#04-09  この世のルール ⑨ リペル

文字数 1,989文字

 



 所有条件の余談として、もうひとつ、不思議な現象を紹介しておこう。

 あの世の物体が幽体の身体に透過(Over)しているとき、なんらかの原因で固定状態(Oval)へと移行(シフト)してしまった場合、さて、いったいどうなるのか?

 例えばの話、生体がタブレット端末で小説を読んでいて、同時に、幽体の身体の一部がタブレット端末に透けている状態のときに、生体が手を滑らせるなどして端末を落としてしまい、固定状態になってしまったら?

 正解は「倫体の透けていた部分が物体のそとへと勢いよく弾きだされる」。

 この、物体のそとへと弾きだされる珍現象のことを「反発 / 阻止」という意味を取って『リペル(Repell)』と呼ぶ。

 水平か垂直か斜めか、リペルの効果範囲は透過の入射角に従う。また、リペルの初速は透過していた深度に比例。つまり、深く透けているほどに勢いよく弾きだされることになる。

 いや、厳密にいえば「フッ飛ばされる」。



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深度10㎝の場合の初速
⇒ 180㎞/h (飛距離≒52m)
深度50㎝の場合の初速
⇒ 900㎞/h (飛距離≒260m)
深度1mの場合の初速
⇒ 1800㎞/h (飛距離≒520m)

( 飛距離の数値がニアリーイコールなのは研究対象外であるため。あくまでも非公式の参考記録ということ )
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 幽体には体重がない(正確には幽体1人につき0.018g≒空気1リットル中のアルゴンの重さ)ため、これは万人共通の数値だ。メタボリックな幽体であろうがスリムな幽体であろうが、おなじ初速と飛距離が記録される。それから、幽体には筋力もない。産方の、最も優れていた瞬間の運動能力を能力値として継承(これを『ベネフィット』という)しているだけのことであり、この運動能力とてこの世の摂理に逆らうものでもないため、リペルしないように踏ん張ってみたところでまったくの無意味。ムダな抵抗。

 もちろん、リペルしても、それでしたたかに壁面に激突しても、幽体の身体にはいっさいダメージがない。脳震盪も起こらない。その代わり、倫力を大幅に消耗するほどの()()()()()に襲われるので気をつけたい。このドキドキ感のことを、



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保存性条件反応
【 ほぞんせいじょうけんはんのう 】

 Preservable Mind Conditioned Response ; PMCR ともいう。
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 と呼ぶ。ドキドキ量の大小には個人差があるものの、ドキドキすること自体からは絶対に逃れられない、これは幽体共通の条件反射なのだとか。

 私も以前、人さし指がリペルし、その爆発的な威力に為す術もなく、全身をくるくると回転させながらハリウッド映画のようにフッ飛んだことがある。結果、瞬く間もなく倫力は底を尽きかけ、3日間も()()をさまよった。魔がさしてマシュマロの弾力なんかに憧れを募らせなければよかった。

 私のポンコツエピソードはいいとして。

 例外的に、生体の身体に付着していた塵埃の類は、このすべてではない。例えば、風などの影響によって全長1㎜の埃が生体から剥がれた場合、リペルの初速は1800m/h (飛距離≒5m20㎝) という単純計算になるけれど、実際にはフッ飛ばない。その理由は「塵埃の類には生体の占有意識が係りにくいから」とのこと。なるほど、着ている衣服は自分のものだと認識するけれど、衣服に付着している埃や糸クズまで自分のものだと認識しているひとなんて0に等しいだろう。認識していないということは、つまり触れていないに等しいということになる。

 とはいえ、塵埃の類によってまったくリペルされないのかといえばサにあらず、一瞬だけ、透けていたあたりがズンと重くなったように感じることがある。幽体がフッ飛ぶのではなく塵埃のほうがヌルっと身体から排出されるらしく、()()()()()()()()()()()が倫体内部で発生、倦怠感をおぼえるぐらいには倫力を消耗する。もちろん、これもPMCRの一種。なにはともあれ、憂鬱をともなう気持ち悪さなので私は大の苦手だ。自転車が透過していった際の、普段はクールなテトさんの不快そうな表情もまた厄介な現象であることを如実に物語っている。

 あと、抜けて衣服などに付着していた毛髪も条件的には塵埃のケースと同様だ。ただし、毛髪に関しては、なんと稀にリペルが起こることもある!──この違いはなにかといえば、生体の、自分の髪の毛に対する飽くなき執着心に他ならない。要するに、残念ながらこの世では、()()()()()()()()()()()()が要注意人物と見なされている。まことに残念ながら。

 さて。

 生体の占有物は、幽体にとっては、透過か固定かふたつにひとつ。このままでは永遠に所有が叶わない。



 
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