公爵令嬢・オブ・ジ・デッド:ゾンビ的8000字

文字数 8,089文字


「ミラベル・ヒューゴーを斬首の刑に処す」

 その裁判は極めて迅速だった。私は学園帰りに囚われ、石造りの狭い部屋に押し込められた。そして5日の後、公衆の面前に引き出されての突然の死刑宣告だ。
 見渡すと少しだけ気がとがめるようなフリードリヒ王子と口角を大きく上げて喜悦の極みをその笑みに浮かべたシャーロットが視界に入る。その瞬間激しい怒りで目の前が真っ赤に塗りつぶされる。
 私が閉じ込められていた間に全てが整えられたのだろう。
 それよりお父様は⁉ お父様はどこ⁉ こんな無法を許してなるものですか。

「そなたの一家は既に全て斬首された。そなたが一番罪が重いゆえ最後となった」
「なんですって⁉ 私に、私に何の罪があるというのです⁉」
「ふぅ。今更何をいう。反乱罪、それから王子の暗殺未遂」
「しませんッ! そんなことッ! するはずがない! そのことは王子がよくご存知のはず!」
「ならば何故そう申し開きをしなかったのだ。弁明の機会は与えられたにも拘らず出頭しなかったではないか」
「知りませんッ! 私は5日前から誰かに監禁されていました! だから!」

 そこまで言って気がついた。これは、この問答はわざとだ。
 よく通る裁判官の低い声。サラサラとした筆記の音。
 冷静になると裁判所は不自然に静かで私と裁判官の声だけが響き渡っていた。おそらくこの裁判に関与する者は全てグル。そして申し開きをすればするほど私が言い訳を重ねて罪を逃れようとしているように見えるよう仕組まれているのだろう。
 既に全ての証拠は捏造された。私は家にでもいて出頭拒否したという証拠もあるのだろう。

 父様。
 母様。
 そしてミシェル、まだ5歳の私の弟。

 みんな死んでしまったのね……。
 そして私も死ぬ。それは確定している。既に確定してしまった。
 私の目の端、つまり広場の中央にはギロチンが聳え立っている。
 であれば。であれば私は家族のためにも誇り高くあらねばならない。目に力を込めて背を反らし裁判官真っ直ぐ睨みつけるとその瞳にわずかにたじろぎが浮かんだ。

「一つだけ。たとえどのような証拠を捏造しようとも、どのような陰謀が働いているのだとしても。ヒューゴー公爵家はこの国の剣である。国に忠誠を誓い、決して謀反など起こさない。しかし王家が命を捧げよというのであればその命に従うッ! それがヒューゴー家だ。目に焼き付けよ」

 立ち上がり、震える足を律してギロチン台に進み、震える指で木枠の隙間に自ら首を挟む。
 周囲からどよめきが漏れる。
 怖い。
 そっと目をつぶる前にフリードリヒを見た。その視線にはとまどいと、それから混乱、そして少しの疑惑が揺れていた。

 ああ、フリードリヒ。
 あなたとは生まれてこのかた18年の付き合いだった。
 あなたは私のことをよく知っているはずなのに。
 なのにその女に誑かされたの?
 まったく。本当に。
 私でも死ぬのは恐ろしい。とても。体が震え出さないよう、叫びださないよう律するのが大変だ。
 けれども私が最後に思ったのはそれとは違って。
 ただ……『無念』。



 緩やかな流れにふわりと意識を取り戻す。
 ひたすらに暗く冷たい。真っ暗な川を流れ漂う、そんな妙に寂しく落ち着くような心持ち。黄泉の国、か。

 ……私は死んだのだな。直前の記憶を思い出す。
 ギロチンの衝撃はなかった。拍子抜けするほどあっけなく視界がバウンドして意識を失った、気がする。
 18年の人生が思い浮かぶ。走馬灯というものは死ぬ前に流れるものではなかったのかな。そう思うと妙におかしくなってきた。

 私は公爵令嬢として生まれ、生まれる前からフリードリヒ王子の婚約者だった。だから幼少の、それも赤ん坊の折から王子と縁があった。フリードリヒ王子は温厚で他人に影響されやすい。そこをあの女、シャーロットに付け込まれたのだろう。あるいは何らかの魔法や薬などが用いられたのかも知れない。

