夕方屋と透明な夕焼け FullVer:異世界転移の8000字

文字数 8,417文字

 
『夕方屋』
 僕はそう呼ばれている。
 夕焼けを結晶に閉じこめるのが僕の仕事。もっと具体的にいうと僕の仕事は「異世界転移ナビゲーター」地球担当。
 色々なお客さんが世界を渡る時のお手伝いをするんだ。

 けれど、一人だけ失敗したお客さんがいる。
 名前はベスさん。でも、なんとか再出発できそうだ。
 小瓶に入った『透明』な色合いの結晶を傾けると、結晶はさらさらと細かい粒になって、こぼれたそばからすうっと同じ色の景色にまざって溶けていく。そこを起点にゲートが開く。
 次の世界の夕焼けを探しに行くための扉。
 目の前には、ベスさんと初めて遭った日と同じような透明で不思議な夕焼けが広がっていた。

 少し時間を巻き戻そう。
 僕が生まれた異世界の歴史は他の異世界からの侵略に対する防衛で埋まっていた。次から次へと異世界人が、僕らの世界の資源を求めて攻めてきた。だから僕らの世界は必至で異世界転移の理論を研究して、嫌な世界は切り離して接触できないようにした。
 僕らの世界は平和になって、この技術は友好な世界との交流に転用された。異世界旅行はいまやビジネスと娯楽。その一役を担う仕事、それが「異世界転移ナビゲーター」。簡単にいうと色々な人が世界を渡る時のお手伝いをする。
 異世界旅行はまだ高価だけど、僕は昔から異世界に行きたいと思っていて必死で勉強してなんとか資格をとった。
 だって浪漫じゃない? まだ見ぬ異世界と冒険。それでお金がもらえちゃう。

 今の配属は地球の日本という場所。結構気に入ってる。
 僕はお客さんが元いた世界の情報を受け取り、地球に転移するための場所をつくって情報を地球に紐づける。異世界っていうのはいろいろ法則が違うんだ。例えば魔法で物を動かす世界からこの地球みたいに物理で物を動かす世界に来た場合。お客さんは地球世界の物理法則が通じない場所から来てる。そこで地球の物理法則が適用できるように地球をごまかす必要がある。地球を騙してお客さんをこの地球の存在だと思い込ませるんだ。
 魔法と物理はちょっと使い方が違うから初めてのお客さんは慣れるのに少し時間がかかるけど、地球で生活するには必要なこと。そうしないと重力が働かなくて、飛んで行ったりしちゃうからね。

 それじゃあどうやって地球をごまかすか。
 僕はお客さんがこの地球に転移した瞬間、お客さんとこの地球の風景を1つのデータに収めて結晶化して、瓶に詰めて保管する。小瓶の中ではキラキラとしたその風景が広がっている。ここにちゃんと証拠があるんだぞ、お客さんはこの地球の存在なんだぞ、って地球を騙す。地球とお客さんを1つに収めたこのデータ結晶がある限り、地球は騙され続ける。世界というのは案外ぼんやりしていて、そんな小さなことにかかずらわってはいられない。
 反対にお客さんが別の世界に転移するときは結晶を地球の風景に返してデータを消去すればいい。それで地球の誤解は解けて、お客さんは新しい世界に旅立っていく。

 でも地球をごまかす方法は色々あってその世界の物質とお客さんを合成して世界を騙す方法を使う人が圧倒的に多い。けれども僕の方法はお客さんの負担が少ないから結構好評だ。特に気体や液体といった物質が混ぜづらい、そして一体混ざると取り出しにくい性質の異世界人にはこの方法が適している。
 僕が風景を結晶にするのは決まって夕方。色が好みなのもあるけれども、理由は2つ。

 1つ目は地球の特性。
 地球はもともと世界の輪郭が不確かで、特に夕方の時間帯は『逢魔が時』って呼ばれるように世界と世界のの境界が薄くなる。異世界から転移してくるにはぴったりな時間帯。
 2つ目はデータ結晶の消去のしやすさ。
 地球の誤解を解くには夕方は最適な時間。この結晶はジグゾーパズルのピースに似てる。昼のピースの隣に夜のピースが置けないように、データ化した時の風景と同じ色合いがないと、うまく風景に戻せない。
 地球を染める天体は太陽と月しかないから地球の色って案外単純。地面の色は青か緑か茶色か白。空の色は青か灰色か白か黒。
 単色だと似ている色だと思っても、隣りに置いてみると少し違うってことはよくあって、うまく合わせるのが大変。
 でも例外がある。それは夕焼けと朝焼け。

