6話 少女と元軍人
文字数 1,941文字
篠田は驚いていた。目の前の少女はまるでコンピューターかのように戦闘データをプログラムに書き換えつつ、ギア本体の調整スタッフに指示を飛ばす。
「そこの油圧、少し柔らかくしてもらえますか?えぇっと、5%落としで」
「左膝の関節モーター、出力10%増やしてもらえますか? 」
自分も画面と格闘しているのに、とんでもない能力である。並のメカニックではどれか1つの作業だけでもおぼつかないだろう。
「その実力があるなら本社スタッフにもなれただろうに…… 」
「やっぱり気になりますよね〜 」
「あ、いや……すまない」
本音が漏れ出てしまったらしい。しかし、ユリは全く動じることはなかった。
「同じような事を他のスタッフから言われたりはしなかったのか? 」
「ない。みんな私とフォックスの話を知ってるからさ」
どうやら、特別な何かが二人の間にあるらしい。
「大したことでもないし、話しましょうか? 」
「いいのか?」
イエスかノーかも答えず、ユリは話し始めた。
「あれはねぇ…… 」
─────────────────────
15年前のサンパウロで、フォックスは戦死したと思われた。しかし彼は強運の持ち主らしい、激痛で息を吹き返した。
「ヴ、オォォォォ…… 」
全身にガラスの破片が突き刺さっている。これはかなりの大惨事だ。ドッグタグは首元にあるが、ギアの通信機は基地と繋がらない。
「さては戦死扱いか、ったくよぉ…… 」
コックピットの端からサバイバルキットを取り出し、ギアから降りる。エンジンが爆発しなかったのは奇跡としか言い様がないが、腕時計も壊れており時間の把握すら出来ない。
「畜生め、これじゃあ…… 」
その時、ズボンの裾を引っ張られた様に感じ後ろを振り返る。そこには、ずたぼろの服を纏った少女がポツンと立っていた。五歳くらいだろうか?
「嬢ちゃん、パパとママはどうした? 」
「………ん……」
少女は指差した。それはフォックスが乗っていたギアの下敷きになり半壊したビルの、壊れている場所だった。
「お、俺は…… 」
その子の無邪気すぎる姿を見て、今更にしてフォックスは悟った。これが現実か、国のためだだの高い理想だの言っていても所詮俺はこんな子ども一人救っていない……
「……来るか? 」
「……うん」
気づけば少女の手を握っていた、何が出来るとも知らないで。
「……名前は? 」
「ない。あいつらはママから私を奪った人、名前もつけずに『おい、お前』って言うんだもん」
「そうかい、そいつは都合が悪い」
そしてふと目をやると一輪の白い花が道端に、正しくは『道であったであろう何か』の端に咲いていた。
「百合の花……そうだ、お前は『ユリ』だ。どうだ?悪くないだろう」
「うん、嬉しい……」
その白い花を摘み取り、ユリに手渡す。ユリはまるで親からプレゼントをもらうかの様にキラキラとした目で百合の花を見つめていた。
「これ、ずっと持ってる。」
「ずっとは無理じゃないか?お花はいつか枯れてしまうからな」
「そうなの? 」
「あぁ、残念な話だよ本当に…… 」
そう、いくら花が咲こうが気付かなければ踏み潰して行ってしまうのが人間という生き物だ。彼の目からは自然と涙が溢れていた。
「どうして泣いてるの? 」
「気にすることはないさ、何も…… 」
二人は歩いた。戦場から少し離れた場所に暮らしていた農家に助けられ、今の職場を教えてもらったらしい。
─────────────────────
「なんと、まぁ…… 」
「ね、言葉も出ないでしょ? 」
そしてユリはうつむいた。
「あの時のフォックスの涙は忘れられなかったわ。初めて人が泣いているのを見た」
そして、篠田に向き直る。
「だからね、もうフォックスが泣かなくて良いように私が側に居てあげるの。」
駄目だ、重すぎる。この二人には切っても切れないものがあるのだ、おそらくユリは彼の役に立つためにメカニックの技術を習得したのだろう事も容易に想像出来てしまう。
「すまない、悪いことをしてしまった」
「何で?」
悲しい過去に触れてしまった事に対して謝罪したつもりが、彼女はなんともないらしい。
「辛くないのか? 」
「むしろ逆。あのまま人買いに奴隷として扱われる位なら今の方が良いよ。生きてるって感じがする」
彼女の強さの理由が分かった気がした。今の自分には理解できないな、と思いつつコーヒーを淹れて差し出した。
「頑張って下さい」