 全てがおかしくなったのは私と王子が学園に通い始めた3年前。
 学園は貴族と優れた才能を持つ平民の子女のみが入学を許される。
 同学年で入学したシャーロットは男爵令嬢にも拘らず王子のまわりをうろつき始めた。随分はしたないと思いはしたが、それでどうなるというわけでもない。

 しかしシャーロットの周囲は不審だった。
 この学園は学問はもちろん、それぞれ立場に応じた振る舞いを学ぶのも目的の1つ。
 私は公爵家、王家の剣として危険を排除するためそれら不審人物の調査を命じた。思えば王が病を患ったのもちょうどその頃だ。

 シャーロットは男爵家養子。だがそれ以前の素性は不明。
 そしてシャーロットの周囲に集まる人員は男爵や子爵、平民とその身分相応だが身領地がバラバラでキナ臭く思われた。男爵家や子爵家などその周辺の貴族家と社交を行うのが精々だ。通常、遠くの領土と繋がる必要も資力もない。
 だからその背後関係について更なる調査を行った。
 しかし調査は様々な妨害にあい、進捗は捗々(はかばか)しくなかった。

 何かがギリギリだったのだろう。調査が奴らの尻尾を掴みかけていたのか、私が卒業と同時に王子と正式に結婚する予定だったからか。あるいは両方か。
 おそらく何らかの時間的制約が迫っていたのだろう。そう思うほど私と私の家族の公な暗殺は極めて乱暴だった。公爵家を廃して全員を処刑するなどたった5日で行えるべくもない。
 けれども全員殺してしまえば後から異は唱える者はない。唱えられない。周到だ。

 すると畢竟、私の行為は間に合わなかった点を除き正しきことをなしたのだ。それにこれ以上のことは不可能だった。致し方ない。
 私も、私の家族も王家のために存在する。常々そう自認して役目を果たした。だからよい。死んだ以上、どうしようもない。心残りはあるがあとはゆっくり眠ればいい。
 そう思った私の思念は唐突に止まり、収斂(しゅうれん)し、何かの光に包まれた。



「ミラベル⁉︎ ミラベルだな⁉︎ 返事しろ⁉︎」
「ぁ……ぅぐ……」

 急に視界が明るくなる。何、だ?
 目を、閉じられない。けれども世界はぼんやりしてよくわからない。体も上手く……体?
 体は切り離されてしまったはずだが?

 なんだか記憶がはっきりしないな。つい今しがたより混濁している。まるで全てが泥になったかのように重い。

「ふい、ど、り」
「そうだ。フリードリヒだ。おい、間違いなくミラベルだ。進めろ!」

 何かぞわぞわと弱電流が流れるような気持ち悪さがあふれ、皮膚の表面がぐずぐずとしたものから土が固まるように引き締まっていく感覚が。気がつくとパチパチとまばたきをしていた。
 揺れ動く視界も次第にその振動によって不純物が除去されるようにクリアになるに連れてゆっくりと収まっていく。ひゅごひゅごと喉をかすれる空気も通りが良くなり、先ほどと違い声帯を震わせて声を出す。

「フリードリヒ、様?」
「そうだ、私だ。ミラベル、よかった」
「一体、何が?」

 思わずそう尋ねるほど、フリードリヒの姿は先程、死ぬ直前に見た姿から変わり果てていた。
 全体的に薄汚れているが、最後に見たよりしっかりとした視線と精悍さを増した風貌。それから顎髭。うん? 記憶より5は年を取っているような。

 フリードリヒは私の処刑前後の顛末を述べた。
 我がヒューゴー家の処分を決定したのは王だ。王とフリードリヒは完璧に整えられた資料を見た。ヒューゴー家が隣国と内通し転覆を図っていたことを赤裸々に示す資料だ。あまりにも整いすぎてフリードリヒもそれ以外の結論を導き出せなかったほど。
 それでも通常であればきちんと審議するはずだがそれを信じた、或いは傀儡となった幕僚の意見と病床の王の鶴の一声で処刑が決まった。フリードリヒが反論する隙間もなく、最低限の手続きに付されて玉璽の押された令書に基づき定められた裁判と処刑が敢行された。
 王はその直後に亡くなられ、わけのわからぬうちにフリードリヒが戴冠しシャーロットが婚姻するというありえない状況に陥る。間もなく前王毒殺の疑いでフリードリヒが排斥され、今はシャーロットの後ろ盾を名乗る貴族家が国を牛耳っているらしい。短い期間に守旧派の貴族の多くが処刑または国外追放された。
 なんということだ。

