妄想:ステルス魔法で泥棒無双

文字数 7,322文字

 ラノベで良くある異世界転生。その聖女物。その中でも、子供がある年齢になった年に鑑定で適職が分かる系の世界。そこで、鑑定を受けているのだが「鑑定結果は、聖女!」と、言わた。記憶がこの鑑定の日より何年も前に戻ったのは運が良かったそうでなければ……

「では、早速聖女様のお部屋へご案内します」
 この子供の意思を完全無視した流れ。一応、心の準備だの、自信がないだのと、案内拒否をしてみた。だけど、
「案内だけですので、直ぐすみますから」
 記憶を取り戻したから、これに屈したらどうなるか分かっている。だからこそ、拒否を続けたが……周りの人全てに説得され、子供の力では抵抗は無理だった。
「こちらが、聖女様のお部屋です」
 そこは、薄暗く何年も掃除がなされていないかの様な部屋だった。窓は大人でさえ届かない上部にあり、それも酷く小さい。
 用意された寝具は酷く粗末で、床に直置きされている。到底、ここで「様を付けて呼ぶ相手」を生活させるとは思わない。

「今からここで暮らして貰います」
「案内だけと言う話でしたが? それに、ここで暮らしたら病気になってしまいます」
「はは、ならないように、聖女の能力を発現させれば良いだけです。衛生面は浄化魔法で改善し、明かりは光魔法で灯し、病気になったら回復魔法を使えば良い。ここは、魔法を覚えて貰うために誂えた特別な部屋なのです」
 これは嘘だ。聖女を恐怖で支配し、道具にする為の嘘。このキャラはいずれ勇者一行に助け出される。だが、それまでは心を失い、道具以下の扱いを受ける。それは、サブイベントで分かる。だからこそ、避けたかったのだが。

「コンヒュズ!」
 相手が話を聞きそうに無かったので、眠らせた。ゲームだと効果のある時間は、レベルが上がるだけ長くなる。なので、この日の為にしっかりとレベルを上げてきた。経験則から言って、半日は余程のことが無ければ目覚めない。
 昏倒させた相手から、部屋の鍵を奪う。勿論、これは部屋の鍵をかけ、昏倒状態が解けても追い掛けて来ないようにする為だ。
 周囲の音に警戒しながら部屋を出る。それから、部屋の鍵を掛ける。そして、ステルス状態になれる魔法を自分に掛ける。この建物に、何人の人が居るかは判らない。ただ、ゲームをやり込んでいたので構造は分かる。

 増援が来ない前に逃げるのが得策。多くの人はそう考えるだろう。だが、それでは不充分だ。この施設の悪事を晒さなければ、別の被害者が出るだけだ。
 なので、人を見掛ける度に昏倒させた。その道すがら、魔力を回復する。魔力を回復するアイテムはあまり出回らず値段も高い。だが、この施設では聖女を道具にしては稼いでいた。なので、回復アイテムはあちこちに保管されている。その場所も、ゲームをやり込んでいれば覚えている。
 全ての部屋で、全ての人間を昏倒させた。そして、外から入れぬよう内側から鍵を掛ける。元々、許可のない人間は入れない施設ではあるが、念には念をいれておく。

 さて、この施設で手に入るのは、回復アイテムだけではない。地下には、読むだけで魔法を習得出来るアイテムがある。ゲームだと直ぐに読み終わるが、時間を掛けて読むことで魔法発動に必要な術式かが体に刻まれる様だ。なので、そこそこ時間は掛かる。
 記憶を頼りに、使えそうな魔法を習得していく。読み終わるのに数時間は掛かる為、数冊読んでは休憩をする。食事は、施設に溜め込んでいたご馳走を容赦なく頂いた。ついでに、昏倒魔法の重ねがけもしておいた。
 間違いが無いよう、紙に書いて終わった部屋を記録しておく。これを二度やった頃、眠って自然に魔力を回復することにした。聖女用の粗末な寝具と違い、それはもう豪華なベッドである。しっかりしたベッドにフカフカの掛け布団。寝過ぎてしまうのが心配だが、流石に数回魔法を掛けたから大丈夫だろう。

 ぐっすりと休んだ後、朝食より前に昏倒魔法を全員に掛けた。ただし、閉じ込めている人だけは別だ。あの部屋に抜け道はなく、魔法で音は外部に漏れなくなっている。つまり、目覚めて騒ごうが困らない。むしろ、自分がやろうとしたことを後悔させるのに丁度良い。
 食料は潤沢にあるので、好きなだけ食べた。そして、また使えそうな魔法を習得する為に地下へ。次第に読むスピードは上がり、数冊読んだ辺りで昼食にする。勿論、そのついでに昏倒魔法も全員に掛けておく。重ね掛けし過ぎたら、対象者がどうなるかは不明だ。だか、安全の為には必要だ。

