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文字数 3,833文字
「被害者は大宮智晴さん。年齢は21歳で、大学3年生だったと。死因は――毒殺が疑われる」
刑事さんが、大宮智晴だったモノの概要を淡々と読み上げていた。警視庁の刑事さんたちが現場に来たのは、彼が殺害されてから30分ぐらいだっただろうか。僕は、刑事さんの1人に声をかけた。
「カレーの中に毒物が混入してないかどうかは調べているのか?」
「そうですね。――それに関しては、簡易的に調べる必要がありますね。ところで、あなたの名前をお聞きしていませんでした。一応、小説家なんですよね?」
「そうだ。僕の名前は――卯月絢奈だ」
「いい名前ですね。僕は警視庁捜査一課の竹野内尊 です。卯月さん、よろしくお願いします」
竹野内尊と名乗った刑事さんは――なぜかホストクラブにいそうな見た目をしていた。要するに、僕が目を見張る程のイケメンである。多分、警察学校時代は同期の女子からモテたのだろう。そんな下世話 なことを考えつつ、僕は改めて智晴殺しの犯人を探すことにした。
現時点で考えられるのは――矢張り大宮清恵だろうか。彼女が智晴さんを恨んでいたのなら、殺害する理由は見当たる。しかし、彼女は潔白を証明していた。そもそもの話――どういう毒が使われたのかが分からない。推理小説において毒殺という手を使う場合、大半は――青酸カリである。青酸カリなら、少ない量で相手を毒殺することができるからだ。
とりあえず、僕は清恵さんに対して取り調べを行うように伝えた。多分、それで何かが分かるはずだと思ったからだ。
「まあ、今の段階だと疑うべき人物は――カレーを調理していた大宮清恵さんですよね」
「その通りだ。彼女なら、智晴さんを殺害する理由があるはずだろう」
「でも、本当に大宮家の誰かが殺害したんでしょうか?」
「――と、いうと」
「死神の正体は大宮家の外部の人間であるということです」
「なるほど。――その可能性も考えられるな。そういえば、僕は死神をこの目で見ている。もちろん、食卓には大宮家全員が揃っていた状態だ」
「死神って、どんな格好をしていたんでしょうか?」
「よくある格好です。要するに――黒いフードを被って、髑髏の仮面を付けていました」
「なるほど。確かにそれは紛れもなく死神ですね」
僕が見た死神は、タロットカードの絵柄からそのまま出てきたような格好をしていた。流石に鎌は持っていなかったが――多分、死神は「次に誰を殺害するか」ということを考えていたと思う。
そうこうしているうちに――智晴さんの胃の内容物が判明したらしい。矢張り、胃には致死量の青酸カリが含まれていたとのことだった。
「うーん、矢っ張り疑うべき人間は、カレーを調理していた大宮清恵さんですよね?」
「そうなるな。――でも、本当に清恵さんは智晴さんを殺害したのか?」
「卯月さん、何か思うことでもあるんでしょうか?」
「確かに、カレーを調理したのは清恵さんだ。でも――彼女は潔白を証明していた。被疑者が潔白を証明するのは当たり前の話だけど、それにしても不自然な点が多すぎる」
「言われてみれば――そうですね。台所に青酸カリを持ち込んで、意図的に智晴さんの皿に混入させることは――出来るんでしょうか?」
「そうだ。――これは、智晴さんが食べていたカレーも調べるべきだな」
「そうですね。とりあえず、依頼してみます」
そういう訳で、智晴さんが食べていたカレーの方も調べてもらうことにした。カレーの中に毒物が混入していたとすれば――矢張り、犯人は清恵さんで間違いないだろう。僕はそう思っていた。
しかし、気になったのは――「大宮深雪を殺害する」という旨 の脅迫状だった。死神は、どういう順番で殺人を犯しているのか。確かに、この手の殺人事件だと――真っ先に長男が殺害される。でも、それにしては出来すぎなのではないか? 次に死神が狙う人物が長女である深雪さんだと考えても、矢っ張り出来すぎである。となると――その次に殺害されるのは、啓治さんだろうか? いや、考え過ぎか。今は目の前の事件について考えよう。
