキンソン病を患ってしまった人物がいましてね。それで、私は私財を投じてパーキンソン病の研究をするようになったのです。最初は失敗続きでしたが――気付けば私の活動に対して賛同する人が全国各地に増えたんです。――この館は、とある資産家から譲り受けたものなんです。その資産家は、私の活動に対して支援してくれましたからね」
「資産家? 一体誰なんでしょうか?」
「
是枝佐清って、戦前に存在した幻の財閥である「
そもそもの話、是枝財閥は――大正時代から明治時代にかけて隆起した財閥である。第二次世界大戦中に他の財閥が戦闘機や戦車で儲けていたのに対して、是枝財閥は――ある兵器で儲けようとしていた。
しかし、戦後の財閥解体に伴って是枝財閥も解体を余儀なくされ、その兵器の行方は闇に消えてしまった。それでも、是枝財閥が遺したモノは少なくない。確か――「是枝電機」が開発しているロボットは、パーキンソン病患者の介護を支援するモノだったような気がする。僕はそのニュースを見てなんとなくアメコミの『アイアンマン』を思い出していた。
是枝電機は、介護事業で圧倒的なシェアを誇る精密機器メーカーである。もちろん、僕もそこのシステムのプログラミングを請け負っていたことがある。本社があるのは――川崎か。東京ではなかったと思う。派遣の割に報酬が良かった覚えがあるが、矢張り財閥系だからだったのか。
もちろん、是枝財閥がそのまま是枝グループになったのなら――医療事業や化学事業もあるはずだ。もしかしたら、そこで是枝佐清は大宮神丞に対して支援していたのだろうか? もっとも、是枝佐清がどんな研究をしていたのかは謎なのだけれど。
僕は、大宮神丞に対して単刀直入に是枝佐清の「研究」を聞くことにした。しかし――当然だけど、どういう研究かは教えてくれなかった。多分、大宮神丞にも守秘義務があるのだろう。
色々と話をしているうちに、若い男性の声が聞こえた。――誰だろうか?
「――神丞様、只今戻りました」
灰色のスーツを着た男性が、僕の方へと向かってくる。そして、僕の顔を見て言葉を発した。
「君は、探偵さん?」
男性の問いに、僕は答えた。
「多分、あなたが言うのなら――私は探偵だと思います」
「そうですか。私は大宮啓治と言います。まあ、見ての通り大宮神丞の息子ですよ。もっとも、私たちは――神丞様とお呼びしていますが」
「神丞様――ですか」
「そうです。この家の当主ですからね」
それにしても、大宮啓治は大宮神丞を若返らせたような顔をしている。実の親子だから当然だろうか。多分、「きょうだい」と言っても通じると思う。
大宮啓治は話を続けた。
「それで――死神は、この家に来るのでしょうか?」
彼の問いに関する僕の答えは分かっていた。
「この家に、死神を入らせる訳にはいきません。私が来たからには――大丈夫でしょう」
「そうか。――よろしく頼んだぞ」
「分かっています。――私だって、好きでこんなことをやっている訳じゃないんですけど」
それから、大宮啓治は踵を返して去っていった。多分、自分の部屋に行きたかったのだろう。
今のところ、家系図の中で接触したのが大宮神丞と大宮アサ子、そして大宮啓治の3人である。残りの4人はどこにいるのだろうか? なんとなく部屋を見て回っているうちに――ある部屋の扉が少し開いている事に気付いた。――まさか、殺人?
