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文字数 3,200文字
新たな旅立ち、その名も拠点探し。悪の頂点になるために、彼は、彼らはその住処となる場所を探しに行く。
一応その出発は翌日の早朝にしようということで、皆一時休息をとることにした。といっても、殆どの者が戦い疲れているためか、溜まりに溜まった疲労を回復すべく寝静まっている。
当然、ジルもその内の一人だ。だが、彼は他の者ほど動き回っていないために回復が早い。それはつまり、目覚めも早いというわけで……。
「……変な時間に目を覚ましてしまった」
少年は夜中の二時を差す時計を視界、頭をかいた。跳ね上がった髪を手櫛で梳かし、ため息を一つ吐き出す。
こんな時間に起きてどうしろというんだ……。
室内に存在する、男性二人。彼らがまだ就寝中なのを確認し、肩を落とす。二度寝しようにも妙に目覚めがいいためそれもできない。
傍らにて丸まるポチを起こさないようにベッドを抜け出し、少年は部屋を出る。こういうの前にもあったな、と思いつつ、あの仕事押し付け店員には合わないようにと、心の底から祈った。
薄暗い建物内は、いかに綺麗に掃除していようとも怖いものだと思う。
天井に存在する円柱の電化製品。光の消失したその下で、ジルは軽く腰を曲げながら己の両腕を摩った。
なんか出てきそう。とても出てきそう。
今にも自分の背後から白い服きたお姉さんが這ってくるんじゃないかと想像してしまえば、脳は忽ち、その恐怖で埋め尽くされる。なぜ想像なんてしてしまったんだと自分の妄想力に涙しつつ、とりあえず停止しかけていた足を動かす。
そうして前へ前へと進むこと数秒、前方に明かりが見えた。あの強い輝きは見なくともわかる。自動販売機だ。
「……まあ、どうせなら明るいとこで座ってた方がいいよなぁ」
そう思ったら即行動。
ジルは自動販売機を目指し歩みを進めた。が、しかし、徐々に近づいてきたそこに人影を見つけ、足を止める。
──なんか、白い服着た、どなたかがいらっしゃるんですけど……。
遠目からでも分かるほどに、薄らと透き通る女性。真っ白な服とは対象的な、漆黒の髪が非常に目を引く。
身長は、自分より少し高いくらいだろうか……。軽く俯いているためその顔は確認できないが、長い髪の艶やかさを見るに、美少女に違いない。いや、もしかしたら顔面お化けという可能性も否めない、が、それは彼女に失礼なので考えるのはやめておこう。
ひくつくこめかみ。尋常でない寒気に襲われながら、少年は片手を己の前へ。目の前の現実を否定するように、掌を前後に振ってみせる。
「い、いやいやいや。待て待て、落ち着け少年。そうだ。冷静に。ゆゆゆ、幽霊なんてそんないるわけないじゃないっすか! あれはきっとお客さん! そう! お客さん! 幽霊なんて非科学的にも程がありますよね! 非科学的なものはオルラッドさんでもう十分間に合っているというかなんというか……」
「……俺がどうかしたかい?」
「──ッ!!」
声に鳴らない叫びを上げながら、背筋と獣耳を伸ばした少年。あまりにも驚いたがために力なく地面に伏した彼は、そのままゴキブリが這うような動きで声の主から遠ざかる。といっても、前方には幽霊もどきがいるためそこまで離れてはいないのだが……。
「……虫の真似かい? 努力するな、ジルは。もう少し気持ち悪さを増せばそれなりのものになると思うよ」
「変な誤解やめて! あと脅かすなって何度言えばわかってくださるんですか旦那!!」
若干寝惚けているのか、よくわからない解釈をしてくれたオルラッドに渾身のツッコミを一発。ちゃっかり気持ち悪さを増す方法を頭の片隅で考えつつ、少年は自動販売機の方を振り返る。
「……えっ」
視界に写った光景。嫌でも視認してしまったその景色に、彼の口から漏れたのは、震える驚愕の声だった。
「……ど、どうどうどうどう」
