寿命とは:謎のアイテム3000字

文字数 3,193文字

「おいドルチェ。面白いもん買ってきたぞ」
「あ? また無駄遣いかよ」
「無駄遣いってひでぇ。今回は大丈夫。これは絶対効果あるって。なにせこの街の町長さんも買ったっていう話だからな」

 時刻は夕方。すっかり外は日が落ちて暗くなっている。俺は普段はこのタリアテッレとパーティを組んで冒険者ギルドの仕事をしたり、ダンジョンの浅層を潜ったりしているが、それにしたって日中は常に一緒なのだ。だから晩飯は別々に食べるものと決めていた。
 それで飯を食って宿に帰って茶を入れているとドタバタと帰ってきたタリアテッレが放言したのがつまりそれだ。

「まーたそんなのにひっかかって。お前それ、町長が本当に買ったか確認したのかよ」
「いや、してない、けど……」
「本当にどうしようもねぇな」

 タリアテッレのドヤ顔は一気に消沈した。こいつはこすっからい商人によく騙されるんだ。
 それで何を買ったかと言うと『寿命が伸びる薬』。
 馬鹿もここに極まれり、だ。

「あのなぁ、例えばお前の寿命を伸ばすとするだろ」
「おう」
「その結果お前の寿命が80になったわけだよ」
「へぇー」
「へぇってなんだよ。てかそれでお前の寿命いくつ伸びたんだと思う?」
「え、いくつなの?」
「……だからよ、そもそものお前の寿命がいくつかわかんねぇ以上伸びたんだか伸びてねぇんだかわかんねぇだろ。縮んでたってわかんねぇ。それにわかるのは死ぬ時だ」
「む? そうなのか? あれ? 俺の寿命っていくつなんだよ?」
「知るか馬鹿」

 目の前の図体の大きな男は幼馴染でタリアテッレという。それなりの腕の戦士だ。
 戦闘の時はそりゃぁ頼りになる。でも普段は脳みそが昼寝してるから鴨にしかならない。
 それにしても寿命ねぇ。
 いや、実はわからなくもないのかな。

 俺は召喚士だ。それでついこの間、死神と契約をした。
 死神っつうもんはたいして強くはないから召喚獣としてはあまり人気がない。たしかにでかい鎌を装備しちゃいるが、あれは魂の尾を切るためのもんで物理攻撃力なんぞかけらもねぇ。どちらかというと精神攻撃だ。しかも死にかけた相手にしか効力がない即死攻撃という微妙なポジション。モンスターを瀕死に追い込めるなら止めも指すのもさほど難しくはないのだ。
 だが使い所はなくはない。死神っつうもんはつまり、生き物の死がわかるんだ。だから死神を召喚しとくと死にそうになってる人間やモンスターの居所がわかる。

 人間の場合はかけつけてその原因を取り除けば感謝して金をもらえるし、間に合わなければまぁ、ご愁傷さまだ。それでもギルドなんかに届け出れば多少の手間賃がもらえるから懐は膨らむのさ。
 死にかけてるモンスターだったら渡りに船で叩きのめして金に変える。
 そんなわけで俺の召喚ストックには死神がいる。
 死神なら残りの寿命みたいなもんもわかるんだろうか。急に気になってきた。
 俺たちはその日の夜、ねぐらの宿屋に戻って死神を呼び出すことにした。

「アジャラカモクレン、テケレッツノパー」
「なんで死神だけそんな変な呪文なの?」
「知るか。これで呼び出せば召喚の対価はいらねぇっていわれてんだ。無料のほうがいいだろ」

 地獄の沙汰も金次第。
 召喚には当然対価が必要だ。働かせるんだからな。召喚契約は雇用契約のようなもんだ。何を欲しがるかは召喚対象によって結構違って生命力や魔力を求められること、食料や金、場合によっては特定の資材や討伐等の場合もある。

 死神はお使い系の報酬が多いが最近死神界で流行っているこの呪文なら無料で働いてくれるらしい。江戸っ子の心意気とい言っていたがモンスターというものはよくわからんものだ。
 ともあれもくもくと煙が上がってなんだかよくわからねぇピカピカしたエフェクトとともにポワンという音がでて、死神が現れた。