篠田は静かに作業室を後にした。
「そこの油圧、少し柔らかくしてもらえますか?えぇっと、5%落としで」
「左膝の関節モーター、出力10%増やしてもらえますか? 」
自分も画面と格闘しているのに、とんでもない能力である。並のメカニックではどれか1つの作業だけでもおぼつかないだろう。
「その実力があるなら本社スタッフにもなれただろうに…… 」
「やっぱり気になりますよね〜 」
「あ、いや……すまない」
本音が漏れ出てしまったらしい。しかし、ユリは全く動じることはなかった。
「同じような事を他のスタッフから言われたりはしなかったのか? 」
「ない。みんな私とフォックスの話を知ってるからさ」
どうやら、特別な何かが二人の間にあるらしい。
「大したことでもないし、話しましょうか? 」
「いいのか?」
イエスかノーかも答えず、ユリは話し始めた。
「あれはねぇ…… 」
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15年前のサンパウロで、フォックスは戦死したと思われた。しかし彼は強運の持ち主らしい、激痛で息を吹き返した。
「ヴ、オォォォォ…… 」
全身にガラスの破片が突き刺さっている。これはかなりの大惨事だ。ドッグタグは首元にあるが、ギアの通信機は基地と繋がらない。
「さては戦死扱いか、ったくよぉ…… 」
コックピットの端からサバイバルキットを取り出し、ギアから降りる。エンジンが爆発しなかったのは奇跡としか言い様がないが、腕時計も壊れており時間の把握すら出来ない。
「畜生め、これじゃあ…… 」
その時、ズボンの裾を引っ張られた様に感じ後ろを振り返る。そこには、ずたぼろの服を纏った少女がポツンと立っていた。五歳くらいだろうか?
「嬢ちゃん、パパとママはどうした? 」
「………ん……」
少女は指差した。それはフォックスが乗っていたギアの下敷きになり半壊したビルの、壊れている場所だった。
「お、俺は…… 」
その子の無邪気すぎる姿を見て、今更にしてフォックスは悟った。これが現実か、国のためだだの高い理想だの言っていても所詮俺はこんな子ども一人救っていない……
「……来るか? 」
「……うん」
気づけば少女の手を握っていた、何が出来るとも知らないで。
「……名前は? 」
「ない。あいつらはママから私を奪った人、名前もつけずに『おい、お前』って言うんだもん」
「そうかい、そいつは都合が悪い」
そしてふと目をやると一輪の白い花が道端に、正しくは『道であったであろう何か』の端に咲いていた。
「百合の花……そうだ、お前は『ユリ』だ。どうだ?悪くないだろう」
「うん、嬉しい……」
その白い花を摘み取り、ユリに手渡す。ユリはまるで親からプレゼントをもらうかの様にキラキラとした目で百合の花を見つめていた。
「これ、ずっと持ってる。」
「ずっとは無理じゃないか?お花はいつか枯れてしまうからな」
「そうなの? 」
「あぁ、残念な話だよ本当に…… 」
そう、いくら花が咲こうが気付かなければ踏み潰して行ってしまうのが人間という生き物だ。彼の目からは自然と涙が溢れていた。
「どうして泣いてるの? 」
「気にすることはないさ、何も…… 」
二人は歩いた。戦場から少し離れた場所に暮らしていた農家に助けられ、今の職場を教えてもらったらしい。
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「なんと、まぁ…… 」
「ね、言葉も出ないでしょ? 」
そしてユリはうつむいた。
「あの時のフォックスの涙は忘れられなかったわ。初めて人が泣いているのを見た」
そして、篠田に向き直る。
「だからね、もうフォックスが泣かなくて良いように私が側に居てあげるの。」
駄目だ、重すぎる。この二人には切っても切れないものがあるのだ、おそらくユリは彼の役に立つためにメカニックの技術を習得したのだろう事も容易に想像出来てしまう。
「すまない、悪いことをしてしまった」
「何で?」
悲しい過去に触れてしまった事に対して謝罪したつもりが、彼女はなんともないらしい。
「辛くないのか? 」
「むしろ逆。あのまま人買いに奴隷として扱われる位なら今の方が良いよ。生きてるって感じがする」
彼女の強さの理由が分かった気がした。今の自分には理解できないな、と思いつつコーヒーを淹れて差し出した。
「頑張って下さい」
篠田は静かに作業室を後にした。