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文字数 4,475文字
僕のか弱い腕で2人の女性を抱えて歩くのは――正直言って重かった。しかし、事件の真相を伝えるためには2人の力が必要である。仕方ないと思いつつ、僕は食堂へと向かった。
食堂には、大宮家の面々や竹野内刑事、そして天海警部も待っていた。
「卯月さん、どこに行っていたんですか!?」
「お察しの通り――屋根の上だ」
「矢っ張り、春香さんは自らの意思で命を絶とうとして――」
「そうだ。彼女は自らの意思で命を絶とうとしたんだ。それを止めたのが――僕だ」
「ご苦労だった。それはともかく――卯月さん、事件の真相を説明してくれないか」
「天海警部、分かっています」
「それじゃあ――卯月さんの口から説明してもらおうか」
「そうだな。まずは――第1の事件、『大宮智晴殺害事件』から説明しよう。智晴さんが煙草を吸っていたのは皆さんご存知の通りでしょう。部屋からはマルボロのカートンが見つかっていますからね。それで――清恵さんは、箱が開いていた煙草の中にタリウムを注入したんです。それも、ミステリ小説では古典的な方法で」
「古典的な方法というと――」
「1本ずつ、注射器でタリウムを注入したんだ」
当然だけど、竹野内刑事は疑問を呈す。
「そんな面倒くさいことを、わざわざする必要があるんでしょうか?」
「あったんでしょうね。――彼には、莫大な保険金が掛けられていましたから」
僕の発言で、天海警部は驚きの表情を見せた。
「ほ、保険金!? それは本当か!?」
「本当です。彼は三流大学に行かざるを得なくなったが――理由は言うまでもなく両親にある。いかにして保険金を詐取するか考えた結果――彼には『何もしなくて良い』と伝えた。要するに、『余計なことはするな』と言いたかったんでしょうけど――彼はその言葉を額面通りに受け取ってしまった。その結果――高校時代に碌に勉強をさせてもらえなかった。これは僕なら、多分発狂すると思いますね」
僕の推理に、清恵さんが口を挟んだ。
「その通りよ。私は智晴に対して『何もしなくて良い』と伝えた。でも――彼は私の言葉を真に受けてしまった。それは『プロスポーツに手を出すな』と言いたかったんですけど、言葉足らずだった私に責任があるわ」
「智晴さんがやっていたプロスポーツって、なんだったんだ?」
「サッカーよ。それも、東京バーニングブルーズのユースに通っていたからね」
「東京バーニングブルーズですか。――確かに、そこのユースチームは大学への進学を特例的に認めている。日本代表で活躍している大卒エースの大半が東京バーニングブルーズに所属しているのも、そういう事情がある」
「絢奈さん、そういうことも詳しいんですね」
「僕は――サッカーが好きだからな。それはともかく、本当は智晴さんを東京バーニングブルーズに加入さたかったんじゃないんでしょうか?」
「そうよ。応慶大学に進学させて、大武選手以来となる現役大学生リーガーを目指していた。それは、私と智晴の間で共通の話題でした。でも――啓治さんがそれに反対したんです。『自分の実験が世間にバレてしまってもいいのか』って脅してきたんです」
「――そうだったのか。それは、智晴さんが気の毒だ」
「ですよね。絢奈さんなら分かってくれると思いました」
「結果的に、サッカー選手の道を断たれた智晴さんは、やさぐれてしまった。それで――煙草や女に手を出すようになった。危うく僕も彼に犯されるところだったからな」
「そうね。――確かに、あの夜智晴さんは絢奈さんを犯そうとしていた。私はそれが赦せなくて、智晴さんを叱った。そして――タリウム入りの煙草をテーブルに置いた。ただ、それだけの話よ」
「だから、智晴さんを殺害したのは紛れもなく清恵さん――あなただ」
「そうね。それに関しては正直申し訳なかったと思うわ。あんなことになるなんて――思ってもいなかったから」
「次の話に移ろう。『大宮深雪殺害事件』だ。僕が寝ている間に深雪さんが命を落とすという不可解な事件だが――この事件に関しては、トリックもへったくれもない」