「あっという間のできごとだった」
「それほど敵が周到だったのでしょう。現在はどういう状況でしょうか」
「王家はほぼ断えている。私以外は粛清された。地下に潜り復権を狙っているが埒があかない。先日偶然こちらの高名な死霊術師とお会いしてやむなく貴方を復活させたのだ」
「それは英断でした」
「何か、何か手がかりがないかと思い。協力頂けたらと思い。それから謝りたかった。誠に申し訳ない」

 フリードリヒが頭を下げようとするのを止める。私は王家の剣だ。王命に従うのに何の否やがあろう。フリードリヒの額には苦悩と後悔の皺が深く刻み込まれていた。5年の間の苦労が忍ばれる。
 死霊術師。そうすると私はゾンビかグールだろうか。

「良いのです。ヒューゴー家は王家の剣。であるのに王家を守れなかったのですから当家が不甲斐ないのです」
「ミラベル、そなたは本当に変わらぬな」
「ですが手がかり、ですか。申し訳有りませんが私は裁判で述べたとおり処刑前は拉致監禁されておりました。しかし独自にシャーロットとその周りを調査しておりました。ライザックという従者は存命でしょうか」
「ヒューゴー家の一族郎党及び関係者は皆処刑された」
「僥倖です。では埋葬されているのですね。術士殿。追加で蘇りを」



 ヒューゴー家は大貴族家の常として非常時の隠れ家を複数所持している。ここはその一つ。
 王都に程近い小さな町の高台に設けられた商館。その窓からは王都を小さく眺めることが出来た。幸いなことに内部は手つかずだ。他の隠れ家もおおよそは無傷。その資材を集め、念の為に更に別の町を拠点として反攻の狼煙を上げる準備に邁進している。

「お嬢様。資料はあらかた整いました」
「宜しいでしょう。苦労を掛けましたね、ライザック」
「勿体なきお言葉」

 結果としてわかったこと。
 ヒューゴー家の反乱の基礎資料として用いられたのは私が部下に調べさせていた資料の一部だった。
 もちろん分散保管をしていたからその全てが持ち去られたわけではない。けれどもその根拠のついた一部の資料のうち、その主体がシャーロットではなく私やヒューゴー家の名前に書き換えられ、それに沿って証拠が捏造されていた。

 隣国のやり取りなど隣国の協力を得ればいくらでも捏造可能だ。
 王子の寝室に毒を仕込めという命令、有力な貴族子弟の暗殺、武装蜂起のための武器の収集。本来隣国がシャーロットに命じた命令の宛先を私やヒューゴー家の名前に書き換え、現物の毒や暗殺時の武器、自ら収集した武器一式を証拠として王家に提出する。
 それは実にリアリティのある証拠だろう。まさに真実の証拠であるのだから。

 そう考えるとこの国を今牛耳っているいくつかの貴族家は随分前より隣国と繋がりがあり、準備が進められ、少しずつ官吏やら何やらの人員の入れ替えが行われていたのだろうな。

 けれども私たちはそれを上回る多くの証拠を保持した。生前かき集めていたものがようやく間に合った。フリードリヒもシャーロットの養親の身柄を隠していた。
 シャーロットたちの関係者の多くは既に暗殺されていたが、この男爵は私が処刑された時点に次は自分とフリードリヒに投降し、変わりの死体を用意して死を装いそのまま身を隠した。
 そして現在の王家に叛意を持つ貴族家、隣国優遇政策の割を食っている商人。草の根で協力者を増やしていた。

「さすが我がミラベル。これほどの資料があれば」
「いいえ。王家復活の悲願にはもう一押し必要です」
「もう一押し?」
「ええ。王家を今度こそ盤石としなければなりません。それに私はとても怒っているのです。私の首に消えない傷をつけたこと。これでも貴族令嬢なのですから」
「お前にも人間らしいところがあるのだな……」