 あの真っ黒な地表から立ち昇る不思議なグラデーション。
 中心の太陽の濃い黄色を起点として、瞬く間に吐息のように薄い青から激しく燃えるオレンジ、悲恋のような茜、冷たい海の底のような藍、静かな夜の始まりの紺、そんな様々な色が、時に地層のように空につもり、時に浮かぶ雲に乱反射して、複雑な色合いを見せながらもあっという間に世界を昼から夜に切り替える。
 この九十九折のように彩なす世界の色の切れ目のどこかにピースをはめ込むのは簡単だ。その後に身を潜めるにも夜は都合がいいしね。

 だから、僕は結晶を作る時間に夕方を選ぶことが多くて、ついたあだなは『夕方屋』。
 夕焼けを背景に到着したばかりのお客さんの姿をデータを取って結晶化して、小さな瓶に封入して保管する。瓶の中ではお客さんと地球の夕焼けの色が混じった結晶が煌めいている。

 でも、ベスさんの場合は失敗した。
 特殊な事故が起こったんだ。
 ベスさんは液体型異世界人のお客さんだった。地球に転移する直前、世界の狭間で同じように地球に転移してくる何かと衝突してしまった。
 その余波が世界と世界の間に小さな穴を開けてしまった。その結果、次元流が発生して地球の境界が一瞬侵食された。その瞬間、ベスさんの到着予定地点は吹き飛ばされて次元流の巻き起こす『透明』な色に飲み込まれた。
 僕はその瞬間を結晶化してしまった。
 途方にくれた。

 ベスさんが他の世界に転移するにはこの『透明』な夕焼けを再現して結晶を地球に返さないといけない。
 でも僕らの世界の技術で地球に『透明』を再現しても、それは『地球の風景』じゃない。お水とお酢が混ざらないように、地球は風景の返却を拒否するだろう。

 僕は長年地球で暮らしているけど、あんな色の空は初めて。ほんと、どうしたらいいんだろう。
 ベスさんは自分は寿命がない種族だからかまわないといってくれたし、会社からも天災のようなものだから僕に責任はないと言われた。
 でも、ベスさんはもう地球から動けない。僕の失敗でベスさんの人生を台無しにした。ベスさんは家族を探すために世界を渡っていたのにそれも叶わない。申し訳なさで目の前が真っ暗になった。ベスさんがいい人な分、余計に申し訳なかった。

 そんな時、会社から辞令があった。
 ベスさんの事故は会社設立以来初めての事象。だから解決のために特別チームが組まれた。僕もベスさんの担当者なのでチームに参加しなさい。僕は下っ端の現地職員に過ぎなくて、専門家ばかりのチームは正直レベルが違い過ぎて、かなり緊張した。でも、少しでもベスさんの力になりたかった。
 大きな会議室では技術主任と現地調整担当官の議論が続いている。