 二日目に目的の魔法は全て習得した。レベル上げをしなければ戦闘に向かない魔法もあるが、習得しておけば、使用するのに必要な魔力があれば何時でも発動出来る。
 ここで、もう施設を立ち去っても良かった。だが、外はもう暗く、移動するのも憚られた。なので、ここぞとばかりに豪華な夕食を楽しんだ。そして、ベッドでしっかり休む。
 寝たことで魔力が回復したので、流れるように昏倒魔法を全員に掛けてしまった。魔力の無駄遣いだ。しかし、お蔭様でレベルは上がった。
 朝食を食べて休んだら、ベッドシーツて袋を作って回復アイテムを入れる。そうして、ステルススキルを自分に掛けて施設を出た。思えば、ここに来るまでの下準備は長かった。

 そう、それは突然に前世のことを思い出した時のこと。そして、これがやり込んでいたゲームの世界であると気付いた時のこと。生まれ変わったのは、特に目立つことのない回復キャラ。冒険中の勇者に助けられ、それからは旅に同行するものの、固有サブイベントと言えば「過去を振り返って、勇者達との絆を深める」位のもの。有能な回復キャラだけあって参加は遅めで、回復キャラ故に魔物から狙われやすい。その狙われやすさから庇護される為に、他のキャラとの絆を深めねばならない訳だが……まあ、回復魔法以外も使って、体力筋力レベルも上げておけば、絆なんて曖昧なものに頼るよりは安心だ。
 大体にして、何故勇者は絆が深くならなければ、回復キャラを守らないのだろうか? 勇者だけに、イベントが起こる度に、モブキャラのピンチに駆け付ける。なのに、「倒れたら、強敵相手に回復が追い付かない回復キャラ」を守らないとは……まあ、ゲームシステムについては今更だ。今は、バッドストーリーを回避する為の作戦を練るべきだ。

 先ず、この世界では、魔力は使えば使うほどに上がる。「筋肉を適切に鍛えればパンフアップ!」みたいなもので、生活にも便利な浄化魔法は、その場所を清めれば清めるだけレベルが上がる。また、それに伴って魔力の上限も増える。ただ、攻撃魔法に関しては、街の中では使えない様にされている。そのせいで、物理無効な魔物が責めてきたら、街は対抗手段を持たない。そこに、攻撃魔法ではない聖女の力がとても有効に働く訳だが……その有効な力は、どの街にも欲しがられるものである。
 なので、利用されないよう、なるべく隠して生きる。あくまで、鑑定結果と言うのは、一番適正が有ると言うだけ。適正があっても、その職の需要が低ければ、他に何とかなりそうな仕事をする人も少なくない。楽に稼げる仕事は、どの世界でも人気な様だ。

 因みに、筋肉の超回復宜しく、魔力を使い切るまで魔法発動をすることによって、魔力上限を早めに増やすやり方もあるらしい。つまり、それと似たことを、あの暗い汚い部屋に聖女候補を閉じ込めることで、力尽きるまで魔法を発動させ、無理矢理とも言って良いやり方でずっと例の施設は街を守り、治療で金を稼ぐ道具を作り出していたということである。
 アスリートが体を酷使することで、酷使した部分を故障する様に、無理な魔法発動は術者の体に負担が掛かる。つまりは、あの施設において、聖女は使い捨ての道具だった。だからこそ、使い過ぎて壊れてしまった道具を取り替える様に、鑑定結果を見て直ぐに新たな聖女を作り上げ様としていたのだ。まあ、ゲームをやり込まなければ、そのイベントも分からないのだから、知っていて助かった。

 鑑定結果が出た後、逃げる為の小屋は近くの森に作ってある。攻撃魔法の練習ついでに、少しずつ作っておいた。何せ、あの施設の悪事を明るみに出す決定的な証拠は無かった。ゲームの記憶から、何をしているのか知っていただけだ。それに、多数の大人と一人の子供、どちらの意見を人々は受け入れるかと言えば……いざという時の潜伏場所は必須だ。どうせ、レベル上げの為に森には入るのだし。

 雑魚魔物を蹴散らしながら、隠蔽魔法をかけた小屋を目指す。隠蔽魔法は、野営をする際には欠かせない魔法で、魔物からは勿論、術者よりレベルの低い人間からも対象物を隠す。それはそれはとても便利な魔法である。
 しかし、裏を返せばレベルの高い人間からは見付けられてしまう。なので、バレる確率を少しでも減らす為、レベルアップは必須だ。それ以外でも、レベルアップしておいて損は無い。
 魔力の総量は、使える魔法の種類を増やす程に増える。つまり、何かしらの攻撃魔法を極め、他の魔法も極めれば、魔力総量は足し算をした数値になる。しかも、相性の良い魔法を極めれば、より総量は増えると言う。ただ、この魔法の種類、生活密着型の魔法では、極めても魔力総量は大して変わらず、相性の良い魔法も無い。あくまで、これはゲームの世界。旅に必要な魔法、敵を倒すのに必要な魔法、回復系の魔法、それらの熟練度が魔力総量に関係する。

