―― N(約900字)
文字数 887文字
光が見えた。
目覚め、始まり、歓びの白。
窮屈な場所で僕は身 動 ぐ。もう少しだけ、うとうとしていたい。
でも、
「……、…………。……」
呼んでいる。誰かが。
魂が震え、熱をもつ。僕は薄膜に爪を掛けて――、
◆
大樹の根に抱かれ、苔で覆われた空洞は、彼らの揺り篭だった。
最奥には、膜に包 まれた胚の微睡み。
頭上から一筋の光が流れ落ちる。
とろりと照らされた――未だ生まれ出でぬ魂の眠りを、柔らかい爪が内から割り開いてゆく。
ねぼすけな最後の一人は今世に顔を覗かせ、伸びやかに喉を鳴らした。
「kkkkkr... Krrt...」
「おはよう、初めまして。美しい朝ね」
世界に触れたばかりの貴方は少し小柄で瑞々しい。
赤瑪瑙 の目が濡れて揺らめき、何度も瞬いて、ゆっくりとこちらに焦点を結んだ。
「あなたは……僕を、呼んでいた?」
「ええ。わたくしは貴方に遭いに来ました」
「じゃあ、ずっと一緒にいよう。krtk, 澄んだ魂のひと」
「まあ!」
幼さゆえか、生来の気質か、なんて率直でいじらしい。
去年の貴方は控えめで、心を言葉に表すことは稀だった。かわりにいつも寄り添ってくれた。最期の時まで。
記憶が、重たい鎖となって、次々に心を巡る。
去年。一昨年。最初の夏――、その終わり。
「ねえ、悲しい? 嫌だった?」
「……いいえ。嬉しいのよ。どうかわたくしと添い遂げて、愛おしいひと」
不安げだった目元が緩んだ。
若芽の繊細さで傾げられた頭に、指を添え、頬をそっとなぞる。ふっくらした笑みを、夜明けの祝福が照らしている。
数日のうちにも瞳は金属の艶を得て、水琴鈴に似た高い声は馴染みの音程になるだろう。
その移りゆく姿を、貴方と過ごす三月 の彩りを、全て見つめていたい。刹那も逃さず傍に居たい。
「Krktr. ありがとう。僕もとても、嬉しい」
爪をきゅっと握り込んだ手で抱き締められる。
首筋に顔を埋 め、深く息を吸う。記憶の中のものに良く似た、知らない香り。
「温かいわ」
「kr, ふわふわするね」
静穏の狭間で互いの命を確かめ合う。
一粒だけ落ちた涙は、貴方の背で煌めき転がっていった。
同じく愛したことはない。
夏が来るたび鮮烈に、貴方と恋に落ちる。
目覚め、始まり、歓びの白。
窮屈な場所で僕は
でも、
「……、…………。……」
呼んでいる。誰かが。
魂が震え、熱をもつ。僕は薄膜に爪を掛けて――、
◆
大樹の根に抱かれ、苔で覆われた空洞は、彼らの揺り篭だった。
最奥には、膜に
頭上から一筋の光が流れ落ちる。
とろりと照らされた――未だ生まれ出でぬ魂の眠りを、柔らかい爪が内から割り開いてゆく。
ねぼすけな最後の一人は今世に顔を覗かせ、伸びやかに喉を鳴らした。
「kkkkkr... Krrt...」
「おはよう、初めまして。美しい朝ね」
世界に触れたばかりの貴方は少し小柄で瑞々しい。
「あなたは……僕を、呼んでいた?」
「ええ。わたくしは貴方に遭いに来ました」
「じゃあ、ずっと一緒にいよう。krtk, 澄んだ魂のひと」
「まあ!」
幼さゆえか、生来の気質か、なんて率直でいじらしい。
去年の貴方は控えめで、心を言葉に表すことは稀だった。かわりにいつも寄り添ってくれた。最期の時まで。
記憶が、重たい鎖となって、次々に心を巡る。
去年。一昨年。最初の夏――、その終わり。
「ねえ、悲しい? 嫌だった?」
「……いいえ。嬉しいのよ。どうかわたくしと添い遂げて、愛おしいひと」
不安げだった目元が緩んだ。
若芽の繊細さで傾げられた頭に、指を添え、頬をそっとなぞる。ふっくらした笑みを、夜明けの祝福が照らしている。
数日のうちにも瞳は金属の艶を得て、水琴鈴に似た高い声は馴染みの音程になるだろう。
その移りゆく姿を、貴方と過ごす
「Krktr. ありがとう。僕もとても、嬉しい」
爪をきゅっと握り込んだ手で抱き締められる。
首筋に顔を
「温かいわ」
「kr, ふわふわするね」
静穏の狭間で互いの命を確かめ合う。
一粒だけ落ちた涙は、貴方の背で煌めき転がっていった。
同じく愛したことはない。
夏が来るたび鮮烈に、貴方と恋に落ちる。