カレー鍋自体に毒が入っていたら、その時点で大宮家の大半の人間は死に至る。もちろん、それはカレーを口にしていた僕も例外ではない。ならば――矢張り智晴さんの皿の中に毒が塗ってあったのか。それなら、確実に智晴さんを殺害できる。
僕は、自分が食べていたカレーを見つめた。それで事件が解決する訳じゃないのだけれど、色々と気になる点があったからだ。カレーには人参と玉葱、そしてじゃがいもが入っている。肉に関して言えば、ここは関東なので――牛肉ではなく豚肉を使用していた。僕が千葉に住んでいた頃は、母親と父親がカレーに入れる肉のことでモメていたことを子供心に覚えていたが、今から思うと――それが離婚の原因の1つなのかもしれない。
ところが、鑑識官がカレーに対して出した答えは意外なモノだった。
「竹野内刑事、少しよろしいでしょうか?」
「鑑識、どうしたんだ?」
「実は――
「それは本当か」
「本当です。カレーの中に含まれている成分から毒素を調べましたが、
「そうか……」
竹野内刑事は、俯 いた表情をしていた。
カレーに毒が入っていないとなると――残された可能性は食器だろうか。それとも――カレーはブラフに過ぎないのか。色々考えても仕方がないので、僕は一旦警視庁に捜査を委 ねることにした。
神丞さんが僕の就寝場所として客室を用意してくれたようだが、僕は深雪さんが心配だったので――彼女の部屋で就寝することにした。これには神丞さんも「心強い」と言ってくれた。
深雪さんの部屋で、僕は事件のことについて整理をした。
「まさかとは思うけど――深雪さんは智晴さんを殺害していないよな?」
「アタシがそんなことする訳ないじゃん。アタシにとって智晴さんは大事なお兄ちゃんよ」
「なるほど。智晴さんを喪 って――悲しいのか」
「当たり前でしょ」
「それじゃあ、逆に――佳苗さんや春香さんのことはどう見ているんだ」
「矢っ張り、『姉としてしっかりしなければ』って思うわよ。特に春香ちゃんは――中学校でも浮いてるらしいから」
「浮いている? どういうことだ」
「春香ちゃん、私立の中学校に通っているのよね。それも――競争率が激しい学校。でも、受験ではかなり下の方の成績だったから、虐められてるのよね」
「なるほど。――それで、春香さんに対して勉強は教えているのか?」
「当然よ。特に数学が苦手らしくて、アタシが教えられる範疇 で教えてんのよ」
「そうだよな。それが――姉の責務だもんな」
「本当なら智晴のヤツが教えるべきなんだろうけど、アイツはバカだからね」
「矢っ張り――バカなのか」
「多分、バカなんでしょうね」
深雪さんが「バカ」と言い張るぐらいだから、智晴さんは大宮家の中でも下に見られていたのか。それとも――バカの振りをしていただけなのか。いずれにせよ、智晴さんが大宮家から嫌われていたのは事実だろう。
僕は、ベッドで深雪さんの手を握った。脈が、どくどくと伝わってくる。――まだ、生きているのだ。しかし、彼女が翌朝まで生きているという保証はない。もしかしたら――寝ている間に死神の手によって殺されてしまう可能性もある。そう思うと、逆に眠れない。あまりにも眠れないので、僕は深雪さんの胸に顔を埋めた。誰かの心臓の鼓動を聴いていると、眠れるような気がしたからだ。
――夢を見た。ここは、どこだ? 明かりがない。そして、液体のようなモノで中が満たされている。これは――子宮の中か。辺りで鳴り響く心臓の鼓動は、母親のモノだろうか。そう分かった僕は――躰 を胎児のように蹲 った。
やがて、母親の心臓の鼓動が早くなる。多分、陣痛を起こしているのだろう。これが――産まれる間際の感覚なのか。母親は「腹を痛めて僕を産んだ」と言っていたが、不思議な夢を見ていると――その感覚が分かるかもしれない。
産道を通り抜けていく。光が――見える。あの光の先は、恐らく外の世界なのだろう。やがて、視界が真っ白になる。これが――「産まれる」ということなのか。――そういう所で、僕は意識を覚醒させた。
ベッドでは、深雪さんが寝ている。――彼女を死神の魔の手から守ることができたのか。そう思って、僕は彼女の頸動脈 に触れた。――脈がない? 嘘だ! 確かに、僕は彼女の鼓動を感じながら眠っていたはずだ! どういうことだ!