 つまり、浄化魔法も生活密着型のものなら、極めても大して魔力の量には貢献しない。なので、先ずはステルススキルを極めて、図書館の閉架エリアに潜り込んだ。本来なら、物語の中盤以降に、勇者一行の後光と共に堂々と魔法を習得する。だが、それを待っていては、魔力総量を上げる為に使う魔法を習得出来ない。
 人の居ない時間を狙っては、ゲームプレイ時の記憶を頼りに魔導書を読み漁った。こちらのレベルが足りないと開けない魔導書もあるので、簡単な攻撃魔法を覚えてから魔物狩りを繰り返した。何度も魔物を倒しては、少しずつレベルを上げ、強い魔法を覚えていった。強い魔法程、使えば使う程に魔力総量は上昇する。魔力が増えれば、それに応じて倒せる魔物の数も増え、レベルアップもし易くなる。

 それから、効率の良いレベルアップの為に、街の外部に潜伏用の小屋が必要だった。それに、アイテムボックス的な収納魔法は、習得する迄に未知のイベントか何かがある様で使えない。なので、魔物から取れた素材を隠し……保管しておくにも、人目につかない小屋は必要だった。何せ、魔物から取れた素材を売ろうにも、子供では怪しまれるのは目に見えている。かと言って、そのまま捨てるのも勿体ない。売れば生活資金になる。なので、素材を手に入れては小屋に溜め込み、溜めきれなくなったら小屋を増築。うん、分かっちゃいるけど、効率は良くない。
 売れる素材は溜め込み、肉の美味しい魔物は、炎属性の魔法を使って焼いて食べた。すると、魔物の肉を食べれば食べる程に、どうやら体力の上限が上がるらしい。流石は、ゲームの世界だ。また、毛皮が綺麗な魔物は、出来るだけ丁寧に剥いだ後で、安い茶葉から濃く煮出した汁で鞣してみた。タンニンを使っての鞣しと言うやつである。転生前の記憶を頼りに鞣しただけなので、売り物になるレベルには程遠い。だが、自分で使う分には、良く洗って乾かせば防寒用にはなるだろう。

 図書館にて、薬草や毒草の見分け方も覚えておいた。こちらは、生活に関わってくることなので、誰でも読める書架にある。世界観が中世っぽい割に、紙に印刷された薬草の写真は分かり易かった。この世界の技術レベルとはどんなものなのか、割と謎だ。
 解毒スキルは、毒を摂取することでも得られると言う。それは、スキルと言うより、耐性がついて効かなくなるだけの気もするが……まあ、転生ものでは、自分でやれることはやっておくに越したことはない。毒も、少しずつの摂取なら死にはしないだろう。考えてみれば、茶碗蒸しに入りがちな銀杏は、食べ過ぎれば酷い目に遭うのだ。あれを毒と考えて良いのか分からないが、食べ過ぎれば死ぬかも知れない食材も、適量なら美味しいだけ。毒にも薬にもなる草は、元の世界にだってあったではないか。具体的には知らんけど。

 思い付くだけの魔法を習得し、近場で上げられるだけレベルを上げた。そして、あと数か月すれば、この世界観の年齢的に、旅をしても不思議ではなくなる、そんな日のことだった。出鱈目に増築した小屋が汚れていたので、広範囲の浄化魔法を使ったのだ。それも、此処で使うのであれば、誰も知りはしないだろうと、生活密着型の浄化魔法ではなく、聖女固有スキル由来の浄化魔法を。

「うわっ!」
 小屋の近くから人の声がした。ミスった。この近くは魔物も多く、街と街を繋ぐ広めの道もない。だから、滅多に人は来ないのである。そもそも、こんなところに人は来ないと踏んで、小屋を作った様なものでもある。なのに、何故……
 小屋の窓から外を覗く。ただし、小屋自体が木に囲まれた場所に作ってある為、何処に声の主が居るかすら分からない。だが、こちらから分からないなら、あちらからも分かるまい。ひとまず、物音を立てず、気配を消しておこう。保存食もあるから、直ぐに外出する必要もない。
 数時間程間を置いてから、小屋の外に出た。流石に、数時間も空ければ、声の主は離れただろう。ここは人より魔物の多いエリア。むしろ、必要な素材を探す人位しか訪れはしないエリア。そんなエリアにわざわざ長居する人は、相当の理由があってこそだ。そして、そんな理由を持つ人が、何人も居てたまるか。