視線は自動販売機の方向を見たまま、凄まじい速度で後退したジルは、オルラッドの背に隠れるように回り込む。
おかしい。おかしいぞ。幽霊さんがいないぞ。いや、幽霊なんて認めないけど、でも、いないぞ。
恐怖により語彙力の欠如が激しいが、そんなことは気にするべからず。
青ざめ震えるジルの姿に、さすがに様子がおかしいと感じたようだ。オルラッドは不安そうに彼の安否を確認する。
「ジル、君、大丈夫かい? やけに震えているが……寒いならコートを貸そうか?」
「やだ紳士! いや、ちがう! そうじゃない!」
この場でなに馬鹿なこと言ってんだと自分を咎め、少年は縋るようにオルラッドの衣服を掴んだ。
「なあ、オルラッド! おかしい! おかしいぞ! さっきまで自販機の前にいらっしゃった顔のわからない、恐らく女の子であろう誰かがいなくなってる! おかしいぞ! ここは呪われてる!!」
「え? あ、うん。……え、なんて?」
言葉を理解できなかったようだ。
聞き返すオルラッドに、再びジルは説明を施す。
「だから! 女の子! 顔がわからないから美少女かそうでないかはわからないけど、あの自販機の前に座ってた子が! なんか! 急に! 消えておりまして!!」
「女の子なんて初めからいなかったが……」
「ほわぁあっつ?」
衝撃が大きすぎたせいか簡単な英語すら口にできなかった。
大口を開けて何かを求めるように両手を動かすジルは、やがて求めるものがやってこないことを理解し、頭を抱えて蹲る。
呪われた。きっとどこかでしょうもないことをやらかして、俺はあの子の怒りを買ったに違いない。幽霊バカにしてごめんなさい呪わないでください。
滝のような涙を流し、おいおいと嘆くジル。
本当にどうしたというのか……。そう言いたげに小首を傾げ、オルラッドは自動販売機の方へ。ジルの言う『女の子』を探してみるが、やはり彼の目にそれらしき姿は写らない。
「ジル、見間違いじゃないのか? やはり誰もいないが……」
「でも、ほんとに、いたんだって! 白い服着た子が! 確かに!」
「白い服……ああ、ベナン嬢のことかい?」
何かを理解したように、作った拳で掌を叩いたオルラッド。ポンッという軽快な文字が浮かんでいそうなその動作は、なんとなく彼には似合わない気がする。
「いや、ちが……てか、そんなことよりなんでベナンさん?」
もしやオルラッド、ああいう女性がタイプ……?
完全に深読みしているジルの心情に気づかないオルラッドは、無言で座り込んだままの少年の背後を指し示す。当然、示された方角をなんの疑いもなしに見たジルは、軽く口端を引くつかせ、それから耐え切れなくなったとばかりに床に倒れた。
口から彼の魂らしきものが飛び出ているように見えるが、これは果たして錯覚なのだろうか……。
「ちょっ、ちょっと!?」
就寝用の服なのか、白いワンピースを身に纏うベナンが、化粧を落としていることにより童顔になったその顔に驚きの色を浮かべ、倒れたジルを助け起こす。完全に気絶した彼は、すでに白目を向いている状態だ。
「……もう、しっかりしてよね」
礼を言いにきたつもりが、とんだ災難である。
ベナンは懐から取り出した二枚の銀貨を、自動販売機の前で佇んでいたオルラッドへと投げ渡す。それだけで言いたいことは理解したようで、彼はベナンの指示を聞く前に水を購入。買ったそれを釣り銭と共にベナンに手渡した。
「ありがと。──さて、ちょっと冷たいけど我慢しなさいよ!」
言うや早、手にしたペットボトルの蓋を開け、その中身をジルの顔面にぶっかける受付嬢。躊躇という言葉は、彼女の中に存在する単語帳には載っていないらしい。
「ぶっふぉっ!!?」
冷えた水を突如かけられた少年は、もがき苦しむように手足をばたつかせた。意識を取り戻すことに成功したはいいが、こんな扱いあんまりだ。少年は心の中で泣き叫ぶ。
とりあえず当面の目標として、筋力と肺活量をアップさせようと心に決めた。