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文字数 2,833文字

 


「──焼き尽くせ呪炎! ボル・バイアズ!」

「呪いがなによ! そんなもの、食らいつくしてしまいなさい、我が下僕(しもべ)たちよ!」

 二つの声が響いたのは薄暗い空間だ。
 上も下もなく、彼女たちが発する音以外、何も聞こえないそこは、ひどく寂れた場所だった。常闇に包まれたそこに存在するのは、二つの生命と岩で作成されたゴーレムたちだけ。他に生物らしきものは見当たらない。本当に寂しい場所だ。

 ミーリャとアランは、そんな空間で、ただひたすら互いの力をぶつけ合っていた。今のところ勝敗の行方はわからない。両者互角の戦いを見せている最中である。

 ミーリャが得意の呪術により作成した呪いの炎。紫色のそれを拳で消し去った巨大ゴーレムは、雄叫びをあげながら暗がりの中を突進。気配だけで見つけたミーリャに攻撃を仕掛ける。
 振るわれたゴーレムの拳。間一髪でそれを避け後方へ飛んだミーリャは、忌々しいとばかりに舌を打った。

 敵は召喚士。多くの下僕を作り出すことが可能な存在だ。最も、無限に下僕を作り出せるかと問われたらその答えはNO。いや、わからない、と言った方が正しいだろう。
 なぜか。それは、召喚されるモノの数は、各召喚士の力量により異なるものだからである。
 例えば、鳥獣一匹しか操れない者もいれば、ドラゴン数匹を操ることが可能な者もいる。力がものをいう、まさにそんな世界で生きる者こそ、召喚士という存在なのだ。

 さて、今の現状を見返してみよう。

 アランは、視認することは生憎とできないが、今は恐らく五体程のゴーレムを召喚している。これが彼女の限界であるならばそれはそれで嬉しいのだが、生憎とそれはないはずだ。
 現に、一体潰す事にゴーレムは補充されているし、なによりアランはまだ余裕。焦る様子は微塵も感じられない。

 ミーリャはギリギリと歯を軋ませた。こんな女に自分が苦戦を強いられるなど、そんな現実耐えられるものか……!

「潰してやるのよ今すぐに! お前のその余裕の表情、綺麗さっぱり消し去ってやるのね!」

「あらぁ、それは楽しみね。ぜひがんばって──……」

 そこでアランの言葉は停止した。
 一体のゴーレムの上で優雅に足を組んでいた彼女は、突如として眉間にシワを寄せながら振り返る。

「……にーに?」

「はあ?」

 戦闘中に何を言っているんだと顔を歪めたミーリャを無視し、アランは何かを考えるように己の口元に片手を添えた。そんな彼女に呼応するように、ゴーレムたちは動きを止め、沈黙を保つ。

 ──なにかよくわからないけど好機なのね。

 ミーリャは無表情で近くにいたゴーレムを吹き飛ばした。
 今は殺し合いの真っ只中。相手のことなど待ってやれるか、が彼女の考えである。

「……なに? 何が起こってるの?」

 潰されていくゴーレムなど露知らず、アランはそっと己の耳に両手を添えた。獣族である彼女には、本来あるはずのない人間の耳に。
 何か嫌な予感がする。とんでもない事が起きているような、そんな予感が……。
 彼女の中に存在する、獣族ならではの本能が、彼女自身にそう告げていた。

「……まさか、既に到着した? そんなわけ……だって、時間はまだあるはず……」

 ハッとしたように顔を上げ、白き少女は黙々とゴーレムを潰していたミーリャへと顔を向ける。

「……おチビさん。悪いんだけど、一時休戦にしましょう」

「ふん、今更怖気付いたの? でも生憎と、ミーリャはお前を逃がしてやる気はないのね」

「お互い守るべきものが存在するはずよ。急がないとあの同族の子も殺られてしまうわ」

 淡々と告げるアランの声はひどく冷静で、しかし、ほんの少しばかり、言葉を紡ぐスピードは早かった。
 ミーリャはゴーレム潰しをいったん止め、その視線をアランがいるであろう方向へ。睨むように瞳を細める。

「お前の兄貴から、かしら?」

「違うわ。私たち兄妹の敵からよ」

 それはまた信憑性のない敵だ。
 鼻で笑うミーリャ。だが、その顔には困惑の色が浮かんでいる。

 なぜミーリャが困惑するのか。その理由はアランの行動にあった。
 彼女はゴーレムを倒されているにも関わらず、その補充を一切行っていないのだ。
 先程までとは違う、白き少女の行動。戦う意志がまるで感じられないと、幼き呪術師は眉を顰める。

 もし彼女に、本当に戦う気がないのだとしたら、その行動に納得はいく。が、この状況だ。罠ということも十分に有りえるだろう。
 ここは慎重に考え、行動しなくては……。
 口を閉ざした小さき少女。彼女の当たり前といえば当たり前の動作に、アランはわかっていると言いたげに頭を振る。

「疑いたいその気持ち。わかるわ、もちろん。だってあなたの目の前にいる私は味方でなく敵だもの。敵の言葉を容易に信じることは簡単なことではないわ。命がかかっているものね。あなたの、そして、あなたが守ろうとしている者の命が……」

 けれど、と白き少女は言葉を続けた。

「信じてくれとは言わない。だって私にそんなことを言う資格はないもの。だから私はあなたに命じる。私をここに捨て置き、今すぐ元いた場所に戻りなさいと──!」

「なっ……」

 何を言っているのか、この女はわかっているのだろうか……?

 予想を反したアランのセリフに、ミーリャは驚くことしかできない。驚愕を隠しきれない彼女に、アランは少しだけ目を細めた。
 何をそんなに驚くことがあるというのか。白き少女には、まだ幼き彼女の思考が理解できない。

「信じることが不可能な存在を、自分しか知らない空間に捨て置く。その間に一度戻り、私の言葉が真実であるかどうかを見定めてくれと言っているの。なぜそうも驚くのかしら」

「……ミーリャが戻ってこない。その可能性を考えないのかしら、お前……」

「考えているわ。もちろん。けれど、例えこの空間に放置され続けようとも、私は何れ状況を打破する。そして元いた地に戻る。それは当たり前のことなのよ」

 どこからその自信がくるというのか。
 既に呆れ果てて物も言えないと語ることを諦めた桃色の少女は、仕方がないとばかりに首を振る。どことなくバカにしたような動作ではあるが、この暗闇だ。彼女が動いた、という事実しかアランには伝わっていないだろう。
 現にアランは女王の如き態度で、残されたゴーレムの上でその頭部に寄りかかり、「はやくお行きなさい」と虫けらを払うように片手を振っている。

 このよくわからない状況でなければ確実に息の根を止めてやるのに──ッ!!

 歯噛みしながら、しかし残してきたジルのことが心配な彼女は、アランに己が背を向け両手を合わせる。祈るように組み合わせた指先が、どうしてか、少しだけ震えていた。

「──シャルド」

 静かに紡ぎ出された転移呪文。同時に消えたミーリャの気配に、アランはゴーレムの頭に頬を寄せながら微かに息をこぼした。細められた赤い瞳には、不安の色が浮かんでいる。

「……にーに」

 小さく発されたその声は、悲しくも、誰にも届くことはなかった。
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