 死霊術師の手により私は死ぬ直前の姿に蘇った。けれども私の首は死ぬ前に体と別れたのだ。だからそこは復活せず、首を傾げようものなら頭が転げ落ちてしまう。
 うなじが綺麗と母様に褒められたのに。
 だから私はこれも利用することにした。

「聖女様が来られた」
「ありがたや、ありがたや」
「聖女様は本当に黄泉の国から復活されたの?」
「勿論よ。ほらこの通り。でも皆様、秘密になさってね」

 種も仕掛けもなく首と体が分離すると住民から歓声が上がる。
 今この国では隣国の主要作物の関税が撤廃されている。それによって同業者は苦境に立たされた。そこに公爵家の私財を投じて急場を凌ぐ。
 自転車操業だが原因は国政なのだからどうしようもない。必要なのは今の救済だ。

 不当に処刑された私を神が憐れみ正しきを証明するために復活させた聖女、ということになっている。
 自然発生のゾンビの姿は悲惨だ。対して私は首が取れるだけで腐臭もない。だからゾンビとは思われない。
 私の処刑時の毅然とした態度も合わさり、じわじわと私の名誉は回復され、王家を復活せよとの気風が高まっていく。



 全てが寝静まり、扉を固く閉める深夜。
 夜半、突然目が冷めた。冷たいベッドの端からざわざわと違和感が体をよじ登ってくる。それが首筋まで達した時、それが殺気だと気が付き飛び起きた。

 何?
 月が登っているのか窓から明るく四角い光が伸び、対比するように部屋は既に闇に深く沈んでいる。けれどもその闇の中で確かに何かが動く気配。
 私がスラムで暮らしていた時に感じたひりつくような視線に肩が強ばる。

「鼠のくせに敏感ね」
「誰⁉︎ ここを王妃の部屋と知ってのこと⁉︎」
「王妃? 王がいなければ王妃などいないのよ」
「誰か! 襲撃よ誰か!」
「無駄よ。あなたの味方はもう城にはだれもいない」

 そしてするりと窓から差し込む光の中に細い足が現れ、もう片方の足、そして胴が現れる。見たことのある紋章が彫り抜かれた礼服、ヒューゴー家だ。そしてその礼服はたくさんの返り血で赤く染め抜かれていた。

 ヒューゴー家はこの国の剣。戦ではいの一番に切り込んでくる死神。
 そして不意に、濃厚な血の匂いが鼻に、遠くのざわめきが耳に登り始める。
 異常。異常が起きている。そしてその女を照らす明かりが赤みを帯びて揺らめいていることに気がついた。急いで窓に駆け寄ると城内の所々から火の手が上がっていた。

「立場はおわかりかしら?」
「あなた、こんな、こんなことをしてどうなるかわかっているの? すぐに隣国が」
「それとも」
「ヒッ」

 風が吹いたと思えば首元に剣が突きつけられ、髪がはらりと寝台に落ちた。

「今、楽にして差し上げましょうか?」

「それでは裁判を始める」
「お待ちなさい! その女はゾンビです! 先に討伐なさい!」

 裁判官は困惑した顔でフリードリヒを、そしてミラベルを見る。

「ここはお前の罪を改める場である。ミラベル・ヒューゴーの立場は関係ない」
「フリードリヒ、様」

 翌日。私は多くの貴族や民衆の前に引き出されていた。
 見渡しても私の知っている者はいない。この広い空間のなかで孤立無縁。
 今朝引き出されたる間に城の惨状を見た。まさに血の海だった。抵抗した者は全て切られたのだろう、あの鬼神ミラベル・ヒューゴーによって。
 つまり私の味方は最早誰もいない、のか。

 ミラベル・ヒューゴーは一騎当千だ。ヒューゴー家でもあの若さで歴代最強と言われていた。だから武装をしていない学園からの帰り道を攫ってそのまま処刑したのに何故いま目の前にいる?
 けれどもそれより今は私の処遇。

