妄想:卒業リベンジャー

文字数 6,276文字

 まただ。また高校の卒業式からやり直し。一体、何度苦しい人生を繰り返せば良いのか。
 思えば、選ぶことの出来ない人生だった。子供の頃は勿論のこと、子供の頃のやり方次第で、その後の選択肢は限られる。だから、高校卒業の後をやり直しても、大した変化は期待出来ない。せめて、就職活動前ならば、まだ救いは有ったかも知れない。
 いや、ただの希望論だ。何の特技もない、何も後ろ盾を持たない人間に、世間は厳しい。そうだ、だから希望も無かった。

 毎日、ただただノルマをこなすだけ。こなしてもこなしても給料は上がらず、増えるのは負担と責任と勤務時間だけ。
 人生を繰り返す内に、転職をする選択肢もあっただろう。だが、何度繰り返してもそれすらやらなかった。新卒で入社し、直ぐに転職先など見つかる筈もない。面接時、いや、エントリーシートの時点で、仕事が長く続かない者は弾かれるものだ。それとも、即戦力になれない者は弾かれるのか。そして、毎日の激務で、次第に考えることもやめた。

 そうして、何度高校の卒業式に舞い戻ったのだろう。何時から数えることすら止めたのだろう。ループから抜け出すことを諦めたのだろう。
 決して良い人生では無かった。だから、未来にも希望は無かった。だから、抜け出す必要もない。
 ループものの作品の場合、何かを変えると抜け出せるものだ。しかし、それは何なのか。それの手掛かりすら無かった。いや、探そうとすらしなかった。それだけ、どうでも良かったのだ。生きようが死のうかすらどうでも良かった。

 ただ、死ぬ決心も付かないままに、人生を繰り返してきた。だけど、何だろうか? 何かを忘れている。繰り返す前に起きた出来事は、フィクション作品にありがちな「死」や「事故」では無かった。だが、一体それは何だったか。
 それを思い出して回避出来れば、ループから脱出出来るのだろうか? 分からない。分からないが、もし、仕事に関することなら退職をしよう。ループする前ならば、失敗してもやり直せる。それに、それが繰り返すトリガーとやらなら、ループを回避出来る。
 ループを回避した後で再就職出来ず無職になるかも知れないが、そろそろ繰り返す人生にも飽きてきた。つまらないのだ、俺の人生はとてつもなく。

 新卒採用で三年勤め、それから転職活動をした。しかし、単純作業の繰り返しでしかない仕事では、職務経歴書が埋まらない。会社に勤めて三年、何も成し遂げてはいなかった。経歴として書き上げる立派な経験など無かった。それでも、エントリーシートを書き続け、祈られ続けた。
 何度それを繰り返しただろう。また高校の卒業式に戻ってしまった。何故だ、何が悪かったと言うのだ。退職する勇気の無さか。それとも、転職活動が上手くいかなかったせいなのか。分からない。分からないが、それでもまた繰り返す。

 変わり映えのない仕事。何度も繰り返してきた仕事。今回は、転職活動を考えて働くことにしよう。せめて、職務経歴書に書くことの出来る仕事が出来る程度には。考えて考えて、頑張って頑張って。しかし、転職活動が上手くいけども、転職の前に高校の卒業式に戻ってしまった。何が悪かったのか。
 もしかして、高校を去る前に、すべきことがあったのだろうか? いや待て、そもそも高校で俺は何をしていた? 何を考えて高校で過ごし、何を考えて就職先を決めた? 思い出せない。何故だ? 自分が生きてきた人生だろう?

