―― 銀色の海(約1000字)

文字数 976文字

そっちはどう? ゆたにんと会えてる?
旅行先からっつったら絵はがきだよね。毎日LINEしてんのにオモロイな。
おじいちゃん家、のどか~~って感じ! 海がすっごいキレイ。
今夜は地元のお祭りがあるんだ。やぐらまでは行かないけど、なんか食べるもの買って花火見てくるつもり。
じゃあの♡ よき連休を(^υ^)





寂れた駅舎はぼんやり薄闇に佇んでいる。
黒々としたポストに滑り込ますと、張りのある紙のフチがかこんと空洞を打った。――もしかして、今出したんじゃ連休中に着かないかな? まいっか。
そのままちっちゃな踏切を渡り、ひと気のない浜へ。
屋台のキャラメルクレープはとっくに食べきってしまった。波打ち際に降りるコンクリ階段を、ゆっくりと踏んでいく。

どん。どん、ぱ、どん。和太鼓みたいな音がして、背後から赤や黄色の空気が流れてきた。
こちらの海は静かなままだ。暗い波の荒野が満月をチラチラ照り返す。吸い寄せられるように、私はさざめきに近付く。
(あ、貝)
お手本みたいに渦を巻いた貝殻がころんとある。拾い上げ、サンダルのまま波に踏み込んでちゃぷちゃぷ洗う。水は思ったより冷たい。

耳に当てると青い音がした。実物より鮮やかで、輝かしい、昼間の海。
夏の色。



「……うぅ、っ、く」
心の蓋が急に外れて、中身が零れはじめた。
あれから一度だって泣かなかったのに。どうして――、いや、分かってたはずだ。私はそのために季節外れの海に来た。

「ばか」
水面はよそよそしく銀にきらめいている。さわと寄せ、すうーっとどこまでも遠のく。
足をさらうそっけない感触が落ちた涙を連れ去っていく。
豊谷(ゆたにん)なんか……好きになるなよお……」
あぶれたものが波に溶け出し、私はわずかに透き通る。
「私だって、私の方が、……っ」

言葉にならない後悔も十年後には、少しの切なさを含んだサイダーの味になってるんだろうか。



ウエストポーチの中、貝殻がカチカチと鳴っている。昼に拾ったシーグラスとぶつかり合う音。
帰り道の空には大輪が咲いては消える。太鼓の合間を掠めゆくのは、どこかに忘れられた風鈴の声だ。

――私の夏が、駆ける季節に濾されていくのなら。
いつか大好きだってあなたに言おう。恋ではない想いとして。

手のひらに乗る貝殻。
緑がかったシーグラス。
二人で見上げた花火。
いつも買い食いする店の、軒先の風鈴。

夏の記憶に浮かぶ、綺麗なもの全部を込めて。


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