Ⅵ.

文字数 2,323文字

で、あなたが知りたいのは、3年前のあの事故についてよね。

“会社経営の男性とその妻が、手動運転の自家用車で旅行中に崖から転落して死亡。大学生の長女は祖母の家で生活しており無事。事故車内からはXX大学の研究室で開発中のアンドロイドが見つかった。このアンドロイドは実験のために研究室から夫妻に貸与されていたもの”

そうでしょう?
この事故について、パパとママのことを話すのは辛いから勘弁してほしい。事故までの何年か、ほとんど会わなかった親だけれど、それでもやっぱり辛いのよ。でもハダリーについてなら少し話せる。それでいい?
事故のあと、わたしはハダリーに会ったわ。見た目は傷んでいたけれど中身は無事だったから、あの子の電子脳にマイクとスピーカーをつないで話をしたわ。「ねえ、ハダリー。わたしよ、わかる?」ってね。あの子が事故の原因を知っているんじゃないかと思って、色々と訊いてみたの。
はっきり言ってしまうと、ハダリーがパパとママの死に関係しているのではないかって疑ったのよ、わたしを含めたみんなが。AIを搭載したアンドロイドが人間を攻撃する可能性は常に警戒されているでしょう? アンドロイドの周囲にいる人間が、アンドロイドのAIの「虎の尾」をそうと知らずに踏む言動をしてしまう可能性、AIとのやり取りの積み重ねがAIに攻撃的な言動を付与してしまう可能性、それらによってAIの安全装置が誤作動して、暴走してしまう可能性。そういうことがパパとママとハダリーとの間であったんじゃないかって。そうなると、事故じゃなくて事件になるわね。
たぶん、一番それを疑っていたのはわたし。あの三人――あえて言うわね、「三人」と――の関係の濃さを一番感じ取っていたのがわたしだったから。何かこう、彼らの間で一線を踏み越えるようなやりとりがあったとしてもおかしくないって。

でも結論から言うと、ハダリーは何も知らなかった。ハダリーには何もなかった。
そういう情報はハダリーの中に何も記録されていなかった。ハダリー自らが何かをしたという証拠は残っていなかった。事故が起こった時の状況は漏らさず記録されていて、事故の原因――ごめんなさい。それは言いたくないわ――も推測できたけれど、そこにハダリーが関与した形跡はなかったのよ。警察もデータを解析したけれど、結果は同じだった。だから事故は事故のままになった。
「子どもと行き違って寂しい思いをしている夫婦が、大学の研究室で開発中のグリーフケア・アンドロイドの運用試験に協力し、試験機と生活していた。夫婦は研究に多額の支援をしていたため、実験に対する影響力を持っていた。そのような夫婦の希望により、実験期間は延長されていた。しかしその間に夫婦は不慮の事故で死亡。アンドロイドはそれに巻き込まれた」っていう結論が出たのを、あなたも覚えているでしょう? わたしも「そういうことだ」って証言した。研究室の人たちもそうした。だって本当に「結局はそういう話」なのだもの。
正確には、「そんなつもりではなかったけれど、そういう話になってしまった」のだけれど、結局はそうなのだもの。ひょっとしたら、パパとママからすれば「最初からそのつもり」だったのかもしれないのだし。

ハダリーとパパ、ママの関係がどういうものだったのかは、ここまでわたしが話した以外のことはわからない。
わたしがあの家に戻らなくなってから、具体的にあの家で何があったのかは本当に何も……。ただ、ハダリーの退学以降は「秘密の多い家族」になっていたようだった。ひっそりと閉じた、暗い雰囲気の家族……。わたしが最悪だったときでも、あれほど閉じてはいなかったと思う。
ちなみにハダリーシリーズの開発は、方向性や仕様を見直しながら、今でも進んでいるって聞いている。ハダリーはかなり長い間、パパとママの家に居たけれど、その間開発が止まっていたわけではなかった。ハダリーからデータを取りながら、同時に次の機体も作っていたのね。だから、あれだけ長くパパやママといても平気だったみたい。相続の際にお金の流れを調べたら分かったのだけれど、パパがいくらかメンテナンス代を負担していたようでもあった。
あのハダリーをⅠとして、それに続くハダリーⅡ、Ⅲ、Ⅳ、現在はⅤ、いいえⅥ……だったかしら? ずっと続いているのよ、ハダリー・プロジェクトはあの時も、これからも。この計画に焦がれてお金を出す人たちが、ほかにもいるんでしょうね。

うちでの実験の反省から、ハダリーとユーザーの「距離感」の調整が大きな課題になったと聞いている。ユーザーをハダリーに「依存させすぎず」に、グリーフケアという目的を遂行させることが目標なんですって。
Ⅱ以降のハダリーはその辺りを調整し続けてるらしいけれど、本当にできるのかしら? そんなことが。それはハダリーの側を弄るだけで解決できる課題なのかしら? だって、うちがあんな風になってしまったのは、ハダリーと関わったのがきっかけではあるけれど、かといって、ハダリーのせいでもないのだもの。そう思わない?

そういえばね、実は事故からしばらく経った頃、研究室から、ハダリーの後継機にパパとママをコピーする提案を受けたの。「どのように使ってもいい。壊してもかまわない」という特別の条件付きで。もちろん無償でよ。――ああ、壊してもいいというのは、ハダリーに怒りをぶつけてもいいという意味よ。彼らなりに、わたしに対する謝罪の意思があったんだと思う。
あの人たちもわかっていたのよ、この実験がわたしの運命を捻じ曲げてしまったことを――。でもその申し出はもちろん、固く丁重にお断りしました。
ええ、向こうも無理強いはしなかったわ。
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