 何も手掛かりの無いまま、また繰り返しだ。いっそ自ら命を絶てば良いのか? フィクション作品ならば、死んだらやり直しなところがある。だが、ある地点……つまり、強制的に過去に戻るポイントより先に死んだ場合はどうなるのか。試してみる価値はある。
 幸か不幸か、部屋にはロフトがある。ロフト付きの賃貸は事故物件率が高いと言うが、誘われてしまう何かがあるのかも知れない。いや、ロフト付きで無ければ、ロープを結ぶ場所が限られてしまうからか。

 ホームセンターに向かい、キャンプ用品を買い揃える振りをして耐荷重の高いロープを購入。不必要なものまで購入したが、死ぬにしろやり直しルートに入るにしろ、全てはリセットされる。だから、問題はない。
 しっかりとロープを結び、自分の体重に耐えられる様にする。そして、百均で買った安い踏み台に乗りロープを首に掛けた。踏み台を蹴って足を宙に浮かせる。次第に意識が遠のく。走馬灯……これが走馬灯なのか。

 ああ、そうだった。小さい頃、幾度となくこの苦しさを味わった。親に首を絞められ、大き過ぎる体格差から、なすすべ無くされるがままでいた。結果的に、死ぬ前に解放されたから……けど、あの時に死ねて、いたら……

「◯◯さん!」
 遠くで声が聞こえる。いや、遠くと言うよりは、水中で聞く外の音に似ている。聞こえているが、聞こえているのかはっきりしない。
「今、……を呼んできますね」
 もしかして、助かってしまったのだろうか? 助けてくれる人なんて今まで誰も居なかった。そもそも、人間は脳に酸素が行かなければ、十分と保たない。助かる筈など無かったのに。

 そうだ、思い出した。高校の頃、酷いいじめに遭っていた。高校を卒業して、これで解放される。いじめてきていたゴミ達と別れられる。そう考えていた。
 だけど、上手くはいかなかった。高校時代、既にスマホには撮影機能が付いていた。カメラは、今ほど機能は高く無いが、それでも誰が映っているか位は分かった。もし、スマホの無い時代であれば、いじめる側も脅迫材料を手に入れられはしなかっただろう。
 昭和生まれの人は、「昔は暴力的ないじめで辛かった。教師まで暴力を振るってきた。今は怪我までしない分楽だ」等と若者を見下す。だが、実際はどうだ? 子供でも、指先一つで簡単に撮影が出来るスマホ。そして、スマホから指先一つで世界に拡散出来る機能。

 これらの機能のせいで、苦しんでいる被害者はどれだけ居るのだろうか? ニュースにまでなった事件でも、いじめの一つに動画撮影があった。ここまで来ると、「未成年だから実名報道されない」ことが甚だ疑問だ。
 教師陣は隠蔽工作だけは頑張り、いじめ対策には無関心。やる振りだけはする。被害者以外には分からないことかも知れないが、教師とはそう言う輩が大半だった。

 高校卒業の日、奴らからスマホを……いや、無駄だ。当時はクラウドサービスは無かったが、記録媒体に保管してあればどうにもならない。複数対個人の時点で勝ち目など無かった。個人が複数に勝つには、特別な力が必要だ。それは、物理的な強さでも後ろ盾でもコネでも良い。何か一つ強みが有れば。
 むしろ、いじめグループのリーダーにはそれが有った。生まれつき持っている後ろ盾。親の力。教育関係者として絶大な力を持つ親の力。力のある教育関係者の子供が、いじめを率いていた時点でこの国は終わっている。いや、五輪の騒動で多くの人が知れただろう。心の醜い人間でも、才能さえあれば甘い汁を吸えることを。

 世界中から人の集まる五輪では誤魔化しもきかなかった。だが、学校と言う狭い輪の中。それも、被害を訴える側が何の力も無い未成年。誰が悪人の罪を暴き、勧善懲悪をしてくれると言うのか。そう、弱者は悪人の罪を暴く誰かが居ない限り耐えるしか出来ないものだ。
 悶々と考えている内に、担当医が到着した様だ。誰も見舞いに来ていないところが、実に自分らしい。

「鬼岩さん、聞こえますか?」
 顔を覗き込まれ問われた。だが、呼ばれた名前は自分のものではない。一番憎むべき相手の名前。俺を追い詰めた男の名字だ。
 そう、アイツは、鬼岩は、教職に付いていた。笑えるな、いじめ首謀者が教師だ。しかも、顧問をしていた部活の生徒に手を出して、あろうことか複数人をはらませた。
 そして、生徒から「卒業したら結婚しよ」とまで言われたのだ。それも、手を出した全ての生徒から。