「あっ!」
 居るのかい! いや、理由があって留まっているかは不明だ。だが、人が居る。しかも、わざわざこちらに向かってくる。逃げるか? いや、逃げるにしても、何処に逃げる?
「あの! この近くに、高レベルの浄化魔法を使える方は居ませんか?」
 やめろ、いきなりその質問をしてくるな。
「この近くを通った時に、毒を持った魔物に襲われてしまって。それで、毒が体に回って、僕が動けなくなった頃、その魔物にトドメをさされそうになって……そんな時、何処かから放たれた浄化魔法が、魔物と毒を瞬時に消し去ってくれたんです!」
 毒を受けて動けなくなった割には、元気だなこの人。

「直ぐに、その人を探してお礼を言おうと思ったのですが、なにしろ毒で体力が削られていたもので。やっと、なんとか歩けるようにはなったのですが、魔法を使ってくれた人の手掛かりもなくて」
 なる程、だからまだ近くに居たのか。これは誤算だった。そもそも、声を上げた理由を勘違いしていた。何より、まさか小屋を綺麗にしたいだけの魔法が、誰かを救ったなんて考えつくか!
「あのー……何か、知っていること等ありませんか?」
 ここは、適当に誤魔化すしかないか。

「残念だね、私はただの泥棒。ジョブ適正が泥棒と、鑑定結果に出てしまったしがない泥棒だ。だからね、街ではどうにも居心地が悪くて、ここで暮らしているだけなんだ」
 嘘を吐く時は、幾つかの真実を混ぜると良いと言う。鑑定結果のせいで街に居辛いのは本当であるし、何より泥棒自体はやらかした。回復薬や食料を、これでもかと手に入れたのだから。
 これで、相手が怯んで、これ以上の詮索をせずに街へ向かってくれれば……って待て、何のアイテムを手にしているんだ。

「確かに、シーフスキルのレベルが上がっていますね」
 相手が手にしているアイテムは壊れ、空中に霧散した。そう言えば、ゲームの世界では、敵のステータスを知るための使い捨てアイテムが有った。ただ、それは万能ではなく、敵のレベルが使用者より高い場合は、ステータスの全てまでは確認出来ない。もし、全てのステータスを確認したい場合は、キャラレベルを上げるか、鑑定スキルのあるキャラを戦闘に参加させるかのどちらかを選ばねばならない。

「街の居心地が悪いと言っていましたよね? もし、良ければ共に旅をしませんか?」
 いや、唐突だな。
「魔物から毒を受けて思ったんですよね、一人旅は厳しいって。なので、もし居場所のない人が居るなら、旅に着いてきてくれないものかと」
 確かに、ここの魔物レベルで苦戦するなら、旅は無謀だ。だけど、簡単に初対面の相手とパーティーを組むのもどうだろう。

「これ、アイテムを沢山入れられるブレスレットです。仕組みは分からないですが、宝石部分に魔力を流して使用者登録をしてから腕にはめれば、触れたものを仕舞い込め、必要な時に取り出せる……旅には欠かせないものです」
 何故、いきなりブレスレットのプレゼンテーション始めたの?
「旅に着いてきてくれるなら、差し上げます。僕としても、手に入れたアイテムを分散して所持してくれる仲間が居たら心強いので」
 私は、きびだんごにつられる犬か何かなのだろうか? しかし、あのブレスレットは正直欲しい。

「そのブレスレット、どれ位の物を仕舞い込める?」
「人間位のサイズの魔物も、そのまま仕舞えました。それで、そのまま加工出来る場所や、換金出来る場所まで楽々運べました。防具や食料も……沢山仕舞えるのではないかと」
 どうやら、容量は少なくはないようだ。
「分かった。旅に着いていくよ。ただ、先にブレスレットを渡してくれ。今まで溜め込んだ物の全てを、先ずは仕舞っておきたい」
 渡されたブレスレットを受け取り、説明の通りに魔力を流して使用者登録をした。それから、腕にブレスレットを装備する。
「後は、直接触るだけです」
 その言葉と共に駆け出し、小屋の元へ。そして、物は試しと小屋に手を触れた。すると、小屋毎仕舞い込めた様で、目の前から小屋は消えた。急いで来た道を戻り、そこで小屋にストックしておいた回復薬を取り出してみせた。

「これ、ブレスレットのお礼の回復薬。盗品だけど」
 相手は、不思議がりながらも回復薬を受け取った。そして、毒で体力が削られたのもあって、回復薬を一気に飲んだ。
 そうして、私達はパーティーを組んだ。
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