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文字数 1,693文字




「──敵はなんとかなったし、さっさとあの雑魚探しに行くのよ」

 そう言って、絶命し、灰と化した女を見たくないと言いたげに踵を返すのは、桃色の髪を揺らす少女。大股で歩くその姿からは、早々にこの場を立ち去り、目当ての人物の元に駆けつけたいという、健気とも言える心情が伝わってくる。

「捕まってた街の奴らもついでに解放して、お礼金ぼったくるのね。ミーリャたちは奴らを氷漬けにした輩を退治したヒーローなのよ」

 子供とは思えない発言と共に胸を張り、どこか満足げな笑みを浮かべる。そんな彼女に、アドレンが笑いをこらえるようにクツクツと喉を鳴らした。その視線の先にはオルラッドの姿がある。

「街を壊した破壊者でもあるけどな」

「死にたいか?」

「ホントのことだろ? そう怒んなよ」

 相変わらず冗談の通じない奴だ。接しにくくてかなわない。

 大袈裟に肩を竦めたアドレンは、懐から煙草を一本取り出し、口にくわえた。火をつけないのは禁煙者が近くにいるからかどうなのか……。

「そういやお前さん、いきなりのようにぶっ飛んできたが、ありゃ一体どういうことだ? まさかこんな場所で壁突き破る練習してたわけでもねえだろ」

「殺すぞ」

「なんでそう、テメェは俺に対しての態度が冷たいのかね……まあいいけど」

 地面に倒れたままのポチを回収し、アドレンは歩きだした。あー、やれやれ、と言いたげな彼の様子に一度瞳を伏せてから、オルラッドは手にしていた武器を地面に放る。
 放られた武器は、カラン、という無機質な音をたてたかと思えば、一瞬にして霧となった。冷えた空気中に溶けるように消えて行くその様子を、紫紺の瞳は音もなく見つめている。

「『──結果としてあなたは──他者を傷つけることで悦びを感じる、哀れなる狂人と成り果てたのだ』」

 脳裏に浮かぶのは、あの時、突如出現した敵が発した言葉。不愉快極まりないそれに、自然と浮かぶのは反吐が出そうな程の嫌悪感。

 何が悦びだ。何が狂人だ。ふざけるな。

 そう憤る一方で、その言葉を肯定している自分が、僅かながらも存在している。それがさらに、英雄と呼ばれた彼の内で怒りを募らせた。
 いや、怒りではない。これは怒りというにはあまりにも、弱く、脆く、情けない感情だ。

 オルラッドは眉間にシワを寄せ、歯噛みするように瞳を伏せた。それから踵を返し、前を行く二人を追いかける。

「ジル、生きてるかしらね? 敵が一人とは限らないし、くたばってる可能性も無きにしも非ずなのよ」

「もし万が一にそうなってたとして、お前さん、一体どうすんだ?」

「とりあえず片っ端から人類滅ぼすのね」

「ジルくん生きててー」

 交わされる会話は酷く幼稚だ。

 存外早く追いついたオルラッドは、二人の会話に参加する。

「ジルなら大丈夫だろう。悪運の強い子だからな、彼は。それに予知夢だってある」

「悪運強いだけじゃ、この世は生きていけんのよ。それに、あの雑魚はまだ、予知夢を使い切れていないのね」

 はたしてそうだろうか。ビルド・レーアンとの戦いの際にはかなり上手く使用していた節がある。あの時の指示出しのお陰で助かったのは、変えようのない事実だ。
 その時の情景を思い出し、英雄は首をかしげた。と同時に、残してきた者達のことを思い出し、彼はその姿を振り払うように頭を振る。

「神父と対峙した時は切羽詰まってたから、無意識の内に使ってたのね」

 突如として発された言葉に、男二人は自然と視線を小柄な彼女へ。

「追い詰められた時には本能的に上手く使用できるんだろうけど、それじゃ全然ダメなのよ。もっと、日常的にも使えるようにさせないと、あの雑魚はすぐお陀仏になる」

 まるで人の心を読んだかのような発言だ。
 真剣な表情で腕を組み、考え込むミーリャの姿に、オルラッドはどこか微笑ましげな表情を、アドレンはニヤニヤと面白がるような表情を浮かべる。一方はともかく、もう一方の表情に関しては今すぐぶん殴ってやりたくなるほどに腹立たしいものだ。

 人一人を簡単に殺めてしまいそうな、恐ろしい形相と共に、ミーリャは彼らを睨みつける。幼子とは思えない程の眼力に、二人は自然と顔を逸らした。
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