 だが、アイツは誰とも結婚する気など無かった。そりゃそうだ。誰かと結婚すれば、未成年に手を出したのがバレるからな。それに、選ばれなかった生徒からも恨まれる。だから、俺を脅した。俺を脅して、卒業式より前に、部活の集まりを利用して、はらませた生徒から命を奪えと言ってきたのだ。
 アイツは顧問の立場を利用して、俺に命を奪わせたい生徒を集めた。そして、アイツが働いている学校に入る手筈も整えた。

 だが、俺はやらなかった。正確には、生徒には何もしなかった。アイツに従う振りをして、購入したサバイバルを持ってアイツの手筈通りに校舎に入った。
 そして、俺を見下し従うものだと思いこみ、油断しきっていたアイツにナイフを刺した。深く深く、今までの恨みを込めて。
 アイツとのやり取りは、しっかりと録音してあった。だから、無関係な子供。それも、一種の被害者な子供を手に掛けるより、アイツを消した方が良いと思った。そう動機を説明するつもりだった。
 だが、アイツの生死を確認するよりも前に、後頭部を強く殴られた。そうだ、そこから……そこの記憶が何故か抜けていたのだ。

 しかし、待て。これは夢か?
 そもそも、何処からが夢だ?

 何も反応しない俺に、医師は諦めた様子で消えた。情報が少ない。だが、繰り返しのループからは抜け出せた様だ。
 何も保たない負け組。もしかしてだが、そのループから、そこから、抜け出した?
 分からない、分からないが、とにかく、ループからは抜け出した。
 意識の無いふりをして、消灯時間まで待った。騙しやすい医師で良かった。まともな医師ならば、嘘であるとバレただろうから。

 寝た姿勢のまま病室を見回し、窓際へ向かう。窓ガラスに映る顔は、憎いアイツのものだった。アイツの家は金があるからか、それとも隔離しておきたい理由があるからか、病室は個室だった。
 どれ位の間、アイツの体で眠っていたのか。いや、アイツの精神は何処に行った? まさか、俺の体に入ってはいないだろうな。

 ベッドに戻り、アイツの所持品が無いかを確認する。スマホ……暗証番号は分からないが、生体認証タイプだ。これはいける。
 ロックを外し、動画データと画像データを確認する。そして、俺が消したくて堪らなかったデータの全てを消し去った。これが全てでは無いかも知れない。だが、やらないではいられなかった。
 次にアイツの人間関係の把握だ。通話記録やライヌのやり取り、アイツを知りすぎている相手は面倒だが……まあ、刺されたせいで記憶が曖昧と言っておこう。なんなら、名前すら忘れたふりだ。

 アイツは、生徒に手を出したと言っていた。だから、その生徒から連絡があるかと思ったが……大したやり取りはない。いや、アイツが消したか? 消したにしても、アイツが入院してから心配のライヌ位有りそうだが。
 生徒と分かる名前で登録していないのか? 何にせよ、厄介だ。今月やり取りした記録を見ても、生徒からのものは……いや、面白いものを見つけた。

「何で刺されたか、思い当たることを言うなよ。あの役立たず、お前だけ刺しやがって」
「何が任せておけだよ、ゴミ。代償は払わないからな」
 アイツの人間関係は中々に酷かった様だ。高校では威張れても、仕事ではそうもいかなかったか。さて、手始めに何をすべきか。アイツの人間関係なんてどうでも良いし、引っかき回すだけ引っかき回してやるか。
 アイツ、どれ位金を貯めてやがるのかな? 貯めた分を高校時代の慰謝料として使ってやろう。当人なら、通帳と印鑑が手に入ればどうにかなる。クレジットカードも、暗証番号が分かれば使い倒してやりたい。

