2話 悪魔再び

文字数 3,021文字

コックピットの中から、CGで合成された敵機の無惨な姿を眺めるフォックス。敵の諦めは悪く、下半身が吹き飛び右腕が動かないというのに左手だけで必死に彼の乗機を殴り付けている。がむしゃらなその姿勢に思わず笑いがこみ上げたらしく、フォックスの口元が緩んだ。

「えらく必死だな、上司を守るためか?」

 違う……、と敵が反論する。若さの溢れるその台詞にフォックスは一抹の寂しさを感じ、真顔に戻った。

「ロバート中佐は……上司をご自身のミスで失われた」

 また懐かしい話を、と思いつつ問い詰める。

「ほぅ、でそれの何に感動した?」

「せめて……せめて!、あの方の戦績に……名前を……連ね…て……」

 どうやら脳筋は部下に波及するらしい、との結論にたどり着いた。そして、間もなく死に行くこの愚かな新兵を相手に少し土産話をしてやろうと思い立った。

「ならば新人君、そのロバート中佐が失った上司の名前を知ってるか?」

 敵の回線に映像を載せて返信する。


「名前までは知りません……ただ、ついさっきの話だったので……」

 相手の困惑する顔が見える。それもそのはずで、相手のオープン回線に堂々と顔を晒しているのだ。特定を促しているのと同義である。

「その男の名前はな、フォックス=J=ヴァレンタインってぇんだ。冥土の土産に覚えときな。」


 敵機の破損状態上、通信機器は再起不能なのは明白だった。だからこそフォックスは顔を晒しているのである。

「フォックス?あの悪魔と呼ばれた……」

 敵も名前で気付いたらしく、タッチパネルに名前を打ち込み始めた。そして、画面に表示された個人データを見て顔色を変える。

「そんな!……これは……」

「な、笑えるだろ?」

 次の瞬間、フォックスのギアはアサルトライフルを手に取り、敵のコックピットを容赦なく銃撃する。

「当たり前だろ、俺なんだから……」



 画面越しの友軍機に通信が繋がらない。ロバートはただただ叫ぶしかなかった。

「伍長、逃げろ!!」

 焦っていた。この状況でギアを失うのは痛い。事実、すでに敵軍のギアが展開しており、総勢23機でのにらみ合いが勃発しているのだ。しかし、目の前の黒いギアはピクリとも動かない。

「仕方ない、彼には悪いが……… 」

 きっと時間稼ぎだとロバートは断定した。そして友軍機に、残るロシアとドイツの両軍に狙いを定めるように命令した。旧式ではあるが高火力な兵器を揃えた10機ものギアが一斉に撃てば、同数いる敵は一撃で倒せると踏んだのだ。


「狙いはいいな?……てェェ!!」

 ロバートの号令と同時に大小様々な火器が火を噴き、敵機を撃ち抜いた。しかし、最大の敵である黒いギアには傷一つ見受けられなかった。

「馬鹿な!?」

 そしてその変わりにはコックピットを蜂の巣にされた無惨な友軍機が転がっていた。



 元とはいえども軍人である。フォックスは相手の動作が何を意味するかを正確に理解した。アメリカ軍の射撃を、足元に落ちていた敵機をシールドがわりに拾い上げ防御する。

「相変わらず無茶苦茶だな、この状況で発砲するなど…… 」

 味方からの完全に破壊されたグレーのギアを見やる。破壊されたコックピットの惨状が鮮明に確認できた。

「運が悪かったな、来世があればリベンジマッチを受け付けてやるよ」

 朽ち果てた敵機を捨て、フォックスは敵の一隊を睨み付ける。

「相変わらず数押しの脳筋戦法かよ。もう少し学べってぇの!!」

 すぐさま倒れた敵のバズーカ砲を奪い取り、狙いを付けずに撃ちまくる。被弾した廃ビルが音を立てて崩れ落ち、一気に六機を打ち砕いた。


「この程度のハメ技も見抜けないとは、アメリカ軍も堕ちたものだな……」

 途方にくれる敵機の内、一機が突進をかけてくる。それも見越してのバズーカ乱射であったとも知らず、フォックスの間合いに突っ込む敵機は、見事なダガーの連撃で容易く撃破されていく。

「ここまで単純作業になるとは……馬鹿馬鹿しい」



 ロバートの目の前を、自機と同じ色のギアが駆け抜ける。

「待て!容易に突っ込むな!!」

 いよいよ以て現場の混乱が進み、誰も自らの命令を聞きはしない。またしても自らの不甲斐なさに腹が立ってくるが、その怒りを飲み込み、部下の機体をスキャンする。

 ギアの動力は全て、熱核融合エンジンである。フレームをなす超硬度チタニウム合金製でなければ動力のエネルギーに耐えきれない。勿論、フレームの動力近辺が変形すれば、パイロットの命はない。

「……ダメか……クソッ!!」

 瓦礫に埋められた六機の動力廻周りのフレームは原型を留めてすらいなかった。

「隊長……」

 勿論、激情に駆られた友軍機もにべもなく撃破されていく。当たり前の話で、自軍は『テクノ・フロンティア』製の武器しか使えないのに対し、相手はその他も含めて全ての企業の武器を使って戦っているのだ。使える武装の数が違う、どうやっても勝ち目がないのは百も承知の事である。


「隊長はお逃げ下さい!我々が殿(しんがり)を務めます!!」

「なんの為に無駄死にする気だ!今すぐここから……」

 部下機の肩を持つロバート機。しかし、友軍はその手を静かに払った。

「あなたが生き残ることに意味があるんですよ。」

「……分かった、すまない」

 ロバート機は静かに振り返り、そのまま戦場を後にした。


 目の前に広がる光景に、フォックスはただ感動していた。

「しっかしあれねぇ、いい武器転がして……」

 ものは試しということで、フォックスは目につく廃武器を手当たり次第に握ってみる。流石は最新技術の塊で、どの武器を握っても違和感はない。

「全く、いい腕してやがる」

 すると、身動き一つ取らなかった敵の一機が戦場からの離脱を始めた。

「ほぅ、引くことも覚えたか……」

 同時に、残りの三機がライフルを乱射しながら突進してくる。最新式のホバーパッドを使用しているため、いかんせん動きが速い。


「……だがそれでいいのさ!」

 そういうと、フォックスの機体はまるで酔拳をしているかのように動き始める。すると、示し合わせたかの様に敵の射撃も停止する。

「直線的な攻撃は良くないね、もう少し考えて動かんと」

 動きが完全に止まった一機に狙いを定め、正確にコックピットと動力炉を撃ち抜く。被弾と同時に敵が崩れ落ちる。

 観念したのか否か、二機とも武装をナイフに替える。一機はそのままの流れで真っ直ぐに突っ込んで来る。

「戦略としては悪くない、か……」

 近接格闘時は、二対一の状況を作り、挟み撃ちにすべし。この戦術を編み出したのは紛れもなくフォックス本人である。しかし、それはあくまで『被我の実力が拮抗している際』の戦術である。そこのところまではアメリカ軍全体に伝播しなかったらしい。

「脇が甘い!!」

 左脇に銃口を突き入れ、正面敵を撃破。その後一本背負いの要領で投げ飛ばし、後ろから近付くもう一機に正確に当てる。相手はピクリとも動かない。


「ふぅ、まずまずと言ったところか?」

 煙を吐く二機を尻目に、フォックスはヘッドセットのマイクをオンにする。

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