僕はその扉を思いっ切り開けた。中には、性格の悪そうな女性が化粧をしていた。
「ちょっと、突然入ってくるってどういう神経してんのよ? ――あっ、ゴメン。アンタが噂の探偵さん? アタシの名前は大宮深雪。『深い雪』と書いて『ミユキ』。東京大学医学部の1年生よ」
「東京大学医学部ってことは――頭が良いのか」
「そんなに良くないわよ。アタシ、こう見えて好きで東大に行ってる訳じゃないから」
「好きで東大に行っていない? どういうことだ?」
「東大は親の圧力で行かされたようなもんよ。――ほら、アタシの両親は『大宮財団記念病院』の看護師と医師だからさ」
「なるほど。――親が偉大だと、色々背負わされるんだな」
「そうね。アンタ、名前は何て言うのよ?」
「ああ、僕は卯月絢奈だ。よろしく」
「アハハ、女なのに『僕』? 面白いじゃん」
「まあ――人様と喋る時はなるべく『私』を使うようにしているけど、なんだか『僕』の方が落ち着くんだ」
「なるほどねぇ。――もしかして、アンタって色々と悩んでるんでしょ? 仕事のこととか、恋愛のこととか」
「恋愛はともかく――正直言って、仕事のことは悩んでいる。僕は探偵じゃなくて小説家が本業だけど、最近ネタが浮かばないんだ。そこで――筋金入りのZ世代である深雪さんの力を借りたいなって思って」
「失礼ね、アタシはZ世代なんかじゃないわよ、この世間知らず」
「――そうか。僕は世間知らずか」
後で分かった話だが、Z世代はむしろ佳苗さんとか春香さんとかの世代だったようだ。僕が想定している世代よりも――随分と若い計算になる。でも、なんだか深雪さんとは気が合いそうだと思った。今度、歌舞伎町でも案内してもらおうか。
それから、僕は深雪さんとしばらく話をしていた。歳は離れていても、気の強さが――西本沙織と似ていたのだ。僕は気が弱いから、こういう気の強い女性に憧れを抱くのだろう。
「――へぇ、講談社で小説出してんだ」
「そうだ。まだ1冊しか出していないけど。タイトルは『(不)連続殺人事件』だ」
「あーっ! それ、この間ユースタグラムで紹介されてた! それもインフルエンサーが紹介してたから、思わずゾンアマで買ったわよ」
「インフルエンサー? 誰だ?」
「知らないの? 書評系インフルエンサーの京極ナオキ」
京極ナオキって――あの京極ナオキか。少し前に西本沙織から「超辛口の書評系インフルエンサーがいる」という話を聞いたが、彼だったのか。特にメフィスト賞に対しては滅法厳しいらしく、文芸第三出版部の間では「鬼のナオキ」と恐れられている。
そんな京極ナオキが、僕の小説を評価していた? 僕はスマホで彼のユースタグラムを見ることにした。
確かに、韓流アイドルのようなイケメンが――僕の小説のレビューをしている。
「さて、今日紹介するのは卯月絢奈さんの『(不)連続殺人事件』! メフィスト賞受賞作ではないけど、発売の経緯から考えて実質メフィスト賞受賞作と見ていいでしょう。5つの殺人事件から成り立っている連絡短編集だけど、どの作品も妙に現実味がある。しかし、殺害方法があまりにも不可思議。そんな不可思議を卯月絢奈という売れない小説家が解き明かすというのが――本作のテンプレートだ。まあ、面白い! 近年『才能が枯渇している』と言われる事が多い文芸界に、まだこんな才能が眠っていたとは! これは京極夏彦以来の衝撃っす!」
最近、近所の書店の店長から「卯月先生の小説に関する問い合わせがジワジワ増えている」と言われていたが、こういうことだったのか。
「そういう訳で、アンタは京極ナオキに評価されたことになってる。――どう? ビックリしたでしょ?」
「――まあ、ビックリしたな。でも、こうやってインフルエンサーに僕の小説が読まれるのは光栄だ」
「という訳で、サインよろしく」
そういえば――僕はそういうモノを拵えたことがない。というか、まだ拵えていない。プロデビュー自体が急だったから当然だろうか。
仕方がないので、僕は適当なサインを深雪さんへとプレゼントした。もちろん、書くべき場所は『(不)連続殺人事件』の中表紙である。
「――これでいいのか」
「いいじゃん。明日ゼミで自慢しよ」
「深雪さんが喜んでくれたんだったら――僕も嬉しい。そうだ、連絡先を交換しようか?」