 検証の結論。
 地球で『透明』を再現するためには、世界の境界で再び次元流を発生させる、つまり事故を再現するのが一番確実だという結果が得られた。でも、それって今の地球の技術じゃ不可能。
「技術的には容易なはずだ。地球の物理法則は既に解明されている。こちらの世界との技術の互換は可能だ」
「技術的な話じゃない。こちらの技術を一方的に地球に流せば、将来的に地球世界に侵略とみなされる可能性がある。その場合、世界同士が敵対関係になって、こちらの世界からの転移を地球に拒絶される可能性がある」
 僕らの世界でもあった歴史。ある異世界の人たちは僕らの世界を文明的に支配しようとした。だから僕らはその異世界との関係を拒絶した。
 そこに財務官が乗っかる。
「そうだ。そうすれば地球への航路自体が消滅する。航路の開設にいくらかかったと思ってるんだ。問題外だ」
 議論は紛糾し、何度も重ねられた。
 結論は、次元流を地球の技術で再現すること。でも僕らの技術は使えない。地球の人たちの手での再現が必要。
 そんなこと、可能なんだろうか。
 みんなが頭を抱えた6回目の会議、その日から会議に参加した監査官のダトゥワイさんが口を開く。
「地球の技術で次元流を起こせばよろしいのでしょう?」
 静まり返った部屋に澄んだ声が響く。でも、それはこれまでさんざん議論してきたこと。現地調整担当官がいつものように苦々しく口を開こうとするのをダトゥワイさんは手で遮って続きを紡ぐ。
「これまでの議論の経過は拝見しております。ようは地球が自らの世界のものと認識する方法での干渉であれば問題はないということではありませんか」
「それはそうですが……議事録を読まれているのであればその方法で行き詰っているのはおわかりでしょう」
「ええ、そして何故そこで止まっているのか疑問に思って本日参じました。皆様、我が社の業務は何でありましたでしょうか。夕方屋さん、あなたのお仕事はなんでしょう。それこそ、あなたがここにいる意味ですよ」
 ダトゥワイさんは長い指を僕に向ける。突然のことに混乱する。参加はさせてもらっていたけど、技術的なことも政治的なことも全然わからなかったから、発言なんてしたことなかった。会議の参加者は、みんな僕の存在に初めて気づいたかのように僕を見た。
「えっと、異世界転移のナビゲーターです。お客様を地球世界に紐づけます」
 その瞬間、参加者たちの目が大きく見開かれた。
「つまり夕方屋さんのお客様は地球に今、地球の存在と誤認されています。それであれば、その方々のご協力を賜れば、地球に不当な干渉とみなされることはないでしょう。夕方屋さん、今、地球のあなたの管轄に長期滞在のお客様は何名おられますか」
 ますます強まる視線に、心臓がキュッと鳴る。
「えっと今16名の方を担当しております」
「なるほど、夕方屋さんの顧客満足度は極めて高いと伺っております。その方々にご協力頂くことは叶いましょうか」
 少し考えて、ドキドキする頭でお客さんの顔を思い浮かべる。僕はお客さんの地球での生活に問題はないか定期的にカウンセリングを行なっている。みんないい方ばかりで、仲良しだと思う。
「協力の内容によるかと存じますが」
 ダトゥワイさんは赤い唇を緩やかに上げて、なるほど、とつぶやく。
「では、ご無理のない範囲でご協力を賜りましょう。謝礼は転移3回分の最高ランクのクーポンで如何でしょう。被害者の方には追加で2枚を」
 会議室全体がゆれるようにざわめいた。最高ランクのクーポンは超上級層でもなかなか手に入らない幻の品。都合50枚なんて新しい転移ルートを開拓するのと同じくらいの莫大な費用。財務官は悲鳴を上げる。
「明らかに赤字です! 断る顧客がいるとは考えられません。いくらに相当するとお考えですか!?」
「勘違いをされていらっしゃる。これは当社の千載一遇のチャンスでもあります。天文学的確率の事故すらリカバリが行える。上級顧客の求めるものは安全性でしょう。これ以上の先行投資先と宣伝効果が見込めるものはありましょうか? わたくしの立場では、十分な利益が見込めると判断いたします」
 鶴の一声で地球の技術改革を推し進める一大プロジェクトが発足した。僕はさっそくお客さんに連絡した。報酬があまりに破格だったので皆さんに諸手を上げて協力をお約束頂けた。
 肝心のベスさん以外。

 ベスさんはそもそも変わった人だった。
 事故で一番被害をうけてるのはベスさんなのに申し出を断った。あまつさえ、会社に救済を止めるように掛け合ったらしい。迷惑かけてるみたいで申し訳なくて嫌。
 会社からはこの計画は今後同様の事故が発生した際のリスク管理で、成功しても利用するかはベスさんの判断に委ねる、と言われてしまったらしい。
「そうまでいわれると、もう何も言えないよね」
 でも、ベスさんはこのままじゃずっと地球にいることになる。家にも帰れない。僕としては会社の意見に反対する意味がわからない。
 だから僕は会社の指示に従った。僕のお客さんの大半は人間の生活に溶け込んで暮らしている。その人間関係を技術の発展につながる方向に少しだけ向けて、それとなく情報を流してもらう。この地球の情報網、インターネットにも僕らの技術を少しずつ流す。現地調整担当官の意見も聞きながら慎重に。
 流出された情報によって地球の技術は最初はゆるやかに、そして一定を超えたら目に見えて爆発的に発展し、とうとう次元流を制御するための諸条件が整えられた。

