1
文字数 5,767文字
僕は友達が少ない。そんな中でも――僕の事を「親友」だと思っている人物は少なからずいる。
例えば、西本沙織 という人物は中学生の時からの付き合いである。彼女はクラスの人気者であり、一見すると僕みたいなドブネズミに構っている暇がないように見える。しかし、音楽の授業で「好きなアーティストが同じ」という事が分かっただけで友人になった。僕たちの世代で「そのアーティストのファンであること」自体が珍しいので、尚の事だったのだろう。
先日、とある事件を契機として久々に彼女と連絡を取ったが――今は講談社で働いているらしい。それも、文芸第三出版部に配属されているとのことだった。
講談社の文芸第三出版部といえば――所謂「変人の集まり」である。純文学を担当している文芸第一出版部や純粋なエンタメ小説を担当している文芸第二出版部と違って、文芸第三出版部は「何でもあり」である。出版社の事情について知らなくても「京極夏彦 や西尾維新 を輩出した場所」だといえば――文芸第三出版部の異質さが分かるはずだ。そして、僕はうっかり文芸第三出版部からプロデビューすることになってしまった。それも、文芸第三出版部の新人賞であるメフィスト賞すら通さずに「コネ」でプロデビューしてしまった。いくら友人の手回しがあったからと言っても――急すぎる。
結果的に、僕は予 め書いていた原稿を文芸第三出版部へと送ることにした。僕は筆が早い方なので、プロデビューの時点で5作品という数の原稿を抱えていた。それも、ネット小説へ載せるつもりだった原稿である。5つの作品は長編ではなく中編だったので――作品集として出版されることになった。
『(不)連続殺人事件』というタイトルで出版された僕のプロデビュー処女作は――それなりに売れた。西本沙織曰く「特に、神戸や芦屋、そして西宮の書店からの問い合わせが絶えない状態」とのことだった。当たり前だろう。僕は芦屋に住んでいるので、事件の舞台はその近辺を選ぶことが多い。――出不精 であるが故に、ロケハンが面倒なのだ。
そんな中、彼女から「次は長編を書いてほしい」との要望があったが――最近、スランプ気味で長編が書けなくなっていたのだ。原因は――なんだろうか。僕にも分からない。
そもそも、僕は京極夏彦のファンなので――「長編の定義」が狂っている。僕の中では、講談社ノベルスで600ページ以上じゃないと「長編」とは言い切れないのだ。故に、講談社文庫で400ページぐらいの大作でも「長編」ではなく「中編」になってしまう。まあ、「講談社ノベルスに殴られて大人になった」と言ってしまえばそれまでなのだが。
どうやったら長編が書けるのだろうか? 僕はダイナブックの画面の前で自問自答していた。自問自答しているうちに――スマホが鳴った。多分、西本沙織からの原稿督促 メッセージだろう。
そう思って、僕はスマホのロックを解除した。そして、メッセージアプリを起動した。しかし、メッセージは彼女ではなく、見知らぬ人間からだった。
――卯月絢奈か?
――俺だ。小鳥遊美鶴 だ。
小鳥遊美鶴? 誰だ。僕にそんな知人はいないはずだ。そう思って画面をスクロールさせると、新規メッセージが入ってきた。
――ああ、ゴメン。
――高橋充 だ。ほら、小学生の時からの同級生。
――俺、高校の時に難波 でスカウトされて、そのまま俳優としてデビューしたんだ。小鳥遊美鶴はその時に付けた芸名だよ。
――それで、絢奈に頼みたいことがある。
――多分、「ノー」と言うかもしれないが、これは絢奈じゃないと頼めないような気がした。
――いきなりですまないが、絢奈、東京に来てくれないか?
――場所は汐留 のテレビ局だ。詳しい用件はそこで伝える。
――待っているからな。
小鳥遊美鶴――いや、高橋充は僕を何だと思っているんだ? 僕はミステリ専門の小説家ではあるが、別に探偵をやっている訳ではない。――もしかして、例の事件を解決したことによって、僕のことを探偵だと思っているのか?