「マジで?」
「マジ」
こうやって、僕はスマホで深雪さんの連絡先を受け取った。――地道にファンを増やしていくことも、小説家の活動なのかもしれない。
せっかくなので、僕は深雪さんに対して小鳥遊美鶴のことも聞いた。
「ところで、小鳥遊美鶴のことは知っているか?」
「もちろん、知ってるわよ! 彼の家、何度か遊びに行ったことがあるのよ」
「近所だからな。それで、少し言いづらいんだけど、今回の依頼人は――小鳥遊美鶴なんだ」
「マジで!? アンタ、どんだけモテんのよ」
「いや、モテるもなにも――彼は僕の同級生だ」
「同級生なの!? いいなぁ」
小鳥遊美鶴のことを話している時の深雪さんの顔は――少女漫画のような顔をしていた。名家といえども、矢張り乙女は乙女なのだろう。
結局、夕飯の用意ができるまで――僕は深雪さんと話をしていたような気がする。
夕飯の席には――大宮家の面々が並んでいた。神丞、アサ子、啓治、清恵、智晴、深雪、佳苗、そして――春香。この中に、死神がいるのか。それとも、部外者が死神なのか。
大宮神丞が、話をする。
「皆さん、この大宮家を狙った殺人事件を起こそうとしている輩がいるのはご存知ですよね?」
大宮家の面々は、口を揃えて「知っている」と話した。矢張り、この脅迫状は本物のようだ。
テーブルにはカレーライスが並んでいる。カレーライスを作ったのは――啓治の妻である清恵だろうか。僕はそう思いながら、神丞の話を聞いていた。
「それで、私は近所に住んでいる小鳥遊美鶴――もとい、高橋充という人物に頼んである女性を
智晴が、僕を見つめながら目を見開いた。
「君が卯月先生か。――美人じゃないか」
「そこまで
「
「智晴、卯月先生は部外者です。――
「――すみませんでした」
大宮智晴を叱っていたのが、母親である大宮清恵か。なんとなく気難しそうな女性だと感じた。
僕は、大宮清恵と会話をする。
「智晴さんって、こんな感じなんですか?」
「そうよ。神丞様から『大宮家の恥』というレッテルを貼られているぐらいですからね。本当に遊び人で、大学も東大ではなく三流大学に行かざるを得なくなった。今後が心配です」
「そうですか。――もしかして、気負いすぎてタガが外れたんじゃないんでしょうか?」
「それは――考えたことがありませんでした。でも、そんなことを言われても智晴が『大宮家の恥』であることに変わりはありません」
清恵さんは、厳しい口調でそう言った。――多分、長男だからこそ、敢えて厳しい口調で叱っているのかもしれない。
それから、部外者である僕の来訪もあって――夕食の席は少しだけ賑やかだった。カレーも美味しい。一体、どんな隠し味が入っているのだろうか? そう思っていた時だった。
「――うぐっ!」
誰かが、
「と、智晴さん!?」
「お兄ちゃん! 本当にお兄ちゃんなの!?」
騒ぎが起こる中で、僕は大宮智晴だったモノを目の当たりにしながら事実を述べた。
「残念だけど――これは毒殺だ。誰かが智晴さんのカレーに毒を入れたのだろう」
啓治さんが、口を挟む。
「しかし、そんなことが出来るのは、カレーを調理した私の妻だけだ」
当然だけど、清恵さんは反論する。
「いくら智晴の事を厳しく見ていても、私はそんな事をしていません! 信じて下さい!」
「まあ――そうだよな」
その時、大宮智晴の隣に座っていた深雪さんが――あるモノに気付いた。
「これ、一体何よ?」
皿の下にあるのは――カードか。
――まずは智晴に対して刑を執行した。次は大宮深雪、お前の番だ。
「えっ、次はアタシが殺されるの?」
「脅迫状通りなら、次は深雪さんだろうな。――大丈夫、深雪さんは僕が守る」
「本当に守ってくれるわね?」
「当然だ。深雪さんは――貴重な友達だからな」
騒ぎの中で、窓の外に人影が見えた。――一体、誰なのか。
僕は窓の方に近づいた。――そこに見えたのは、フードを被った
僕は窓を開けて死神に対して話そうとしたが――死神はフードを残してそのままふわりと消えてしまった。
「――クソッ!」
僕は、怒りに満ちていた。こんな前世紀的な殺人事件、起こる方がおかしい。そう思っていた。
しかし、この後相次いで起こる死神による惨劇は――大宮家をドン底へと突き落とすことになる。