「それって、どういうことなんでしょうか?」
「深雪さんは、命を落とす前に――急激な心拍数の増加が見られた。それは、僕が彼女の胸に埋めて寝ていたからよく分かっている。もっとも――その時の僕は、夢の中にいたのだけれど」
「それで――死因は何でしょうか?」
「水川監察医の話だと――タリウム中毒による心不全とのことだった。深雪さんは、自らのルーティンとして寝る前に口紅を差している。理由は、『起きた時に恥ずかしくないように』とのことだった。多分、彼女は夢魔 を信じていたんでしょうね」
「夢魔? 急に幻想の話でしょうか?」
「夢魔。――ラテン語読みで『インクブス』という悪魔だ。インクブスと対になる存在が『スクブス』で、これは英語読みの『サキュバス』の方が分かりやすいと思う。スクブスは男性の枕元に現れる悪魔とされていて、相手の精気を吸ってしまうという言い伝えがある。もちろん、インクブスはその逆で――女性の枕元に現れて精気を吸ってしまう悪魔だ」
「それで――深雪は本当に夢魔を信じていたのでしょうか?」
「どうやら、その様子です。竹野内刑事、少しいいか」
「卯月さん、どうされたんでしょうか?」
「『アレ』を持ってきてくれ」
「――分かりました」
僕は、竹野内刑事に頼んで「例のモノ」を持ってくるようにお願いした。例のモノは――すぐに用意できた。
「まさか、現代にそういう話があるとは思いませんでした。本当に2020年代なんでしょうか?」
「一応、今は202X年らしい。でも――こんな前世紀どころか16世紀ぐらいの代物を本気で信じている方がどうかしている」
「あの、2人ともどういう話をしているのでしょうか?」
「清恵さん、これは――軟膏 だ」
「軟膏って、塗り薬のことですよね? それの何がおかしいんでしょうか?」
「ここで言う軟膏は――麻薬だ」
「麻薬!? 深雪は、そんなモノに手を出していたのでしょうか!?」
「清恵さん、残念だけど――それが事実だ。深雪さんは、とあるサークルのメンバーからベラドンナで出来ている軟膏を渡された。そのサークルは、『魔女の会』と呼ばれるサークルだ。このサークル自体は東京大学ではなく、他の大学のサークルらしいが――深雪さんはそこで『サバト』と呼ばれる儀式に参加していた。サバトとは、他の男性と交わり合ったり、自分で自分の『モノ』に触れて性的な快楽を得たりする――要するに、下品な儀式だ」
「深雪が、そんな
「そうだ。――多分、深雪さんはどこかで箍 が外れたんだと思う。その結果が――夢魔信仰だ」
「そ、そんな――」
僕が知った事実を話したことで――大宮清恵の精神は完全に崩壊した。というか、僕が崩壊させてしまった。それでも、僕は話を続けた。
「次に――『大宮佳苗殺害
「殺害『
「ああ、確かに佳苗さんは命は落とした。しかし――
「あ、あなた!?」
「そうだ。私が――佳苗を殺した。清恵、すまない」
「あの時、僕が竹野内刑事と話をしている間――佳苗さんはギターを弾いていた。多分、軽音楽部の練習をしていたのだろう。ところが、ここは殺人現場。ギターを弾くのはあまりにも不謹慎だ。イライラしていた清恵さんは――思わず彼女の首を絞めた」
「そうです。確かに――私はあの時『しつけ』として佳苗の首を絞めました。もちろん、殺すつもりは無かったんです」
「しかし、思わぬ闖入者 が現れた。それが――啓治さんだったんだ。彼は意識を失っていた佳苗さんを見て――ある衝動に至った」
「あなた、一体何を――」
「その衝動は――自分の愛娘 を犯すという衝動だ。意識を失っていることをいいことに、啓治さんは佳苗さんの服を脱がせた。そして――そのまま犯した。佳苗さんが意識を取り戻したときには――佳苗さんの体は啓治さんの体液に塗れていた。当然、佳苗さんは悲鳴を上げた。自分の父親から性的な虐待を受けるとは思ってもいなかったからな」
「でも、どうして首を切断する必要があったんでしょうか?」
「答えは単純だ。――自分の愛娘を犯したことに対する証拠隠滅だろう」
「その通りだ。どうせなら――なかったことにしたかった」
「だからって、殺さなくてもいいじゃないか。もっと、いい方法があっただろう」