例の事件とは――新興宗教の信者が相次いで何者かに殺害されるという事件だった。殺害方法はランダムで、「悪魔が犯人なのではないか」と噂されたこともあった。しかし、実際の犯人は――新興宗教から脱会した「被害者の会」のメンバーの1人だった。正直言って、悲しい事件だったことを覚えている。
それにしても――いきなり「東京に来い」と言われても困る。大阪や京都ならまだしも、なぜ日本の首都なのか。確かに俳優なら東京に住んでいてもおかしくはないが、最近では「東京一極集中」からの脱却を目指している企業も多いぐらいだ。まあ、「汐留のテレビ局」と言われてしまったら東京に行かざるを得ないのだけれど。
汐留は――中学校の修学旅行で行ったきりだ。当時、そのテレビ局の社屋が麹町 から汐留へと移転してきてすぐの頃だったと思う。当時はあの周辺の再開発が盛んであり、テレビ局の移転も再開発の一環だった。結果的に、汐留は「メディアの中心地」として栄えることになり――現在に至る。
しかし、僕はテレビを持っていないので最近のテレビ事情がよく分からない。一応、配信サービスでドラマやアニメを見ることはあるが――バラエティ番組なんかは見ていない。というか、最近のテレビは見る価値がないと思っている。
とはいえ、僕みたいに「テレビ離れ」が進んでいるのも事実である。これは――無料の配信サービスが普及したことによる弊害なのかもしれない。「広告が入る」ことにさえ目を瞑れば、どんな番組も無料で見ることができる。そして、普通のテレビでは電波に乗せられないことも放送できるのが利点である。だから――尚更「テレビ離れ」が進んでいるのだろうけど。
そういえば、小鳥遊美鶴はとある映画に出演していたな。確か――メフィスト賞を獲った小説の実写化だったような。しかし、興行収入的には失敗していた作品だったか。まあ、漫画の実写化ならともかく――小説の実写化でまともに成功した作品なんて見当たらないのが現実なのだけれど。
小鳥遊美鶴の公式サイトを見る。最近の出演は――『別班物語 』か。赤坂のテレビ局で放送されていたドラマだな。このドラマは流石の僕も配信サービスで見ていた。役どころは――公安警察役か。
『別班物語』といえば――民間企業と公安警察の戦いを描いた国民的ドラマだ。物語に対する謎が多すぎて、色々なところで考察されていたのを覚えている。「日本のドラマはオワコン」なんて言うけど、この作品に関して言えばオワコンなんかじゃないと胸を張って言えると思う。
しかし、彼はなぜ赤坂のテレビ局ではなく汐留のテレビ局を指定してきたのだろうか。僕にはそれが分からなかった。まあ、東京のロケハンが出来るんだったら――悪い話ではない。ここは彼の依頼に乗るとしよう。
翌日、僕は始発の新幹線で東京へと行くことにした。厳密に言えば――東京駅の手前である品川駅で降りないと遠回りになってしまうのだけれど。新神戸駅はのぞみが停まってくれるので、結構ありがたい。もちろん、ダイナブックは持っていくことにした。西本沙織から長編小説の原稿を促されているから当然だろう。
2時間30分弱で東京へと着くとはいえ――矢張り、何もせずに客席に座っているよりも何かをしている方が落ち着く。スマホで音楽を聴くことも考えたが――ここは小説を書く方がいいか。そう思った僕は、ダイナブックで長編小説の原稿を書いていた。
そうこうしているうちに――新幹線は名古屋から静岡へと抜けた。小説を書いているから、駿河湾や富士山を見ている余裕なんてなかった。もちろん、この車両の中で――僕が卯月絢奈という小説家だということを知っている人間はいないだろう。いたとしたら、相当な好事家 でしかない。
やがて、新幹線のチャイムが鳴った。
「――次は、品川、品川です」
そのアナウンスを聞いた僕は、ダイナブックの電源をシャットダウンして、鞄 に入れた。そして――新幹線から降りた。新幹線から降りる人間は僕だけじゃないと分かっていたのだけれど、妙に緊張してしまう。
それから山手線に乗り換えて――新橋駅で降りる。目的地であるテレビ局は、すぐそこに見えていた。
そういえば――入館証なんて持っているはずがない。その事に気づいた僕は、高橋充のスマホにメッセージを送信した。
――入館証なんて持っていないのに、どうやってテレビ局に入れば良いんだ?