 俺がどの位の期間、この体を乗っ取っていられるかは分からない。だが、分からないからこそ好き放題してやる。先ずは退職だ。理由は簡単だ、刺されたんだから。刺したの俺だけど。
 ま、痛いっちゃ痛いが致命傷では無かった。少なくとも、こうやって考えられる。ま、退院までは大人しくしているか。事情聴取も有るだろうが、記憶が無いで通そう。高校時代の知り合いが犯人なことは調べが付くだろうが知るか。

 警察の事情聴取も、職場の人間の見舞いにも、代わりに入院手続きをした家族にさえも、記憶が無いと返した。ま、誰も知らないしな。誰が誰かすら分からないから、演技するまでも無い。
 警察の話によれば、犯人は昏睡状態らしい。好都合だ。因みに、ライヌに酷い連絡をしてきた奴が犯人を思いきり殴ったそうだ。
 おかげで、学校でも賞賛され、取材もひっきりなしらしい。これも好都合だ。忙しくしている人間なら、見舞いの出来る時間には来られまい。

 記憶が無いで通し、退院の日を迎えた。完治はしていないが、入院し続ける必要もない。幸い、アイツの家族が自家用車で家まで送ってくれた。如何にも、教育関係者ですって感じの、感情が欠落している家族。
 だが、一家の恥とさらされたくないからなのか、職場との連絡はスムーズにこなしてくれた様だ。おかげで、退職するまでもなく特別休暇を貰った。記憶が戻ったら、職場にも戻って欲しいのだろう。

 しかも、大金を惜しみなく置いていった。流石に、クレジットカードは、記憶が曖昧な相手には渡さないから現ナマオンリーだ。それでも、十分だ。
 元の体では買えなかった高価な食べ物をこれでもかと購入。我ながら単純な考えとは思うが、入院中は味の薄いものばかりだった。ひとまず、消化能力の衰えも考え、油分は避けて寿司を取る。食べきれなくても構わない、

 届いた寿司の支払いを済ませ、食べたいネタから食べる。幸せだ。金で買える幸せ。だが、確かにこれは幸せだ。
 全てを平らげ、残ったのは虚無感。だが、まだ足りない。アイツにされたことに対する恨みは、寿司程度では相殺されない。
 アイツの部屋から、通帳と印鑑を探す。今日日、通帳と印鑑で金を下ろす人は少数だろうが、下ろせはする。

 あらゆる引き出しを開けては中を確認、複数の通帳を発見した。印鑑に関しては、照らし合わせながら下ろせば良い。単純に組み合わせを忘れた人も居るだろうから不審にはなるまい。
 数日をかけて、金を下ろしてやった。そのついでに、近所にどんな店があるかも確認した。そして、三食食べたいものを食べ、買いたい物は全て買った。愛のない家族なのか、連絡が少ないのも気が楽だ。

 さて、そろそろ旅行に向かうか。元の体の時は、ひたすら仕事漬けだったからな。特別休暇もあるし、高級リゾート予約して楽しんでやる。金は十分にある。
 下ろせる分だけ下ろしては、金庫に保管。使った分だけ財布に補充するのは手間だが、アイツが設定した暗証番号が分からない限りカードは使えない。

 仕事も特別休暇中なことだし、関わらねばならない人も居ない。まあ、警察が鬱陶しい位か。他に事件も有るだろうに、しょうも無いものばっかり追いかけやがって。 
 現金をボストンバッグの底にしまい込み、旅に出る。予約してはホテルに向かい、昼は観光を楽しみ、夜には次の旅行先を探す。こんなに楽しいのは何時ぶりだろうか。

 ずっと、惨めな人生だった。だが、どういう仕組みか、別の人間になれた。食べたいものを食べ、したいことをする。何とも楽しい人生だ。
 俺は、惨めな人生から卒業し、満ち足りる経験も出来た。何度も卒業式に戻されてしまったが、惨めな人生からの卒業はすこぶる楽しい。

 もし、元の体に戻ることがあっても、知ったことか。俺は今を楽しむ。憐れな俺は、もうここには居ないのだからーー
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