「私は――医師としてやってはいけないことをしてしまった。だから、この手で罪を滅ぼしたかった。その結果が――あの首なし死体だ。昔の時代劇で『三味線の糸を使って首を絞める』という描写があった。それを応用して――ギターの弦で佳苗の首を絞めた。佳苗はその時点で命を落としたが――どういう訳か、私は台所から菜切り包丁を持ってきて、佳苗の首を切断した。佳苗の首は――部屋の屋根裏に隠した」
「啓治さんの証言通り、佳苗さんの部屋の屋根裏から――彼女の首が出てきた。これで、もう言い逃れは出来ないだろう」
「そうですね。――私は、なんてことをしてしまったのでしょうか。もう、この家は終わりですね」
「それはどうだろうか?」
「そう言われても、この家が終わりなのは紛れもない事実だ。――この家は、もうすぐ吹っ飛ぶからな」
「吹っ飛ぶって、まさか――」
「そのまさかだよ。この屋敷には、無数の爆弾が仕掛けてある。それらが爆発した暁には――大宮家は本当の意味で終わるんだ」
「そうか。――竹野内刑事、爆弾処理班はすぐ呼べるか?」
「そんなこと言われても、すぐに用意できませんよ」
「それはそうだな。ならば――僕たちで解除するしかない」
「僕たちってことは――みんな総出で解除するってことですか?」
「その通りだ。僕の予測が正しければ――爆弾の解除コードはある数字だ」
「ある数字?」
「そうだ。それは――大宮家にとって大事な数字だからな」
「なるほど。――じゃあ、やるしかないですね」
「そうだ。その心意気だ」
僕は、その場にいた刑事さん全員に頼んで、大宮家の屋敷に仕掛けられた爆弾のタイマーを解除するように要請した。後で知った話だが、仕掛けられていた爆弾の数は10個だった。だからこそ――僕たちは大宮家を本当の意味で守りきったのだろう。というよりも、僕が恐れていたのは――大宮家が地下に隠していた放射性物質が漏れ出すことと、戦時中に是枝製薬と共に研究していた「あるモノ」がそのまま跡形も残らず消滅することだったのだけれど。特に「あるモノ」に関しては――本物だとしたら、ノーベル医学賞が受賞できる代物だった。もしかして、高橋充はこの事を知った上で僕に事件の解決を依頼してきたのだろうか? だとしたら、相当な策士かもしれない。
――もっとも、僕がこういうモノにこき使われるのはあまり好きじゃないのだけれど。
食堂には、大宮家の面々や竹野内刑事、そして天海警部も待っていた。
「卯月さん、どこに行っていたんですか!?」
「お察しの通り――屋根の上だ」
「矢っ張り、春香さんは自らの意思で命を絶とうとして――」
「そうだ。彼女は自らの意思で命を絶とうとしたんだ。それを止めたのが――僕だ」
「ご苦労だった。それはともかく――卯月さん、事件の真相を説明してくれないか」
「天海警部、分かっています」
「それじゃあ――卯月さんの口から説明してもらおうか」
「そうだな。まずは――第1の事件、『大宮智晴殺害事件』から説明しよう。智晴さんが煙草を吸っていたのは皆さんご存知の通りでしょう。部屋からはマルボロのカートンが見つかっていますからね。それで――清恵さんは、箱が開いていた煙草の中にタリウムを注入したんです。それも、ミステリ小説では古典的な方法で」
「古典的な方法というと――」
「1本ずつ、注射器でタリウムを注入したんだ」
当然だけど、竹野内刑事は疑問を呈す。
「そんな面倒くさいことを、わざわざする必要があるんでしょうか?」
「あったんでしょうね。――彼には、莫大な保険金が掛けられていましたから」
僕の発言で、天海警部は驚きの表情を見せた。
「ほ、保険金!? それは本当か!?」
「本当です。彼は三流大学に行かざるを得なくなったが――理由は言うまでもなく両親にある。いかにして保険金を詐取するか考えた結果――彼には『何もしなくて良い』と伝えた。要するに、『余計なことはするな』と言いたかったんでしょうけど――彼はその言葉を額面通りに受け取ってしまった。その結果――高校時代に碌に勉強をさせてもらえなかった。これは僕なら、多分発狂すると思いますね」
僕の推理に、清恵さんが口を挟んだ。