返信はすぐに来た。
――ああ、テレビ局には「友人が来ている」と伝えた。多分、警備員に「小鳥遊美鶴の友人」と伝えたら顔パスで入れるはずだ。
そうなのか。彼がそう言うのなら間違いないのか。僕は、関係者入口の前へと向かった。
入口では、屈強な警備員が立っていた。なんというか――RPGでいうところの「入りたくても入れない城」を思い出していた。
僕は、警備員に向かって「小鳥遊美鶴の友人である」ということを伝えた。
警備員は「ああ、君が例の友人ですか」と言った。そして――話を続けた。
「小鳥遊さんは『僕の友人に小説家がいる』と言っていましたが――あなたが例の小説家なんでしょうか?」
「そうですけど、どうして知っているんでしょうか? 私はまだまだ駆け出しというか――1冊しか出していませんが」
僕の問いに対して、警備員は意外な答えを返した。
「先日神戸で発生した連続殺人事件を解決したそうじゃないですか。推理小説家が探偵って、かっこいいと思いますよ?」
神戸で発生した連続殺人事件――アレのことか。別に、僕は好きであの事件を解決した訳じゃない。しかし――あの事件を解決したことによって、僕の本業は探偵だと思われているらしい。
「私は確かにあの事件を解決へと導きましたが――別に探偵ではありません」
「探偵じゃなければ、一体何を仕事にしているんでしょうか?」
「――一応、派遣社員です」
「なるほど。小説は趣味で書いていたのでしょうか?」
「そうですね。でも――うっかり講談社からプロデビューすることになってしまいました。題名は『(不)連続殺人事件』です」
「ああ! 『(不)連続殺人事件』の卯月絢奈先生ですか! それならお通り下さい。多分、小鳥遊さんは楽屋で待っていると思います」
「――ありがとうございます」
なるほど、そういうことか。申し訳ないと思いつつ、僕は楽屋室へと向かった。えーっと、「小鳥遊美鶴様」は――あった。ここか。表札には『地球一受けたい授業2時間スペシャル』と書かれていた。
僕はドアをノックして、高橋充の返事を待った。
「――僕だ。卯月絢奈だ」
「絢奈か。――今すぐ開ける」
ドアが開く。中から、整った顔の男性が出てきた。そして、開口一番にツッコミをした。
「どうして僕が小説家だと知っているんだ」
高橋充は、ドヤ顔で僕の質問に答えた。
「沙織経由で知った。――沙織のヤツ、記者から編集になってすごくイキイキしているからな。多分、ゴシップ誌の記者が厭で仕方なかったんだろう。もっとも、俺はゴシップ記者としての沙織を煙たがっていたけどな」
「煙たがっていた? どういうことだ」
「ほら、俺はドラマに出る度に共演者と付き合うことが多いからな。――それを『熱愛』と茶化するゴシップ誌が赦せなかったんだ」
「あー、なるほど。でも、気持ちは分かる。小学生の頃から結構モテていたからな。特に、中学校の頃は下駄箱に大量のチョコレートが入っていたせいで反省文を書かされるハメになったことを覚えている」
「おい、それは忘れてくれ」
「すまない。僕は他人よりも記憶力がいいらしいからな。それはともかく――依頼ってなんだ?」
「ああ、手短に説明する。俺、こう見えて世田谷 に住んでいるんだけど――俺の家の近くでキナ臭い動きがあるんだ」
「もしかして、そのキナ臭い動きをなんとかしてほしいのか」
「そうだ。――要するに、殺人を食い止めてほしいんだ」
「殺人?」
「これが脅迫状だ。まあ、昔ながらの『新聞の記事を切り貼りしたヤツ』だな」
脅迫状には、次のような文言が記されていた。
――俺は死神だ。大宮家を根絶やしにすべく、冥府から蘇った。もちろん、狙いは大宮家だけではない。その近辺の住民も、根絶やしにしてやる。特に、小鳥遊美鶴。お前の命は無いと思え。
「つまり、大宮家の殺害予告に充くんも巻き込まれてしまったと」
「飲み込みが早くて助かるな。その通りだ」
令和の世の中に――名家を狙った殺人事件? そして、なぜ高橋充が巻き込まれなきゃいけないんだ? 僕の頭はハテナマークでいっぱいだった。