 けれどもただ1つ、次元流を呼び寄せるための誘因物質だけがみつからなかった。
 次元流は世界と世界の間を流れていて、もともと地球にはないもの。次元流を近くに呼び寄せるためには『イヴィ』という微細な物質、微粒子が必要だ。僕らの世界には普通にありふれていた存在だっただけに僕らにとっては盲点だった。というか、今は厳重に管理されているけどイヴィがたくさんあったからこそ、イヴィを求める異世界からの侵略を受けていたんだから。
 あと一息と沸き立っていた僕らは、想定外の頓挫に再び途方にくれた。流石に存在しない物質を持ち込んで世界に穴を開けるのは、どう考えても敵対行為だ。カウンセリング時、僕は重い気持ちでベスさんに報告する。

「夕方屋さん、俺、本当に気にしてないんだよ」
「そういっても地球から出られないんですよ?」
「なるようになるし、ならなかったら仕方ないし」
「でも、僕はせっかくだから幸せな転移を提供したいんです。結局……無理のようで悔しいです」
 ベスさんは少し困った顔で僕を見て、うーん、と首を回して壁の一点に目を止めた。それから僕のカウンセリングの間中、悩むように逡巡して、最後にためらいながら口を開く。
「夕方屋さんさ、進捗は当事者だから聞いてるんだけど、ようは地球にイヴィがないんだよね?」
「そう聞いています。あまり詳しくはないのですが」
「前にも聞いたけど、夕方屋さんは異世界旅行したいんだっけ」
「本当は色々行きたいんですけどお金かかるし難しいですよね。だから勉強してナビゲーターの資格を取って地球にきました」
「じゃぁお願い聞いてくれるかな。……俺、今、半分くらいイヴィなんだ」
 えっ? 
 何故か少しためらうようなベスさんの表情と話のつながりがわからなくて混乱する。
「隠してたけど次元流に巻き込まれた時に汚染されたみたいで」
「対価はいかようにもお支払いいたします」
 突然の背後から聞こえた声にも混乱して振り返ると、ダトゥワイさんが立っていた。
「監視してたんですか!?」
「何も君を監視していたわけではない。被害者のベス氏の同意を得てモニタリングさせて頂いている」
 ベスさんは、この人たち断っても保証のためだって諦めないんだよね、と困った顔で頷く。
「なるほど、ベス氏が健康調査を拒否する理由と検証に近づかない理由を理解致しました。イヴィが反応しないよう隠しておられたのですね」
「まあそれもあるかな」
「わざわざ口に出されたということは、イヴィの採取にご協力頂けるということでしょう?」
 あれ? ひょっとしてベスさんは僕を気遣って言い出してくれたの? でもちょっとまって、イヴィに汚染ってつまり
「えっと、あの」
「夕方屋、これは我が社とベス氏との取引だ。遠慮願う」
「でもね、俺がお願いを聞いてほしいのは夕方屋さんのほうなんだ。夕方屋さんに専属になってもらって一緒に旅がしたい」
「それが無理なことはご理解されているでしょう?」
 ダトゥワイさんは細い眉を潜めてベスさんの発言を切り捨てる。
 なんで僕? 僕は立場的に難しい。もっと適切な人なんてたくさんいるはず。
 他の世界を経由することによって拒絶した世界から再侵略をうける、そんな事態を警戒して転移技術を持つナビゲーターの移動は厳しく制限されている。それにベスさんが利用するような個人クーポンは転移先で転移者同士が共謀したり争ったりしないよう、転移者に対する認識阻害制限がかかってる。だから別々に転移しても家族とかの例外を除いて認識できない。
「うん、だからお願い。俺は死んじゃうかもだし被害者死亡でその死体を使ってゲートを開けて莫大に儲けるのも会社は外聞悪いでしょう?」
「ではすぐに除去して治療を行いましょう」
「それ、無理なんだよね」
「ベスさんなんで黙ってたんですか? 半分も汚染されたらもう……無理でしょう?」
 僕の叫びにダトゥワイさんは首を傾げる。
「どういうことだ、夕方屋」
「ベスさんは種族的にイヴィ、というか物質汚染にとても弱くて1度汚染されたら助かりません。半分も汚染されてるなら、……もう無事なのは核くらいです」
 僕が事前に受け取ったベスさんの情報から明らかな事実。ベスさんは液体型異世界人で、様々な物質、とくに微粒子なんかと混じり合うと取り除くことは不可能に近い。
 驚いて、それから悲しくて、思わず涙が頬を伝う。どうしようもないってわかってたから、気にしなくていいって、いってくれてたのかな……。ダトゥワイさんも絶句した。
「お姉さんは偉い人なんでしょう? 核だけでも夕方屋さんが運んでくれないかなってちょっと思ったんだ。まあ俺も随分長生きしたし夕方屋さんにも悪いからダメなら諦めるけど、その時は俺の死体は夕方屋さんにあげるから功績に少しプラスしてあげて? たくさん心配してくれたから」
 ベスさんは優しく微笑んだ。
「……私の方は対処可能でしょう。夕方屋をわたくしの直属とします。監査官の部下として特定対象の監査という名目であれば除外事由となります」
 ダトゥワイさんは言葉を切って、躊躇いげに僕とベスさんを交互に見る。
「しかし夕方屋はそれで、よいのだろうか? ベス氏と一緒に世界を渡るという意味を、理解はしているのだよな」
 僕の心はもう決まってた。そもそもベスさんがこうなったのは僕のせいだ。僕はなんとかベスさんの役に立ちたい。
 でも情報ではベスさんはすでに設定された家族、探している家族がいるから僕を家族に登録はできない。そうなると方法は1つ。僕もナビゲーターだから、その意味はわかる。それにベスさんのせっかくのお誘い。異世界旅行はもともと僕の夢。普通なら迷うだろうけど、僕はなら、迷わない。
 僕は大きく頷いた。