「その通りよ。私は智晴に対して『何もしなくて良い』と伝えた。でも――彼は私の言葉を真に受けてしまった。それは『プロスポーツに手を出すな』と言いたかったんですけど、言葉足らずだった私に責任があるわ」
「智晴さんがやっていたプロスポーツって、なんだったんだ?」
「サッカーよ。それも、東京バーニングブルーズのユースに通っていたからね」
「東京バーニングブルーズですか。――確かに、そこのユースチームは大学への進学を特例的に認めている。日本代表で活躍している大卒エースの大半が東京バーニングブルーズに所属しているのも、そういう事情がある」
「絢奈さん、そういうことも詳しいんですね」
「僕は――サッカーが好きだからな。それはともかく、本当は智晴さんを東京バーニングブルーズに加入さたかったんじゃないんでしょうか?」
「そうよ。応慶大学に進学させて、大武選手以来となる現役大学生リーガーを目指していた。それは、私と智晴の間で共通の話題でした。でも――啓治さんがそれに反対したんです。『自分の実験が世間にバレてしまってもいいのか』って脅してきたんです」
「――そうだったのか。それは、智晴さんが気の毒だ」
「ですよね。絢奈さんなら分かってくれると思いました」
「結果的に、サッカー選手の道を断たれた智晴さんは、やさぐれてしまった。それで――煙草や女に手を出すようになった。危うく僕も彼に犯されるところだったからな」
「そうね。――確かに、あの夜智晴さんは絢奈さんを犯そうとしていた。私はそれが赦せなくて、智晴さんを叱った。そして――タリウム入りの煙草をテーブルに置いた。ただ、それだけの話よ」
「だから、智晴さんを殺害したのは紛れもなく清恵さん――あなただ」
「そうね。それに関しては正直申し訳なかったと思うわ。あんなことになるなんて――思ってもいなかったから」
「次の話に移ろう。『大宮深雪殺害事件』だ。僕が寝ている間に深雪さんが命を落とすという不可解な事件だが――この事件に関しては、トリックもへったくれもない」
「それって、どういうことなんでしょうか?」
「深雪さんは、命を落とす前に――急激な心拍数の増加が見られた。それは、僕が彼女の胸に埋めて寝ていたからよく分かっている。もっとも――その時の僕は、夢の中にいたのだけれど」
「それで――死因は何でしょうか?」
「水川監察医の話だと――タリウム中毒による心不全とのことだった。深雪さんは、自らのルーティンとして寝る前に口紅を差している。理由は、『起きた時に恥ずかしくないように』とのことだった。多分、彼女は
「夢魔? 急に幻想の話でしょうか?」
「夢魔。――ラテン語読みで『インクブス』という悪魔だ。インクブスと対になる存在が『スクブス』で、これは英語読みの『サキュバス』の方が分かりやすいと思う。スクブスは男性の枕元に現れる悪魔とされていて、相手の精気を吸ってしまうという言い伝えがある。もちろん、インクブスはその逆で――女性の枕元に現れて精気を吸ってしまう悪魔だ」
「それで――深雪は本当に夢魔を信じていたのでしょうか?」
「どうやら、その様子です。竹野内刑事、少しいいか」
「卯月さん、どうされたんでしょうか?」
「『アレ』を持ってきてくれ」
「――分かりました」
僕は、竹野内刑事に頼んで「例のモノ」を持ってくるようにお願いした。例のモノは――すぐに用意できた。
「まさか、現代にそういう話があるとは思いませんでした。本当に2020年代なんでしょうか?」
「一応、今は202X年らしい。でも――こんな前世紀どころか16世紀ぐらいの代物を本気で信じている方がどうかしている」
「あの、2人ともどういう話をしているのでしょうか?」
「清恵さん、これは――
「軟膏って、塗り薬のことですよね? それの何がおかしいんでしょうか?」
「ここで言う軟膏は――麻薬だ」
「麻薬!? 深雪は、そんなモノに手を出していたのでしょうか!?」
「清恵さん、残念だけど――それが事実だ。深雪さんは、とあるサークルのメンバーからベラドンナで出来ている軟膏を渡された。そのサークルは、『魔女の会』と呼ばれるサークルだ。このサークル自体は東京大学ではなく、他の大学のサークルらしいが――深雪さんはそこで『サバト』と呼ばれる儀式に参加していた。サバトとは、他の男性と交わり合ったり、自分で自分の『モノ』に触れて性的な快楽を得たりする――要するに、下品な儀式だ」
