第8話 冥婚

文字数 961文字

 私の田舎では、子供が若くして死ぬと『あの世で幸せな結婚生活を送れますように』と、架空の人物と結婚させる風習があった。
 死んだ子を結婚させる風習は、「冥婚」という。
 私も一度だけ、この不思議なお葬式だか結婚式だかわからない弔いに参加したことがある。確か川に流されて死んだ、若い親戚の男性だったと思う。
 遺影の代わりに、花婿、花嫁が寄り添う絵を飾っていた。
 袴をはいた花婿は亡くなった男の顔に似せてあるが、面長でおちょぼ口の白無垢の花嫁は実在の人物ではない。実在の人物を描くとあの世に引かれていくと言い伝えられており、絵師は間違っても誰かをモデルにしてはならない。
 その絵を親族以外に見せるのも禁忌で、似ている誰かを間違ってあの世に引いてしまうかもしれないからだそうだ。
 
「お母さん、私、くやしい」

 泣きながら電話してきた娘を、私は救えなかった。
 やせ細った体に、ウエディングドレスを着せる。
 婚約者に裏切られ、着ることのできなかったウエディングドレス。
 絶望して死を選んだ娘の、最後の晴れ姿を写真に撮った。

 冥婚の風習は、今ではほとんどない。
 「あの世で幸せになってほしい」という親の思いは今も昔も同じだが、冥婚の絵師がいなくなってしまったからだ。
 でも、問題はない。絵が描けなければ、写真を合成すればいい。
 幸い私はパソコンを一通り使える。

 娘のSNSのフォロワーから、あの男のアカウントはすぐわかった。
 過去の投稿をチェックして、正面をむいた呆けた笑い顔を選ぶ。
 それからフリー素材の結婚式の写真を探し、写真加工ソフトで花婿の顔をあの男にすげ替える。
 横に、ウエディングドレスを着た娘の遺体を合成すれば、冥婚写真の完成だ。
「ふう、間に合った!」
 私はパソコンから顔を上げ、プリンタから出てくる写真の出来栄えに満足した。
 今日の葬式には、遺影ではなくこの写真を飾ろう。

 もちろんあの男は葬式に来るはずもないけれども、youtubeで「亡くなった娘を冥婚させました」と葬式の様子を実況しよう。
 TwitterとブログとFacebookとTikTokにも、#拡散希望とタグをつけてアップしよう。
 あの男に届け。そしてあの世に引かれてしまえ。
 
「ありがとう、お母さん。私、あの人と必ず幸せになるわ」

 写真の娘は静かに微笑んだ。
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