 ダトゥワイさんの動きは早い。その日のうちに僕は配置転換され、ベスさんの監査が任務になった。といっても書類上の話で僕はずっと地球にいたままだけど。それからベスさんは自分の体、つまりイヴィの提供と引き換えに会社から使用回数無制限の一般クーポンを1枚勝ち取った。
 ベスさんはイヴィに汚染された身体を捨てて核だけが取り出され僕の右眼窩におさまった。
 一緒に異世界を渡る方法の1つ。同じ1つの生き物になればいい。共生体の種族が使う方法。僕はこれからベスさんと一緒に世界を渡って生きていく。同じ体を使うようになって、僕はベスさんといろいろ話をした。
「これが俺の家族の風景だ。この風景があるところに家族がいるはずなんだ。でも俺じゃ色の区別がつかなくて困ってた」
 ベスさんは僕の体を使って鞄から夕焼け色の結晶の入った瓶を取り出す。ベスさんは突然いなくなった家族を探して途方も無い年月、世界を渡っていた。途方もなさすぎて、家族がどんな人だったかも忘れるほどで、ほとんどあきらめて、このまま死ぬのも運命かなと思ってた。でもカウンセリングの時、僕の作業場で結晶が入った瓶を見て、最後の希望を見出した。
「ナビゲーターの夕方屋さんなら、この結晶がとける景色を見つけられるかなと思って」
 瓶の中の結晶は複雑な色に煌めいている。これがどこの世界で作られた結晶かはわからないけれど、それを見ればきっとわかる。
「大丈夫です、僕はきっとこの夕方を見つけます」
 用意が整ったとダトゥワイさんから連絡があったのはそのしばらく後。
 ちょうど時刻は夕方で、目の前のオレンジ色の夕焼けにイヴィが干渉して地球の内側から次元に穴が空き『透明』が満ち溢れていく。
 ベスさんの小瓶から流れ落ちる『透明』な結晶はさらさらと風景に溶けていき、ブゥンという小さな音とともに転移のゲートが開かれた。僕自身の結晶も他のナビゲーターが同時に違う場所で夕焼けに溶かしてくれている。

 ベスさんは夕焼けを探して世界を渡る。僕も世界の色が切り替わる時間、夕方が大好きで色んな世界の夕焼けを見て回ることが子どもの頃からの夢だった。これから2人で世界を渡ってたくさんの夕焼けを探そう。
「夕方屋さん、これからよろしくね」
 僕の頭に声が響く。
 こちらこそ、と僕らしかいない風景に小さく語りかける。
 開いたゲートに一歩足を踏み込み、超える。お世話になった地球にさよならをして、新しい夕焼けを探しに。

Fin
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