「深雪が、そんな
はしたない
ことを!?」「そうだ。――多分、深雪さんはどこかで
「そ、そんな――」
僕が知った事実を話したことで――大宮清恵の精神は完全に崩壊した。というか、僕が崩壊させてしまった。それでも、僕は話を続けた。
「次に――『大宮佳苗殺害
未遂
事件』だ」「殺害『
未遂
』? でも、佳苗さんは何者かに首を絞められて命を落としているんじゃ――」「ああ、確かに佳苗さんは命は落とした。しかし――
首を絞めたことと、首を切断したことは話が別だ
。首を絞めたのは清恵さんで間違いない。しかし、首を絞めただけじゃ――佳苗さんは命を落とさなかった。そこでとどめを刺したのが――啓治さんだ」「あ、あなた!?」
「そうだ。私が――佳苗を殺した。清恵、すまない」
「あの時、僕が竹野内刑事と話をしている間――佳苗さんはギターを弾いていた。多分、軽音楽部の練習をしていたのだろう。ところが、ここは殺人現場。ギターを弾くのはあまりにも不謹慎だ。イライラしていた清恵さんは――思わず彼女の首を絞めた」
「そうです。確かに――私はあの時『しつけ』として佳苗の首を絞めました。もちろん、殺すつもりは無かったんです」
「しかし、思わぬ
「あなた、一体何を――」
「その衝動は――自分の
「でも、どうして首を切断する必要があったんでしょうか?」
「答えは単純だ。――自分の愛娘を犯したことに対する証拠隠滅だろう」
「その通りだ。どうせなら――なかったことにしたかった」
「だからって、殺さなくてもいいじゃないか。もっと、いい方法があっただろう」
「私は――医師としてやってはいけないことをしてしまった。だから、この手で罪を滅ぼしたかった。その結果が――あの首なし死体だ。昔の時代劇で『三味線の糸を使って首を絞める』という描写があった。それを応用して――ギターの弦で佳苗の首を絞めた。佳苗はその時点で命を落としたが――どういう訳か、私は台所から菜切り包丁を持ってきて、佳苗の首を切断した。佳苗の首は――部屋の屋根裏に隠した」
「啓治さんの証言通り、佳苗さんの部屋の屋根裏から――彼女の首が出てきた。これで、もう言い逃れは出来ないだろう」
「そうですね。――私は、なんてことをしてしまったのでしょうか。もう、この家は終わりですね」
「それはどうだろうか?」
「そう言われても、この家が終わりなのは紛れもない事実だ。――この家は、もうすぐ吹っ飛ぶからな」
「吹っ飛ぶって、まさか――」
「そのまさかだよ。この屋敷には、無数の爆弾が仕掛けてある。それらが爆発した暁には――大宮家は本当の意味で終わるんだ」
「そうか。――竹野内刑事、爆弾処理班はすぐ呼べるか?」
「そんなこと言われても、すぐに用意できませんよ」
「それはそうだな。ならば――僕たちで解除するしかない」
「僕たちってことは――みんな総出で解除するってことですか?」
「その通りだ。僕の予測が正しければ――爆弾の解除コードはある数字だ」
「ある数字?」
「そうだ。それは――大宮家にとって大事な数字だからな」
「なるほど。――じゃあ、やるしかないですね」
「そうだ。その心意気だ」
僕は、その場にいた刑事さん全員に頼んで、大宮家の屋敷に仕掛けられた爆弾のタイマーを解除するように要請した。後で知った話だが、仕掛けられていた爆弾の数は10個だった。だからこそ――僕たちは大宮家を本当の意味で守りきったのだろう。というよりも、僕が恐れていたのは――大宮家が地下に隠していた放射性物質が漏れ出すことと、戦時中に是枝製薬と共に研究していた「あるモノ」がそのまま跡形も残らず消滅することだったのだけれど。特に「あるモノ」に関しては――本物だとしたら、ノーベル医学賞が受賞できる代物だった。もしかして、高橋充はこの事を知った上で僕に事件の解決を依頼してきたのだろうか? だとしたら、相当な策士かもしれない。
――もっとも、僕がこういうモノにこき使われるのはあまり好きじゃないのだけれど。