「私が、私が何をしたというのですか⁉︎ それに」
「黙れ」

 フリードリヒの冷たい声。かつての暖かかった声はもうなくなってしまった。私にはミラベルは血も涙もない機械だと言っていたのに。
 でもミラベルの集めた資料は破棄させた。だから私の罪を立証するものなどなにもないはず。けれども全身を震わせる悪寒は止まらない。胃が逆流してゆく。何故ならそこに並べられていた資料は私が破棄したものを除き、隣国から受けた全てがほぼ揃っていた。
 何故? どうやって? どこからこんなものが?
 目の前が真っ青になる。

「知りません! こんなもの見たことがない! それに隣国の印章もありません。きっと捏造よ! その女が捏造したの!」
「私はこの証拠で処刑されたのだがな」
「ではあなたも私と同じように陥れられたのよ! そうでしょう⁉︎」
「おお、ではやはり聖女様は陥れられていたのだな!」

 ふいにそのような声と、次いで民衆から大歓声が上がる。
 聖女? 何のこと? そういや貧しい地域で施しをする聖女が現れたという報告を見た、ような。整えられている。
 無情な裁判は続く。
 人証をと言われて引き連れられていたのは特徴の乏しい男。

「この者はお前と隣国との手引をしたのだ」
「し、知りません、そんな男など」
「知らない? 本当に?」
「勿論です! 見たことも有りません!」
「語るに落ちたな。この男はお前の養親、マクブル男爵だ。知らないのであればお前はどこの誰なのだ」

 フリードリヒの声が冷たい。
 マクブル男爵? 始末したはずでは?
 そんな、はず。何かがガラガラと崩れ落ち、目の前が不意に暗くなる。見上げた影は真っ暗で、その口元だけが赤かった。
 私が殺し、私は殺される、のか。ふ、う。
 瞬間、駆け巡る走馬灯。スラムで生まれ、売られ、何人もの同胞とともにこの国に送り込まれ、失敗すれば死という緊張と初めて知った贅沢と愛の味、そして全てが手に入ったと思った、のに。私はそうするしかなかった。

「シャーロット、いや本名はリザ。お前には3つの道がある」

 随分久しぶりに呼ばれた本名。条件反射にビクリと体が震える。
 この人はどこまで知っているの?

「1つ、罪を認めて自害する。2つ、身の潔白を証明するために私と神明決闘を行う」

 聖女様が負けるわけがねぇという声がする。
 聖女以前にこの鬼神ミラベル・ヒューゴーに勝てるはずがない。

「3つ、全ての過ちを認め聖女に下る」
「は?」
「私は聖女だ。かつてお前が道を過ったとしても今後の忠誠に命じて罪を死罪から隷属に減じよう」

 隷属? つまり私がこの女の奴隷となるということか。冷徹な目が私を射抜く。死ぬよりはマシなのかも知れない。結局のところ逆戻りか。
 そう思うと耳元に声が聞こえた。

『身分は王妃のままとする。私の意のままに動くのであれば限度はあるが一定の生活を保証しよう。まずはお前の同胞の説得だ』
『みんな生きているの? あなたは王妃になりたいのではないの?』
『我がヒューゴー家は王家の剣である。残念がらゾンビは王妃になれぬ。であればこの体朽ち果てるまで王家の剣となりその敵を排除するまで』



 3年が経った。
 現在この近隣諸国が統一されようとしている。
 私の正妻はシャーロットのままだ。私たちの間の裏切りや諍いは棚上げにされている。その他にミラベルの指示した側室が2人。貴族間のバランスを取るためらしい。

 いや、これで良かったのかも知れない。ミラベルが私の妻になることは避けられた。王妃より高い地位に祭り上げたのだから。
 この国の実質的最高統治者はミラベルだ。何故ならミラベルは聖女で戦神の代理である。国民に崇められているし武力では誰も敵わない。死人である故か眠ることもなく油断もない。年も取らないし多少の怪我は自動的に修復される。

 そして現在も一騎当千の腕を振るいながらミラベルを狂信する兵士たちと不死の身体で戦場を駆け巡っている。
 まさしくミラベルはこの国に千年楽土を築き上げるのだろうし、それは成功するのだろうな、と思う。
 小さい時からミラベルはこの国の剣であり、それ以外ではなかった。だから本当はミラベルを妻としたくない私がシャーロットの口車にのったのだ。
 だからこの隣国を排除しミラベルとの結婚も防げたという結果は望みうる最良、なのかもしれない。

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