5話 懐かしの死地へ

文字数 2,600文字

「こちらUNリバティ1、コントロールタワー応答せよ」



 フォックスの無線を受け取り、ザザ……というノイズの後に人の声が答える。



「こちらコントロール、確認した。国連拠点空港、サンパウロステーションへの着陸を許可。二番滑走路に誘導する」



「リバティ1、了解」







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 エンジンを止め、フォックスとユリが格納庫に降り立つと、スーツ姿の男性が立っていた。いかにもエリートと言わんばかりの雰囲気を放つその男は、フォックスの姿を見るなり歩み寄り一礼した。



「フォックス=J=ヴァレンタインさんとユリさんで合っておられますか? 」



「ああ」



 男は静かに名刺を取り出し、フォックスの前に差し出す。



「ユニバーサル・ファクトリー、サンパウロ支部長の篠田と申します」



「宜しく、早速ですまないがここのラボで専用機あれの調整をしたい。出来ますかね? 」



 名刺を受け取りながら用件を伝えるには理由があった。



「後、少し出歩いてくる。調整作業はユリに任せる。」



「よろしいんですか?彼女はまだ…… 」



「案ずるなよ、あぁ見えて腕は一流だから」



 明らかに幼さが残るユリの佇まいからはメカニックの腕などは全く想像出来なかったが、フォックスの発言を信じることにして篠田は何も言わなかった。いや、正確にはそんな些細な事よりもフォックスの発言に引っ掛かりを感じていた。



「ここは戦場ですよ?出掛けるような場所はありませんが…… 」



 歩き出すフォックスを呼び止めようと篠田が振り返るも、ユリがその腕を引っ張った。



「今はそっとしておいてあげて…… 」



「えっ…… 」



 篠田は驚きを隠せなかった明らかにユリが纏う空気がまるでいきなり成人したかのように一変した。



「あなたも知ってるでしょう?サンパウロ(ここ)がどういう所なのか」



「どういう事でしょう? 」



 フォックスの事は天才パイロットだというくらいしか知らないのかと悟り、ユリが篠田に向かい合う。



「まあ良いわ、ギアを施設に運んでもらってる間に教えてあげる。彼と私の昔話をね…… 」







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 職員に事情を説明してバイクを貸してもらい、フォックスはとある場所に向かっていた。勿論、身の安全を保つため、護身用の拳銃とナイフを所持し、上着のコートには防弾用のカーボン板を入れてある。



 15年ぶりの街並みを目に焼き付けながら、飛ばしすぎずに走り続けるフォックス。そして、何かに押し潰されたかの様に倒壊したビルの前でバイクを停め、ゆっくりとビルに近づいていく。



「……変わらねぇなぁ」



 コートのポケットから煙草を取り出し、火を付ける。本来、戦場で煙の出るものを扱うのは自殺行為ともとれるが、米軍基地の近辺であるために兵士が接近してこないことをフォックスは理解していた。



「……ん?これは…… 」



 ビルの手前にひっそりと、コンクリート製の看板が建てられている。罠ではないことを確認し、フォックスはゆっくりと文字を読み始めた。



「なになに……『我が最高の師、フォックス=J=ヴァレンタインに捧げる。2511年2月』……ふん、物好きなこった」



 碑文の下の『レオン=アリシア サンパウロ基地司令拝命記念』の字を見て、フォックスは少しの感動を覚えつつ、煙を吐き出す。



「こんなもん作ってからによぉ、ガラでもないのにさ…… 」



 帰ろうと煙草の火を消し、バイクの鍵を取り出そうとポケットに手を入れたとき、特徴的なスライド音と共に、フォックスの後頭部に銃口が突きつけられる。



「戦場のど真ん中で煙草とは、随分死に急ぐスパイだな」



 聞き覚えのある声だとフォックスは思った。凛と鋭く、それでいて静かな口調に久方ぶりに味わう身の危険を察知した。この銃はどうやら本気らしい、と。



「9mm拳銃か。ということは士官様か?」



「ほう、レオン=アリシアを前に減らず口を叩けるか?それとも拷問を受けたくないから最後の抵抗か?」



 やはりか、こんな所に一人で来る物好きはお前くらいだろうーーそんな思いを胸にしまい、手を挙げつつ懐の拳銃とナイフを足元に置く。



「……ここは私にとって大事な場所でな、すまないが返答次第では死んでもらう。なぜここに来た? 」



 こういう所は変わらないのか、と思いつつフォックスは口を開く。



「忘れられなかったからさ。過去に踏ん切りをつけにね」



「貴様!何をふざけてーー」



 その瞬間、フォックスは両の拳を握りしめレオンの手を左右から殴り付けた。拳銃を持っている手に激痛が走り、レオンが拳銃を取り落とす。回転しながら右足で相手の足首を払うと、レオンがその場に倒れた。



「そういう詰めの甘さが俺の死を作ったんだとなんで気づけない?だから貴様もロバートも二流なんだよ」



「何を!…… 」



 予備の拳銃を構えようとして、レオンは相手の顔に驚愕した。



「フォックス!?……どうして……」



「言ったろ?過去に踏ん切りをつけにって」



 レオンはその一言でフォックスの言わんとしたことがわかった。



「まさか、例の新型機は……」



「そういうこった。次は戦場で会おう」



「待って!何故なの?何故今さらになって…… 」



 そそくさとバイクに鍵を突っ込み跨がるフォックスにすがり付く。



「許せ、俺は自分の答えを見つけたのさ」



 それはつまり、米軍から離れた現状に落ち着いたということなのだろうかとレオンは考えた。しかし、軍人として長く生き過ぎたのかその答えまではわからなかった。



「せめて死なずに顔を見せてくれ。じゃあなーー」



 フォックスがバイクを発進させる。握力の回復しないレオンはしがみつく事すら出来なかった。



「待ってフォックス!フォックスゥゥゥ!!ーーー」



 レオンの悲痛な叫びをかき消すように、バイクはエンジンを唸らせ、去っていった……

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