そんな中、彼はある提案を持ちかけた。
「沙織のヤツから聞いたけど、お前――長編小説が書けずに四苦八苦してるらしいな。そうだ、この事件を小説にしてみるというのはどうだ? 実際に起こった事件を題材にするというのは少し気が引けるかもしれないが、悪い話ではないはずだ」
僕は、その提案へ乗ることにした。
「――いいな、それ。でも、横溝正史 の『獄門島 』とコンセプトが被ってないか?」
「まあ、一家を狙った連続殺人事件は推理小説の華だ。お前の好きなように文章を書いていけばいいさ」
「そ、そうだな……」
どうやら、僕はまたしても友人の依頼で探偵役を務めることになってしまったようだ。しかも――今度の舞台は東京である。大阪や京都ならまだしも、ここは日本の首都だ。下手なことは書けない。というか、下手なことを書いたら「土地勘がない」とバレてしまう。それだけは避けたかった。
僕は高橋充の自宅の地図と件の脅迫状を受け取って、世田谷へと向かうことにした。ちなみに、彼は「番組の収録がある」とのことで僕と別行動を取ることにした。矢張り――俳優は忙しいのか。
テレビ局を出た所で、タクシーを捕まえた。僕は、運転手に対して「大宮家の屋敷へ向かいたい」と話した。運転手は僕の顔を見るなり二つ返事で快諾してハンドルを握った。多分、運転手は僕の事を探偵だと思っているようだ。――ただの派遣社員なのに。
やがて、タクシーは都心を抜けて閑静 な住宅街へと入っていった。恐らく、ここが世田谷なのだろう。そして、僕は巨大な館の前でタクシーを降りた。
例えば、
先日、とある事件を契機として久々に彼女と連絡を取ったが――今は講談社で働いているらしい。それも、文芸第三出版部に配属されているとのことだった。
講談社の文芸第三出版部といえば――所謂「変人の集まり」である。純文学を担当している文芸第一出版部や純粋なエンタメ小説を担当している文芸第二出版部と違って、文芸第三出版部は「何でもあり」である。出版社の事情について知らなくても「
結果的に、僕は
『(不)連続殺人事件』というタイトルで出版された僕のプロデビュー処女作は――それなりに売れた。西本沙織曰く「特に、神戸や芦屋、そして西宮の書店からの問い合わせが絶えない状態」とのことだった。当たり前だろう。僕は芦屋に住んでいるので、事件の舞台はその近辺を選ぶことが多い。――
そんな中、彼女から「次は長編を書いてほしい」との要望があったが――最近、スランプ気味で長編が書けなくなっていたのだ。原因は――なんだろうか。僕にも分からない。
そもそも、僕は京極夏彦のファンなので――「長編の定義」が狂っている。僕の中では、講談社ノベルスで600ページ以上じゃないと「長編」とは言い切れないのだ。故に、講談社文庫で400ページぐらいの大作でも「長編」ではなく「中編」になってしまう。まあ、「講談社ノベルスに殴られて大人になった」と言ってしまえばそれまでなのだが。
どうやったら長編が書けるのだろうか? 僕はダイナブックの画面の前で自問自答していた。自問自答しているうちに――スマホが鳴った。多分、西本沙織からの原稿
そう思って、僕はスマホのロックを解除した。そして、メッセージアプリを起動した。しかし、メッセージは彼女ではなく、見知らぬ人間からだった。
――卯月絢奈か?
――俺だ。
小鳥遊美鶴? 誰だ。僕にそんな知人はいないはずだ。そう思って画面をスクロールさせると、新規メッセージが入ってきた。
――ああ、ゴメン。
――
――俺、高校の時に
――それで、絢奈に頼みたいことがある。
――多分、「ノー」と言うかもしれないが、これは絢奈じゃないと頼めないような気がした。
――いきなりですまないが、絢奈、東京に来てくれないか?
――場所は
――待っているからな。
小鳥遊美鶴――いや、高橋充は僕を何だと思っているんだ? 僕はミステリ専門の小説家ではあるが、別に探偵をやっている訳ではない。――もしかして、例の事件を解決したことによって、僕のことを探偵だと思っているのか?
