妄想:月夜の遭遇(23年追加)

文字数 1,413文字

 異世界の空気は綺麗だ。何故なら、異世界では車が走ってはいないし、人の迷惑を考えずに副流煙を撒き散らすスモーカーが居ないからだ。そして、夜であれば人の動きも減り、更なる空気の清浄さを感じられる。冷えた空気の方が何となく綺麗な気がするのは、登山した時の経験からだろうか? 分からないが、涼しい時間帯の方が、空気が美味しく感じられる。

 また、こちらの世界の夜の出店は、明るい時間には見受けられないアイテムが売られていることもある。英国発のファンタジーでも、時間帯によって変わる店が在った気がするし、魔法のある世界観ではそう言うものなのだろう。そんな訳で、身分を隠して物珍しい飲み物を買っては飲み、ちょっとした食べ物も摘まむ。こちらの世界に召喚されてから遠征時を除けば食事の面で不自由は無い。だが、栄養価と心のエネルギー補充は別。異世界ならではのグルメを近場で楽しめる時には楽しんでおく。勿論、仕事で遠征する際にも、隙あらばご当地グルメを試してみる。どのエリアの食べ物にも当たり外れがあるが、マイナス方面に当たっても浄化魔法と解毒魔法があれば問題点は無い。体調を崩す要因があったとしても、そのエリアの人には問題化のない程度の要因。恐れる程の事では無い。

 そうして、異世界グルメだけでなく空気の美味しさを堪能していた時のことだった。月の光に照らされた異世界生物とエンカウントしたのは。その異世界生物は、ふわふわとしていて攻撃能力は無いように思えた。しかし、それは見た目だけだった。流氷の天使、クリオネの食事シーンが派手な様に、ふわふわとした異世界生物からは鋭く硬い角が発射された。
 それは、油断していなければ回避も出来たかも知れない。しかし、異世界生物のことを知らなかったわかしは、深々と心臓を貫かれた。そして、そのまま回復魔法を使用すること無く気を失った。

 目を覚ました時、そこは異世界では無かった。消毒液の匂いが漂う病室だった。どうやら、異世界での生活は長過ぎる夢だった様だ。そして、コマーシャルの多いことで「各駅停車」呼ばわりされた映画の様に、夢の中で死んで目を覚ました様だ。
 異世界も月夜なら、現実世界も月夜。既に消灯はしている病室では、窓から差し込む月光が唯一の光源だった。どれ位、寝たまま過ごしていたのだろうか。どれ位の期間が過ぎているのか。分からないが、待つのは膨大な医療費だろう。もし、異世界でオーガに間違えられた様なおじさんなら、魔法を使って稼ぐことも出来るだろう。だが、あれはあくまで漫画だ。現実世界では魔法ほ使えない。

 退院した後で飛び降りをする人が居ると言うが、その気持ちは分かる。長患いで体の自由は効かず、金も上手く稼げない。絶望しかない。そうだ、私もきっとそちらの道を選ぶのだろう。今の死因の割合は調べなければ分からないが、この国では自ら死を選ぶことは珍しくもない。綺麗事を言う人は、何の手助けもしない。自分が悪者になりたくないだけの偽善者だ。だから、追い詰められた人は絶望する。
 目覚めたばかりで混乱もあるだろうし、何故入院しているのかもはっきりしない。ただ、生きる希望が何も無いことだけは確定していた。あの優しい夢の後では、余りにも現実世界は厳しい。だから、退院したその時から、私も絶望に負けてしまうのだろう。それまでは、飛び降りることも出来はしまい。それまでの余生をせいぜい苦しまない様にしておこう。
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