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文字数 2,035文字

 


 頭上より舞い降りてくる、今は亡き怪鳥たちの大きな羽。漆黒に染まるそれが目の前で燃え上がったのを視界、少年は真顔に。ふたりの強さに無言になる。

「ジル、大丈夫かい?」

 オルラッドに問われ、ジルはこくりと頷いた。

 さて、気を取り直してNBM作戦に集中しよう。といっても作戦内容は未だ皆無であるが。
 ジルは軽く息を吐き、それから目の前に現れた巨大な壁を見上げる。ゴツゴツとした岩肌の目立つ壁だ。これならばなんとか登れそうな気がする。
 一人そんなことを考えながら、己の傍らへと顔を向けた。

「うーん。遠回りすれば道らしき道はあるようだが、最短ルートはここしかないな……」

 ジルのリュックから取り出した巨大地図を器用に広げ、オルラッドが悩ましい、といいたげな表情で呟いた。彼としてはきちんとした道を進みたいようだ。しかし今の自分たちには生憎と時間が無い。
 軽く後頭部をかき、オルラッドは地図を丸めた。とりあえず何も無いか確かめてこようと、彼は片足を軽く引く。

「あ、ちょい待ち、オルラッド」

「ん?」

 一番に壁のぼりを披露する気満々のオルラッドを慌てて静止し、ジルは彼の目の前へ。やけに誇らしげに己の胸元を叩いてみせる。

「俺が行く! こういうのは獣族の方が何かと都合良いし!」

「素直に、何もしてないから少しは役に立ちたい、と言えばいいものを……」

「ミーリャさん黙って」

 折角かっこつけようと思ったのに台無しである。
 ひょこひょこと頭部の獣耳を動かしながら、少年はジトリと腕を組む少女を睨んだ。

「あー、しかしジル。上にはもしかすると先程遭遇したような野生動物が蔓延っている可能性がある。ここは俺が適任のような気がするが……」

「その時はその時ですぐ降りてくるから! チラッと見るだけ! な! 頼む! 俺にもなんかさせて! そうでないと俺の主人公枠脅かされるから!!」

 黒々とした嘆きのオーラをその背に背負い詰め寄るジルに、さすがのオルラッドもタジタジである。「しゅ、主人公?」と不思議そうな声を発しながら、彼は、己の腰元にぶら下がる勢いでしがみついてくるジルに、困ったような表情を向ける。

「よ、よくわからないが、そこまで言うならここは譲ろう。なにかあったらすぐに降りてくるように」

「なんか保護者みたい! でもありがとう! やっとこさ俺の出番が来たぞ! うひょおおおい!」

 今まで活躍しなかった分、華麗にこの壁を登って安全を確かめて来てやろうではないか。
 キラキラと周りの空気を輝かせ意気込んでから、ジルは軽く後退。そのまま地面を蹴り、助走をつけて勢いよく目の前に立ちはだかる巨大な壁を駆け上がっていく。

 ジルの壁のぼりは、予想に反して非常に素晴らしいものであった。速度を落とすことなく、確実に安全であろう岩肌を蹴り上げひたすら突き進む。その姿はさすが獣族の血を引く者、といったところだろうか。一切の迷いも見せぬ少年の姿に、待機する二人は思わず感嘆の声をこぼす。彼らにとっても、これは予想外だったようだ。

「……正直言うと、ミーリャはジルが一メートルも登れないと思っていたのね」

「俺は三メートルくらいで降りてくるかなと……」

 二人してひどい言いようである。

 一方、そんなことを言われているなど露知らず、ジルは特に難もなく辿り着けた岩壁の上にてやり遂げた顔で額を拭っていた。清々しいばかりの笑みを浮かべ「やってやったぜ」と得意気な彼は、すぐに気持ちを切り替え辺りを見回す。
 彼がここまで来た目的はあくまで下調べ。安全かどうかを見極め、下に残る二人に伝えるのが役目である。

「……と、言ってもなぁ」

 呟き、ジルは片耳を折り曲げた。

 岩壁の上は、下と比べて緑の量が極端に少なかった。ほぼ灰色の景色しかないそこには、野生動物どころか虫一匹すら存在しない。安全といえば安全であろうが怪しさは満載である。

「この先にあるのが病の街って名前の見知らぬ街だし、なんかそういう病原菌を含んだ空気でも充満してんのかな? でないとこんなならないような……つかこれ病の街に入ること事態危険だよなぁ」

 確かに、こんな地に二ルディーが赴いているという事実は、かなり大変なことに当てはまるだろう。ジルはオルラッドの言葉を思い返しながら頷いた。そして、そのまま徐々に顔色を変えていく。

 ──足元に、何かの感触があった。

 生暖かく、鼓動すら感じられそうなそれは、恐らくだが人間の手。
 おかしいな。さっきまで特に人間らしきものは見なかったのだが……。

 悲しくなるほどに明るい、元気に見せかけたから笑いを一つ。徐々に萎んでいくその声に合わせるように、ジルはゆっくりと己の足下へ視線を向ける。
 そして、顔から血の気を引かせ、目尻に涙を浮かべながら、彼は甲高い声を張り上げた。

「──いやぁああああぁあああっ!!!」

 山道全体に木霊する程のその悲鳴を耳に、ミーリャとオルラッドが「いつものジルだ」と呟いたのは、彼が知ることのない事実である。
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