例の事件とは――新興宗教の信者が相次いで何者かに殺害されるという事件だった。殺害方法はランダムで、「悪魔が犯人なのではないか」と噂されたこともあった。しかし、実際の犯人は――新興宗教から脱会した「被害者の会」のメンバーの1人だった。正直言って、悲しい事件だったことを覚えている。
それにしても――いきなり「東京に来い」と言われても困る。大阪や京都ならまだしも、なぜ日本の首都なのか。確かに俳優なら東京に住んでいてもおかしくはないが、最近では「東京一極集中」からの脱却を目指している企業も多いぐらいだ。まあ、「汐留のテレビ局」と言われてしまったら東京に行かざるを得ないのだけれど。
汐留は――中学校の修学旅行で行ったきりだ。当時、そのテレビ局の社屋が
しかし、僕はテレビを持っていないので最近のテレビ事情がよく分からない。一応、配信サービスでドラマやアニメを見ることはあるが――バラエティ番組なんかは見ていない。というか、最近のテレビは見る価値がないと思っている。
とはいえ、僕みたいに「テレビ離れ」が進んでいるのも事実である。これは――無料の配信サービスが普及したことによる弊害なのかもしれない。「広告が入る」ことにさえ目を瞑れば、どんな番組も無料で見ることができる。そして、普通のテレビでは電波に乗せられないことも放送できるのが利点である。だから――尚更「テレビ離れ」が進んでいるのだろうけど。
そういえば、小鳥遊美鶴はとある映画に出演していたな。確か――メフィスト賞を獲った小説の実写化だったような。しかし、興行収入的には失敗していた作品だったか。まあ、漫画の実写化ならともかく――小説の実写化でまともに成功した作品なんて見当たらないのが現実なのだけれど。
小鳥遊美鶴の公式サイトを見る。最近の出演は――『
『別班物語』といえば――民間企業と公安警察の戦いを描いた国民的ドラマだ。物語に対する謎が多すぎて、色々なところで考察されていたのを覚えている。「日本のドラマはオワコン」なんて言うけど、この作品に関して言えばオワコンなんかじゃないと胸を張って言えると思う。
しかし、彼はなぜ赤坂のテレビ局ではなく汐留のテレビ局を指定してきたのだろうか。僕にはそれが分からなかった。まあ、東京のロケハンが出来るんだったら――悪い話ではない。ここは彼の依頼に乗るとしよう。
翌日、僕は始発の新幹線で東京へと行くことにした。厳密に言えば――東京駅の手前である品川駅で降りないと遠回りになってしまうのだけれど。新神戸駅はのぞみが停まってくれるので、結構ありがたい。もちろん、ダイナブックは持っていくことにした。西本沙織から長編小説の原稿を促されているから当然だろう。
2時間30分弱で東京へと着くとはいえ――矢張り、何もせずに客席に座っているよりも何かをしている方が落ち着く。スマホで音楽を聴くことも考えたが――ここは小説を書く方がいいか。そう思った僕は、ダイナブックで長編小説の原稿を書いていた。
そうこうしているうちに――新幹線は名古屋から静岡へと抜けた。小説を書いているから、駿河湾や富士山を見ている余裕なんてなかった。もちろん、この車両の中で――僕が卯月絢奈という小説家だということを知っている人間はいないだろう。いたとしたら、相当な
やがて、新幹線のチャイムが鳴った。
「――次は、品川、品川です」
そのアナウンスを聞いた僕は、ダイナブックの電源をシャットダウンして、
それから山手線に乗り換えて――新橋駅で降りる。目的地であるテレビ局は、すぐそこに見えていた。
そういえば――入館証なんて持っているはずがない。その事に気づいた僕は、高橋充のスマホにメッセージを送信した。
――入館証なんて持っていないのに、どうやってテレビ局に入れば良いんだ?