僕は竹野内刑事を呼んで、彼女が生きているかどうかを見てもらうことにした。
「――そういう訳だ。深雪さんは、生きているのか?」
「残念ですが、深雪さんはお亡くなりになりました」
竹野内刑事から伝えられた事実に、僕は慟哭 した。
「――どうして、どうして深雪さんが殺される必要があったんだ!」
「卯月さん、気持ちは分かりますが――彼女が何者かに殺害されたのは紛れもない事実です。現実を受け入れて下さい」
「それは分かっていますが――矢っ張り受け入れられません」
悲しみに明け暮れる僕は――枕元に「あるモノ」が置いてあることに気付いた。それは、高橋充から託された脅迫状と同じデザインというか――文言が似ていた。
――予告通り、大宮深雪は始末した。次は、大宮清恵だ。
「これは――脅迫状?」
「そうだ。脅迫状だ」
2つの殺人事件の共通点は何なのだろうか? 僕は――頭を冷やして推理をすることにした。
刑事さんが、大宮智晴だったモノの概要を淡々と読み上げていた。警視庁の刑事さんたちが現場に来たのは、彼が殺害されてから30分ぐらいだっただろうか。僕は、刑事さんの1人に声をかけた。
「カレーの中に毒物が混入してないかどうかは調べているのか?」
「そうですね。――それに関しては、簡易的に調べる必要がありますね。ところで、あなたの名前をお聞きしていませんでした。一応、小説家なんですよね?」
「そうだ。僕の名前は――卯月絢奈だ」
「いい名前ですね。僕は警視庁捜査一課の
竹野内尊と名乗った刑事さんは――なぜかホストクラブにいそうな見た目をしていた。要するに、僕が目を見張る程のイケメンである。多分、警察学校時代は同期の女子からモテたのだろう。そんな
現時点で考えられるのは――矢張り大宮清恵だろうか。彼女が智晴さんを恨んでいたのなら、殺害する理由は見当たる。しかし、彼女は潔白を証明していた。そもそもの話――どういう毒が使われたのかが分からない。推理小説において毒殺という手を使う場合、大半は――青酸カリである。青酸カリなら、少ない量で相手を毒殺することができるからだ。
とりあえず、僕は清恵さんに対して取り調べを行うように伝えた。多分、それで何かが分かるはずだと思ったからだ。
「まあ、今の段階だと疑うべき人物は――カレーを調理していた大宮清恵さんですよね」
「その通りだ。彼女なら、智晴さんを殺害する理由があるはずだろう」
「でも、本当に大宮家の誰かが殺害したんでしょうか?」
「――と、いうと」
「死神の正体は大宮家の外部の人間であるということです」
「なるほど。――その可能性も考えられるな。そういえば、僕は死神をこの目で見ている。もちろん、食卓には大宮家全員が揃っていた状態だ」
「死神って、どんな格好をしていたんでしょうか?」
「よくある格好です。要するに――黒いフードを被って、髑髏の仮面を付けていました」
「なるほど。確かにそれは紛れもなく死神ですね」
僕が見た死神は、タロットカードの絵柄からそのまま出てきたような格好をしていた。流石に鎌は持っていなかったが――多分、死神は「次に誰を殺害するか」ということを考えていたと思う。
そうこうしているうちに――智晴さんの胃の内容物が判明したらしい。矢張り、胃には致死量の青酸カリが含まれていたとのことだった。
「うーん、矢っ張り疑うべき人間は、カレーを調理していた大宮清恵さんですよね?」
「そうなるな。――でも、本当に清恵さんは智晴さんを殺害したのか?」
「卯月さん、何か思うことでもあるんでしょうか?」
「確かに、カレーを調理したのは清恵さんだ。でも――彼女は潔白を証明していた。被疑者が潔白を証明するのは当たり前の話だけど、それにしても不自然な点が多すぎる」
「言われてみれば――そうですね。台所に青酸カリを持ち込んで、意図的に智晴さんの皿に混入させることは――出来るんでしょうか?」
「そうだ。――これは、智晴さんが食べていたカレーも調べるべきだな」
「そうですね。とりあえず、依頼してみます」
そういう訳で、智晴さんが食べていたカレーの方も調べてもらうことにした。カレーの中に毒物が混入していたとすれば――矢張り、犯人は清恵さんで間違いないだろう。僕はそう思っていた。
しかし、気になったのは――「大宮深雪を殺害する」という
カレー鍋自体に毒が入っていたら、その時点で大宮家の大半の人間は死に至る。もちろん、それはカレーを口にしていた僕も例外ではない。ならば――矢張り智晴さんの皿の中に毒が塗ってあったのか。それなら、確実に智晴さんを殺害できる。
