夏牢(百合、現代/約1600字)

文字数 1,801文字



文字数  :約1,600字
ジャンル :学園・青春
キーワード:百合/GL 恋愛 現代 高校生 失恋 親友
コメント :
「イラストから物語を想像する」という旧Twitterの企画で書きました。イラストのお題は「夏の終わり」でした。

イラスト作者は苺田衣服様です。
アイコンから着想元イラストのツイートに飛べます。是非先にイラストをご覧ください。

◆◆◆◆◆◆

水飲み場の蛇口から雫が落ちた。

「お母さんが夏服しまっちゃって。……ごめんて。つかなんで怒ってんの」
「半袖着てくって言ってたのに。まだ暑くない?」
「それな、今やばい汗かいてる」

薄い水溜まりをローファーで蹴飛ばして、待ち合わせ場所からあなたは歩き出す。
クリーニング帰りの黒い尾羽(スカート)を揺らし、肩越しに私を振り返る。

「行かないの」
「行くよ」

私は数歩遅れて、残暑を割いていく背中を辿る。散り散りになった水はもう乾き始めていた。

一月もすれば、黒はあなたの香りを吸い込んで、甘く熟した秋になる。
サイダーを浴びるほど飲んでた口に、あなたはモンブランの似合う微笑みを浮かべるんだろう。カフェの華奢なフォークを指先でつみまながら。
――や、どうかな。相手もクラスの奴だから、せいぜいファミレスかもな。
栗の尻みたいな坊主頭を思い浮かべて、私は硬い殻を奥歯で噛み割るとこを妄想した。

「……今日、豊谷(ゆたにん)も来るの」
「来るよ。ね、このチーク変? なんかぼわってしてる気いする」
「コメントは差し控えさせていただきます」
「せめて顔見ろよ」

見たよ。全部。
あなたの頬に影を落とすボルドーは、あいつが持ってたグラビアの秋メイクを意識した色。あいつが冬服の方が好きだって言ったの、私も横で聞いていた。
あなたはそうして、夏を脱ぎ捨てた。

夏服にこだわりなんてない。ただ、まだ同じでいられると思ってた。
揃いの姿は居心地よく、自分からは変えがたく、――薄い布地が尾びれみたいにあの日の記憶を呼び起こすから。
私はひとり、夏に取り残されている。





断崖のような夕だった。
ちょうど去年の夏休み前。
やっと慣れてきた高校生活はなぜだか息苦しい。頭の中が酸欠みたいにふわふわして、私は屋上に浮かんでいく。クラスは雰囲気いいし、部活は厳しいけど楽しい。なのに。

落下防止のフェンスを握りしめると耳障りな金属音が軋んで、お前はどこにも行けないんだと笑っている。赤い陽の中で焦げていくのは多分憎しみだった。

「……これにしがみついてると上下感覚がおかしくなってさあ」
「は?」

知らない顔がいつの間にか隣にあった。私と同じく、フェンスにぎゅっと押し付けた身体が揺れている。
口をすぼめて、あなたは言う。

「魚な気分」
「なんだっけ。地引き網?」
「ぽくね?」
「全っ然。え、誰」
「隣のクラスなんだけど。選択で同じ授業」

なんかズレた奴、という第一印象。それは今も変わってない。
変わってないと――思ってたんだけどな。

「てか捕まった魚とか終わってるじゃん」

あなたは答えず、フェンスにしがみついたまま、真っすぐ片腕を上げる。
つられて頭上を仰ぐと、開いた手のひらは彼方を掴むように――

瞬間。
四角く狭い屋上がぐらりと横倒しになる。
私は果てしない深紅の海めがけて、網を発つ魚だった。





「あのさ」

前を歩いたまま、あなたはひそやかに言う。
私がちゃんと聞いてると信じ切った声は、甘く色づき始めている。

「昨日、豊谷(ゆたにん)に告白してさ」

季節が一巡りする間、ずっとあの日の残照に浸かっていた。
私はどんなに遠く泳いでも、けして水から抜け出せない魚。あなたは水面に映った鳥。しなやかに空を踊っては実りを食む。

「付き合うことんなった」
「そ、か。おめ」
「ありがと。あのさ、ダブルデートしたくない? 好きな人いないの」
「いないなあ」

泡と消えゆく、あなたの脱けがら以外には。

男子しか好きにならないと思ってた。ネットに転がってる百合マンガも、ロングホームルームで見せられた映画も、私に自覚をくれなかった。
やっと手を伸ばしたときあなたはもう飛び立とうとしていた。
羽根をもいで閉じ込めておこうなんて、許されない願いだ。

「彼氏できたっつって、付き合い悪くなんないでよ」
「おー」

奥歯を噛みしめて隣に並ぶ。親友の顔をする。

「突拍子もないことばっかして愛想尽かされるなよ」
「はいはい」

あなたの去った水底で影に縋らないように。あなたがあいつと別れても、再び恋はしない。

軽い裾を翻して歩いていく。
私は夏を抱いて。


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