返信はすぐに来た。
――ああ、テレビ局には「友人が来ている」と伝えた。多分、警備員に「小鳥遊美鶴の友人」と伝えたら顔パスで入れるはずだ。
そうなのか。彼がそう言うのなら間違いないのか。僕は、関係者入口の前へと向かった。
入口では、屈強な警備員が立っていた。なんというか――RPGでいうところの「入りたくても入れない城」を思い出していた。
僕は、警備員に向かって「小鳥遊美鶴の友人である」ということを伝えた。
警備員は「ああ、君が例の友人ですか」と言った。そして――話を続けた。
「小鳥遊さんは『僕の友人に小説家がいる』と言っていましたが――あなたが例の小説家なんでしょうか?」
「そうですけど、どうして知っているんでしょうか? 私はまだまだ駆け出しというか――1冊しか出していませんが」
僕の問いに対して、警備員は意外な答えを返した。
「先日神戸で発生した連続殺人事件を解決したそうじゃないですか。推理小説家が探偵って、かっこいいと思いますよ?」
神戸で発生した連続殺人事件――アレのことか。別に、僕は好きであの事件を解決した訳じゃない。しかし――あの事件を解決したことによって、僕の本業は探偵だと思われているらしい。
「私は確かにあの事件を解決へと導きましたが――別に探偵ではありません」
「探偵じゃなければ、一体何を仕事にしているんでしょうか?」
「――一応、派遣社員です」
「なるほど。小説は趣味で書いていたのでしょうか?」
「そうですね。でも――うっかり講談社からプロデビューすることになってしまいました。題名は『(不)連続殺人事件』です」
「ああ! 『(不)連続殺人事件』の卯月絢奈先生ですか! それならお通り下さい。多分、小鳥遊さんは楽屋で待っていると思います」
「――ありがとうございます」
なるほど、そういうことか。申し訳ないと思いつつ、僕は楽屋室へと向かった。えーっと、「小鳥遊美鶴様」は――あった。ここか。表札には『地球一受けたい授業2時間スペシャル』と書かれていた。
僕はドアをノックして、高橋充の返事を待った。
「――僕だ。卯月絢奈だ」
「絢奈か。――今すぐ開ける」
ドアが開く。中から、整った顔の男性が出てきた。そして、開口一番にツッコミをした。
「どうして僕が小説家だと知っているんだ」
高橋充は、ドヤ顔で僕の質問に答えた。
「沙織経由で知った。――沙織のヤツ、記者から編集になってすごくイキイキしているからな。多分、ゴシップ誌の記者が厭で仕方なかったんだろう。もっとも、俺はゴシップ記者としての沙織を煙たがっていたけどな」
「煙たがっていた? どういうことだ」
「ほら、俺はドラマに出る度に共演者と付き合うことが多いからな。――それを『熱愛』と茶化するゴシップ誌が赦せなかったんだ」
「あー、なるほど。でも、気持ちは分かる。小学生の頃から結構モテていたからな。特に、中学校の頃は下駄箱に大量のチョコレートが入っていたせいで反省文を書かされるハメになったことを覚えている」
「おい、それは忘れてくれ」
「すまない。僕は他人よりも記憶力がいいらしいからな。それはともかく――依頼ってなんだ?」
「ああ、手短に説明する。俺、こう見えて
「もしかして、そのキナ臭い動きをなんとかしてほしいのか」
「そうだ。――要するに、殺人を食い止めてほしいんだ」
「殺人?」
「これが脅迫状だ。まあ、昔ながらの『新聞の記事を切り貼りしたヤツ』だな」
脅迫状には、次のような文言が記されていた。
――俺は死神だ。大宮家を根絶やしにすべく、冥府から蘇った。もちろん、狙いは大宮家だけではない。その近辺の住民も、根絶やしにしてやる。特に、小鳥遊美鶴。お前の命は無いと思え。
「つまり、大宮家の殺害予告に充くんも巻き込まれてしまったと」
「飲み込みが早くて助かるな。その通りだ」
令和の世の中に――名家を狙った殺人事件? そして、なぜ高橋充が巻き込まれなきゃいけないんだ? 僕の頭はハテナマークでいっぱいだった。
そんな中、彼はある提案を持ちかけた。
「沙織のヤツから聞いたけど、お前――長編小説が書けずに四苦八苦してるらしいな。そうだ、この事件を小説にしてみるというのはどうだ? 実際に起こった事件を題材にするというのは少し気が引けるかもしれないが、悪い話ではないはずだ」
僕は、その提案へ乗ることにした。
「――いいな、それ。でも、
「まあ、一家を狙った連続殺人事件は推理小説の華だ。お前の好きなように文章を書いていけばいいさ」
「そ、そうだな……」
どうやら、僕はまたしても友人の依頼で探偵役を務めることになってしまったようだ。しかも――今度の舞台は東京である。大阪や京都ならまだしも、ここは日本の首都だ。下手なことは書けない。というか、下手なことを書いたら「土地勘がない」とバレてしまう。それだけは避けたかった。
僕は高橋充の自宅の地図と件の脅迫状を受け取って、世田谷へと向かうことにした。ちなみに、彼は「番組の収録がある」とのことで僕と別行動を取ることにした。矢張り――俳優は忙しいのか。
テレビ局を出た所で、タクシーを捕まえた。僕は、運転手に対して「大宮家の屋敷へ向かいたい」と話した。運転手は僕の顔を見るなり二つ返事で快諾してハンドルを握った。多分、運転手は僕の事を探偵だと思っているようだ。――ただの派遣社員なのに。
やがて、タクシーは都心を抜けて