#04-07  この世のルール ⑦ 金木犀

文字数 855文字

 



 そこで、ロストしかけた私は、



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金木犀
【 きんもくせい 】

 モクセイ科・モクセイ属の常緑小高木樹。モクセイ (ギンモクセイ) の変種。巌桂(がんけい)とも呼ばれる。中国原産で、日本へ渡来したのは江戸時代。日本国内でよく見られるものの、自然分布まではしていない。その名前の由来は、樹皮が(サイ)の足に似ているから──らしい。
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 このお花のおかげで難を逃れた。

 金木犀のあの甘い香りだけが、ロストしていく身体を回復してくれるんだ。もちろん、嗅ぐ手立てを失ってしまえば、どんなに首尾よく金木犀を携帯していたとしても意味がない。ロストしているとわかったら、素早く嗅ぐことが重要。

 私は、金木犀の花びらが入る巾着袋をジーンズの前ポケットにおさめていた。つまり、太ももの中間まで消滅した段階でロストだと気づいたのがラッキーだった。あのままポケットまで消滅していたら、必然、いまの私は存在しない。だって、普通に生活しているぶんには、相手に取り乱されることはあっても殺意的文言を表現されることなんてないに等しい。だから、ついつい金木犀の携帯を怠ることもあったんだ。

 持っていて本当によかった。

 ちなみに、金木犀の成分が配合されていない、擬似的に調合した香りでは、回復の見込みがないらしい。あくまでもオリジナルの香りにかぎるらしい。調香師のお(あや)さんが曰く「気の(とお)なる話やさかい金木犀の話はせんといてぇ」らしい。

 さて。

 金木犀がなくては困る、その背景として、このお花の入手がきわめて困難であるという実情を紹介しなくてはならない。まったく容易なことではないんだ。

 なぜならば、前述にあるとおり、金木犀は日本国内では自然分布していないから。往々にして、一定の生体の占有物であるというのが常識だから。

 これもまた、この世とあの世とを分かつ、奇妙な現象のひとつ。

 一定の生体の占有物であると確認されている物体を無条件に幽体が所有することは、不可能なんだ。



 
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