7話 理想と現実

文字数 1,970文字

車庫の職員に聞いたところ、フォックスは自室に帰ったらしい。作戦日時が決定したため、資料を届けることにした。

「フォックスさん、緊急の連絡があるのですが今よろしいですか?」

「どうぞ」

 ほとんど荷物を持って来なかったらしい。部屋の中には数着分の着替えしかなく、ビジネスホテルの寝巻き程度のものをシャツの上から羽織っている。

「……作戦か? 」

「分かりますか? 」

 封筒を手渡してすらいないのにフォックスは伝えたいことが分かったらしい。これが軍人の勘なのか、と篠田は感心した。

「恐らく2日後だろ?そこでアメリカかロシアの物資が底をつく」

「そこまでお読みでしたか、いやはや…… 」

 たかが数時間の外出で気づく辺り、『戦場の悪魔』と呼ばれていたのは伊達や酔狂ではないらしい。フォックスに封筒を手渡すと、フォックスはいきなり私の顔を凝視した。

「……何か付いてますか? 」

「いや、そうじゃない」

 フォックスが椅子を取り出し、篠田に着席を促す。そしてフォックスは机の天板に尻を乗せ灰皿を引き寄せると、慣れた手つきで煙草に火を点け、換気扇のスイッチを入れた。

「ユリから聞いたか? 」

「え、あ、いや…… 」

 なぜに気付かれたのか分からなかった。するとフォックスは一口目の煙を吐き出し、ニヤッと口角を上げた。

「なかなかに壮絶だったろ?得体の知れない物への恐怖は軍人ですら顔に出るもんさ」

「そうですか、それは恐れ入りました…… 」

 これが一流の実力らしい。しかし篠田にはただの超能力の類いにしか感じられなかった。

「だがいきなり罪の意識に目覚めた理由は分からなかった、違うか? 」

「確かに、気にはなりました」

 隠し事は不可能らしい。篠田は一切のごまかしを挟まずに聞いてみることにした。

「彼女に何か特別なものを感じましたか? 」

「勿論。ただし、もし潰したのが『彼女の親』だった場合は何も感じなかったろうな」

「え?」

 意外だった。むしろその方が胸にくるものが大きい気がしたのに。

「ここまで来たついでに俺の身の上話も聞いていくか? 」

「良いんですか!? 」

 ユリといい、なんと懐の深い方々だろうか。二人の心の強さに感動しつつ篠田はフォックスを促した。

「では、お願いします」

「さぁて、どっから話せばいいものか…… 」



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 フォックスの親は二人して研究者である。ギアの開発に関わっていたそうだ。

「やはりラボの見学が大きいだろうな。小さい頃にギアを見た衝撃は強烈だったね。」

 その後両親と同じ研究を志し、親譲りの頭脳をもって飛び級を繰り返した。そして18歳で機械工学の博士号を獲得した。

「なんと…… 」

 もはや次元が違った。そういったところの理解があってこそあの化け物じみた動きが実現したのか、と納得した。

「だがその年、ライバル企業の工作員に親が殺されてね」

 復讐の二文字を達成することが目的に変わったらしい。親の死亡保険でギアパイロットの育成学校に通ったそうだ。そこで操縦の技術を買われて軍に移籍した。

「今から思えば笑えるさ。その連鎖が戦争を持続させるとも知らないで…… 」

 それからは早かった。戦死扱いされるまでの僅か五年の間に24回出撃、148機撃墜の大記録を樹立。惜しまれながら戦場の表舞台から消えていった。しかも自分を倒したパイロットはかつての出撃で兄を殺されたということまで後に知ったと語る。

「結局、理想しか見えないのがダメだったらしい。まぁそんなやつはいないんだが」

 悲しそうに呟くフォックスの横顔を見て篠田は理解した。この人は何かを悟っている、しかもそれは未来を見据えての理論だと。

「でも、今の世界にあなたの理屈が通用するかは…… 」

「だからだよ」

 フォックスが篠田を見る。その目には一点の揺らぎも、曇りも見当たらなかった。

「今さら許してくれとは思わんし、かといって穏やかに暮らして死のうとも思わん。」

 気付けば、煙草の火も消えていた。

「ただ、今まで倒してきた全ての人の分は生き続けなければ、とは思う」

「……そうか」

 やはり、この人の人生を理解するには一度死んでみるしかないな、と感じつつ篠田は挨拶をして部屋を出た。



─────────────────────
 一方、フォックスは一人部屋の中で黄昏ていた。

「何が殺した分だけ生き続けるだと?笑わせる…… 」

 ドッグタグを見つめ、一人呟いた。黄ばんでいる裏の写真をなぞり、タグを握りしめた。

「レオンすら…… 婚約者すら幸せに出来なかった甲斐性なしがよ…… 」
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