第23話 人魚の肉

文字数 997文字

四郎の家には、不老不死の薬がある。
ひいひいおいじいちゃんが手に入れたという、人魚の肉だ。

仏壇のある部屋の、立派な金庫の中に入っている。
四郎のお父さんは見たことがあって、赤黒いベーコンのような干し肉だったそうだ。

本当ならすごいことだけれど、ひいひいおじいちゃんの「人魚の肉は絶対に口にしてはならぬ」という遺言のおかげで、四郎の家の人はみな普通に死んでいる。

「人魚の肉があるってことは、人魚を殺したってことだよね?」
 四郎が聞くと、お父さんは難しい顔をした。
「そういうことになるな」
 四郎は、想像する。
 上半身が人間だということは、頭もあるし、口もある。
 恨み言を言ったり、抵抗したりもしただろう。
 呪いの言葉を吐いて死んでいったのかもしれない。

「なんで食べちゃいけないの?」
「人間は死ぬ時は死んだ方がいいからさ。生きるってのは、意外につらいんだ」
「遺言をやぶって食べた人はいるの?」
 お父さんは少し考えて、「1人、いる」と言った。
「……四郎のひいひいじいちゃんが、娘に食べさせたことがあるらしい。その子は死んでしまったけどね」
「え?人魚の肉を食べたのに、死んじゃったの?」
 死んだのなら、不老不死の薬なんてうそっぱちなのかも。
「不老不死でも、首をはねると死ぬんだよ」
「だれかが、その子の首をはねたの?」
「……」
 それから、お父さんは人魚の肉の話を一切してくれなくなった。



 それからしばらくして。
 四郎はトラックにはねられ、瀕死の重体となった。
 内臓はぐちゃぐちゃで、もう手の施しようがなかった。
 お母さんは半狂乱になり、わらにもすがる思いで、金庫を開けた。
 赤黒いベーコンのような肉を、むりやり四郎の口に入れようとする。

「やめないか!」
 気づいたお父さんが、人魚の肉を取り上げた。
「なにをするんですか!四郎を助けたくないんですか!?」
「人魚の肉は、そのままの体を永遠に保つだけで、ケガや病気を治すことはできないんだ。今食べさせたら、四郎はこの血だらけの状態でずっと苦しむことになる……」
 お父さんは悔し涙を流しながら、人魚の肉を床に叩きつけた。

 人魚は殺される時、「おまえの子どもが大ケガをしたら、わたしの肉を食べさせるがよい」と告げた。
 ひいひいおじいちゃんはその通りにした。
 そのため、ひいひいおじいちゃんの娘は死ぬ間際の苦しみを、親に首をはねてもらうまで、延々と味わねばならなかったという。
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