「はぁい、お呼びになられましたかぁご主人さま」
「おう。お前、こいつの寿命ってわかるか?」
「寿命、ですかぁ?」

 随分不審げな声が出る。現在時点の死ぬ生き物はわかっても将来時点のいつに死ぬかというのは別のカテゴリなのかもしれない。

「そもそもそういうのってわかるのか? 寿命。やっぱ無理なのか?」
「そうですねェ、重病になって余命短し、とか怪我をしてあの世におサラバしかけ、とかならわかるんですけど元気な人は無理ですよ」
「なんでだ」
「なんでってそりゃ、元気なんですもん。どうしてもっていうなら今この人の頭をかち割ったら寿命は0になりますよ」
「ひえっ」

 まあ、そうだよな。
 世の中にはもらい事故とか暗殺とか、そんな予期せぬことはよくある。それにこいつが足をもつれさせて崖から転落でもすりゃぁやっぱりライフは0よ。

「なんでぇ、やっぱ眉唾なのかぁ」

 タリアテッレはかぁーっと叫んで突っ伏した。
 死神は勝手に椅子を引いて座り、俺たちがつまみに広げていた干しぶどうを齧り始める。一言断れよと思うがまぁいい。無料で召喚してんだからこのくらいは仕方がない。

「寿命がなんかの関係があるんで? この人、死にたいんです?」
「死にてえわけあるかぁ!」
「んや、この馬鹿がよ、寿命が伸びる薬なんてもんを買ってきたからよ」
「へぇ、拝見してもよろしいですか?」
「うん? おいこらタリアテッレ、薬を出せ」

 タリアテッレは荷物から高級そうな緑の布に包まれた小瓶を出してきた。
 死神はそれの上部をつまんでくるりと開けて、その中身をくんくん嗅ぐ。

「へぇ、こりゃ本物だ」
「何?」
「おお⁉︎ じゃあ俺の寿命が伸びるのか⁉︎」
「意味がない程度には確かに伸びますよ」
「なんでえそりゃ」
「そうですねぇ、なんとご説明したら宜しいか。先日あたしらの世界の秘薬が盗まれたんですよ、寿命を延ばす薬。といってもそんな貴重なもんでもねぇんですがね」
「つまり、これか?」

 死神は両手でぱたぱたと小瓶をつまんでガラス瓶を眺め透かす。
 ろうそくに当てたり上に向けたりころころ手のひらで転がしながら。

「うん、この色は1000倍希釈ってとこですかねぇ。希釈しない本物なら寿命が100年伸びますから多分飲んだら1ヶ月ちょっとくらいは伸びるかも知れませんな」
「微妙だな」

 1ヶ月。
 その期間でできること。それを考えるとよけい未練が募りそうだ。

「でも正直この世界の人間にとってその程度の寿命は意味がねぇんですよ。さっきも言ったじゃぁないですか。たしかにね、規定の寿命ってもんは人それぞれに定められてる。でも1ヶ月なんて誤差ですよ」
「ちょっとでも伸びればいいんじゃないか?」
「寿命なんて生涯で飲むポーションの量や酒の量で簡単にかわっちまいますよ。それにそもそも寿命をまっとうする人なんてほとんどいやしないんです。たいていその前に病気やら事故やら人間関係のモツレやらなにやらで死んじまいますからね」
「だとよ、冒険者なんぞやってたらますます意味はねぇな。明日生きてるかもわかんねぇ」
「じゃあ俺は結局騙されたのかよ」
「いいえ。大分薄まってますが効果自体はあるでしょうね、大往生するご予定なら。だからさしずめこれは『寿命が伸びるかもしれない薬』ってぇとこですかね」

 かもしれない。
 そもそも寿命が1ヶ月伸びたかどうかなんて気が付きようもないだろう。

「でもこれ、流出しちゃぁいけねぇやつなんでもらってってもいいですか? お礼はお支払いしますんで。そうだなぁ、回復薬10本ってとこでどうでしょう」
「おいタリアテッレ、この薬いくらで買った」
「180デニール」
「そんなら回復薬6本分だ、儲かったな、よかったな」
「腑に落ちねぇ」
「回復薬があれば怪我は治る。その方が寿命は伸びるだろうよ」
「ありがとやんした。おあとが宜しいようで」

 そう言って死神はポワンと姿を消した。
 狐につままれたようなタリアテッレを放っておいて死神から受け取った回復薬をもたせる。
 今回は騙されなくてよかったな。

Fin
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