夏の命(人外×人間、現代FT/約1400字)

文字数 1,619文字



文字数  :約1,400字
ジャンル :ファンタジー
キーワード:現代 恋愛 人外×人間 短命種 魂 変則死ネタ
コメント :
「イラストから物語を想像する」という旧Twitterの企画で書きました。イラストのお題は「夏の終わり」でした。

イラスト作者はさなやとり様です。
アイコンから着想元イラストのツイートに飛べます。是非先にイラストをご覧ください。

◆◆◆◆◆◆

白皙の満月が、透明な光を降らせている。込み入った葉の織りなす形を地面に写し取ってしまえそうなほどに。
だが夏の盛りの太陽に比べたら、随分と優しい明かり。
尽きていく時は静かだ。季節も人も、命は全て。

貴方は太い幹に上体を凭せかけて、赤銅色の目を薄く開けている。

「gggggr, ggt. 泣くでないよ。来年にはまた遭えるのだから」
「でも貴方は死ぬのでしょう」
「確かに死ぬがね」

終わりを受け入れた言葉が、きつく胸を締め付ける。涙がまたぼろりと湧いて、先の一粒を押し流していく。

「魂は巡るのだ。君が嫌でないなら、私は次の生も君といたい」
「それは貴方じゃないわ」
「ggrgt. 私だろう?」

小さく尖った爪のある指の、背の側で貴方は涙を掬い取っていく。
繊毛の上で震える丸い粒は硬質な口元につるりと吸い込まれる。

「ああ、甘露。君のうつくしい魂に送られて逝くことの喜ばしさよ。どうかまた、」
「やめて」
「どうして。gggg...gtg?」
「魂なんてわたくしには分かりません。手を引いてくれた霧の朝も、二人で摘んだ花の蜜の味も、貴方はここに置いて逝くのに。身も心も別のものを、同じようには愛せない」

すうぅ、と浅い息を吐く音がする。
貴方の表情はとても分かりにくい。それでも、子供の小さなわがままを窘める老爺の色で、貴方は微笑んでいる。

「困ったね。記憶の殻が剥がれ落ちても、私は君に惹かれるだろう。それが君には辛いのだね」
「貴方がいなくなることが辛いのよ」
「そうか。gggt. ……そうか、困ったね」

森の奥の花園に、並んで座った時のように、微笑んでいる。

「酷いひと」
「ごめんよ、愛おしいひと。今生の私のみに注がれる好意が、私は存外嬉しいようだ」
「なら忘れないで」
「Gggrgt! 努めよう。しかしおそらくは難しい」

そう言うのならば、そうなのだろう。
貴方のことを殆ど知らない。夏とともに始まって、三月(みつき)で終わる恋だった。きっと一生痛み続ける恋だ。

隣の樹からぽつんと虫が落ちた。
順番に、一つづつ、命は消えていく。

「……ごめんなさい、駄々をこねて。わたくし来年の貴方を見つけ出すわ」
「ありがとう。魂は声に表れるのだ。gt, 私の声を聴き分けておくれ」
「ええ。必ず。この目に見えずとも、貴方の魂を慕っております」

死にゆくひとを(なじ)るのと、心にもないことを囁くのと。どちらが酷だったろう。
それでも――安らかに逝ってほしかった。

もはや涙は粒の体をなさず、はらはら流れ落ちる。
力なく頬を撫でる貴方の手を、そっと抱き寄せた。天鵞絨より滑らかな手。

「口づけてもいいかしら」
「勿論。身に余る、餞別だ」

唇を寄せ、触れ、口先を食む。
そのあいだ貴方は打ち震えるように息を止め、唇が離れてから細く長く吐き出した。

「gggg, gg... g......」

そして止まった。
赤銅の輝きがくすんで落ちていく。

貴方は微笑んでいた。

「ああ」

もういない。貴方は永劫どこにもいない。

秋の虫の大合唱が、鼓膜にわんわんと戻ってくる。貴方の亡骸だけが静寂だ。
朽ちた身体から魂は抜け()で、無数の声とともに空へ昇り、生まれ変わるのだろうか。
森の有象無象にまぎれた次の貴方を、本当に探すのか。

「探すに決まっている。わたくしはまた出遭うのだわ」

憶えていてくれる可能性を。僅かな面影を。それとも、欠けた心を埋める代わりを。きっと縋るように、求めてしまう。
同じく愛することなどできまいに。

すすき野を渡る風が、涙を乾かし始めた。
貴方の触れぬ頬はひりひりと引き攣れ、冷たかった。


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