僕は、自分が食べていたカレーを見つめた。それで事件が解決する訳じゃないのだけれど、色々と気になる点があったからだ。カレーには人参と玉葱、そしてじゃがいもが入っている。肉に関して言えば、ここは関東なので――牛肉ではなく豚肉を使用していた。僕が千葉に住んでいた頃は、母親と父親がカレーに入れる肉のことでモメていたことを子供心に覚えていたが、今から思うと――それが離婚の原因の1つなのかもしれない。
ところが、鑑識官がカレーに対して出した答えは意外なモノだった。
「竹野内刑事、少しよろしいでしょうか?」
「鑑識、どうしたんだ?」
「実は――
カレー鍋からは青酸カリが検出されませんでした
」「それは本当か」
「本当です。カレーの中に含まれている成分から毒素を調べましたが、
ただの食べられるカレーでした
」「そうか……」
竹野内刑事は、
カレーに毒が入っていないとなると――残された可能性は食器だろうか。それとも――カレーはブラフに過ぎないのか。色々考えても仕方がないので、僕は一旦警視庁に捜査を
神丞さんが僕の就寝場所として客室を用意してくれたようだが、僕は深雪さんが心配だったので――彼女の部屋で就寝することにした。これには神丞さんも「心強い」と言ってくれた。
深雪さんの部屋で、僕は事件のことについて整理をした。
「まさかとは思うけど――深雪さんは智晴さんを殺害していないよな?」
「アタシがそんなことする訳ないじゃん。アタシにとって智晴さんは大事なお兄ちゃんよ」
「なるほど。智晴さんを
「当たり前でしょ」
「それじゃあ、逆に――佳苗さんや春香さんのことはどう見ているんだ」
「矢っ張り、『姉としてしっかりしなければ』って思うわよ。特に春香ちゃんは――中学校でも浮いてるらしいから」
「浮いている? どういうことだ」
「春香ちゃん、私立の中学校に通っているのよね。それも――競争率が激しい学校。でも、受験ではかなり下の方の成績だったから、虐められてるのよね」
「なるほど。――それで、春香さんに対して勉強は教えているのか?」
「当然よ。特に数学が苦手らしくて、アタシが教えられる
「そうだよな。それが――姉の責務だもんな」
「本当なら智晴のヤツが教えるべきなんだろうけど、アイツはバカだからね」
「矢っ張り――バカなのか」
「多分、バカなんでしょうね」
深雪さんが「バカ」と言い張るぐらいだから、智晴さんは大宮家の中でも下に見られていたのか。それとも――バカの振りをしていただけなのか。いずれにせよ、智晴さんが大宮家から嫌われていたのは事実だろう。
僕は、ベッドで深雪さんの手を握った。脈が、どくどくと伝わってくる。――まだ、生きているのだ。しかし、彼女が翌朝まで生きているという保証はない。もしかしたら――寝ている間に死神の手によって殺されてしまう可能性もある。そう思うと、逆に眠れない。あまりにも眠れないので、僕は深雪さんの胸に顔を埋めた。誰かの心臓の鼓動を聴いていると、眠れるような気がしたからだ。
――夢を見た。ここは、どこだ? 明かりがない。そして、液体のようなモノで中が満たされている。これは――子宮の中か。辺りで鳴り響く心臓の鼓動は、母親のモノだろうか。そう分かった僕は――
やがて、母親の心臓の鼓動が早くなる。多分、陣痛を起こしているのだろう。これが――産まれる間際の感覚なのか。母親は「腹を痛めて僕を産んだ」と言っていたが、不思議な夢を見ていると――その感覚が分かるかもしれない。
産道を通り抜けていく。光が――見える。あの光の先は、恐らく外の世界なのだろう。やがて、視界が真っ白になる。これが――「産まれる」ということなのか。――そういう所で、僕は意識を覚醒させた。
ベッドでは、深雪さんが寝ている。――彼女を死神の魔の手から守ることができたのか。そう思って、僕は彼女の
僕は竹野内刑事を呼んで、彼女が生きているかどうかを見てもらうことにした。
「――そういう訳だ。深雪さんは、生きているのか?」
「残念ですが、深雪さんはお亡くなりになりました」
竹野内刑事から伝えられた事実に、僕は
「――どうして、どうして深雪さんが殺される必要があったんだ!」
「卯月さん、気持ちは分かりますが――彼女が何者かに殺害されたのは紛れもない事実です。現実を受け入れて下さい」
「それは分かっていますが――矢っ張り受け入れられません」
悲しみに明け暮れる僕は――枕元に「あるモノ」が置いてあることに気付いた。それは、高橋充から託された脅迫状と同じデザインというか――文言が似ていた。
――予告通り、大宮深雪は始末した。次は、大宮清恵だ。
「これは――脅迫状?」
「そうだ。脅迫状だ」
2つの殺人事件の共通点は何なのだろうか? 僕は――頭を冷やして推理をすることにした。